202X年 10月 22日(金曜日、潮騒の音)
202X年 10月 22日(金曜日、潮騒の音)
無人駅の改札を抜けると、そこには一本のまっすぐな道が海に向かって伸びていた。
ぼくは右手に樫の木の杖を、左手にあの写真を握りしめ、ゆっくりと歩き出す。
カツン、カツン。
石畳が終わり、道が砂混じりのアスファルトに変わっても、杖の音だけは力強く響いていた。
歩くたびに、肺の奥が塩辛い空気で満たされる。この匂いだ。原稿の中に書かれていた、エレノアと最後に歩いた海辺の匂い。
ふと足が止まる。
「ぼくは、何を伝えに来たんだっけ……」
一瞬、頭の中が真っ白な霧に包まれる。日記を開こうとしたが、手が震えてうまくいかない。
その時、風に乗って懐かしい旋律が聞こえてきた。
遠くの建物から漏れ聞こえる、古いレコードの音。ビートルズの、優しいバラード。
その音色に導かれるように顔を上げると、丘の上に白いベランダを持つ建物が見えた。
庭には秋の花が咲き乱れ、海を見つめるように一人の女性が椅子に座っている。
後ろ姿だけでわかった。
彼女の肩にかかる銀髪が、風に揺れて、写真の中の彼女と同じように眩しく光ったから。
ぼくは、もう日記を見る必要はなかった。
名前すら忘れてもいい。ただ、彼女の隣に座りたい。
『あと、数十メートル。ぼくの人生で、一番長くて短い旅が終わろうとしている』




