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中村理依を、私は奪った。  作者: 破月
第一章 眩しい人生
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第四十六話 終わらない夜

 投稿したつもりがしていませんでした! 申し訳ありません (汗

今日は二話出します。

新人賞向けの小説も作ってるので、お楽しみに(カクヨム投稿予定)。

 その夜、理依はベッドに横になっても眠ってはいけないと思っていた。


 眠れば、あの場所へ引き戻される。

 眠れば、また言葉で切り刻まれる。


 そう分かっているのに身体は限界だった。

瞼が意思とは無関係に重くなる。


 暗闇に沈む直前、理依は小さく息を吸った。


 ――次に目を開ける場所をもう知っていた。


 夢の中で最初に感じたのは、冷えだった。


 床から這い上がってくる冷気。

湿った空気。

古いコンクリートと埃の匂い。


 暗いアパートの廊下。


 蛍光灯は点かず、天井には黒い染みが広がっている。

壁はかつて見たよりも近く、圧迫感がある。ここは颯馬が住んでいたアパートだ。


 足を踏み出すたび、床が軋む。

逃げ道は最初から存在しなかった。


「……まだ、分からないのか」


 声が背後から響いた。


 低く、平坦で、感情を削ぎ落とした声。


 振り返ると、かつての自分、颯馬が立っていた。


 輪郭は今までで一番はっきりしている。

曖昧さがない。

逃げ道を与えない存在として、そこにいた。


「お前が奪った」


 一歩、近づく。


「中村理依の人生を」


 その言葉に、胸の奥が鈍く痛む。


「名前を奪い、時間を奪い、選択を奪った」


 言葉が一つずつ、確定事項として突き刺さる。


「羨ましかったんだろ。だから、欲しがった。だから、奪った」


 理依は否定しようとする。

でも、その言葉はもう力を持たない。


 否定できないことを自分が一番よく知っているからだ。


 廊下の奥が揺れ、もう一人の存在が現れる。


 制服姿のかつての自分、中村理依。


 夢の中でもはっきり分かる。

彼女は被害者だ。


 真っ直ぐな視線。

揺るがない立ち姿。


「返して」


 声は静かだった。

だからこそ、深く刺さる。


「それは、あなたの人生じゃない。私の人生。私が生きるはずだった日々。私が選ぶはずだった未来」


 一歩ずつ、距離が縮まる。


「あなたは、代わりじゃない。代わりになれると思った?」


 理依の胸が引き裂かれる。


 ……分かってる。

 分かってる。


「……ごめんなさい」


 ようやく絞り出した声は、惨めだった。


 中村理依は首を振る。


「謝られても、戻らない。あなたが生きている限り。私は、生きられない」


 その言葉で理依は完全に理解する。


 ――これは、罰だ。


 自分が理依の人生を奪ったという罪。

それが、この夢を生み出している。


 偶然でも、疲労でもない。

罪悪感そのものだ。


「……私が、悪い」


 震える声で理依は言う。


「全部、私の罪」


 その時、颯馬が静かに言った。


「でもな。お前は、罰を受けられない」


 理依の心臓が、強く打つ。


「お前は、奪った側で、同時に奪われた側でもある」


 その言葉が頭の中で反響する。


 そうだ。

自分は、理依になった。


 理依の身体で。

理依の名前で。

理依の魂と一つになって。

理依の人生を生きている。


「ずるいんだよ」


 颯馬の声が、初めて歪む。


「罪を犯しながら、被害者の位置にも立っている。だから、誰にも裁かれない。だから、終わらない」


 床にひびが入り、廊下が崩れ始める。


 理依は膝をついた。


 ……逃げ場がない。

 救いも、終わりも、ない。


 その時、足音が聞こえた。


 振り向く。


 そこに恒一がいた。


 見慣れた姿。

見慣れた距離。


 一瞬、息が戻る。


「……恒一」


 名前を呼んだ瞬間、恒一の足が止まる。


 視線が、冷たい。


「……そうだったんだ」


 声は低く、静かだった。


「全部知ってたら。……俺は、ここにいなかった」


 理依は必死に首を振る。


「違う。好きなのは、本当で。一緒にいた時間も。全部、嘘じゃない」


 でも、恒一は目を逸らす。


「……分からない。俺は……知らなかった」


 その言葉で世界が完全に崩れた。


 恒一は背を向ける。


 追いかけようとしても、身体が動かない。


 声も出ない。

闇がすべてを飲み込む。


 叫び声と一緒に、理依は目を覚ました。


 息が荒い。

心臓が壊れそうなほど鳴っている。


 隣を見る。


 恒一は眠っている。

何も知らない顔で。


 理依は音を立てないように布団の端を掴んだ。


 泣いてはいけない。

悟られてはいけない。


 そう思うほど涙は溢れた。


 声を殺し、肩を震わせる。

止めようとしても、止まらない。


 その涙の中で理依はようやく気づく。


 ――なぜ、幸せになるほど棘が痛んだのか。


 理依に対する罪がある。

それは確かにある。


 けれど、それだけじゃない。


 ……恒一。

 世界で一番愛している人。

 その人を私は欺いている。


 知られたら終わるかもしれない真実を隠したまま、笑って、並んで、未来を語っている。


 その罪悪感が、幸せが深まるたび重くなる。


 だから棘は痛んだ。


 理依を奪った罪と恒一を欺いている罪。

その二つが重なり、夢は苛烈になった。見放される悪夢は罰の予感だった。


 理依は布団の中で声を殺して泣き続ける。


 口調も、振る舞いも、理依のまま。

でも内側では颯馬の意識が前に出てくる。


 冷たく、断罪する声。


 ……俺が壊した。

 どちらの人生も。


 自己嫌悪と罪の意識が絡まり合う。


 心が引き裂かれる。


 胸の奥で、棘がはっきりと存在を主張する。


 それでも理依は泣くことしかできなかった。


 眠る恒一に悟られないように。

自分が自分を見失い始めていることを誰にも知られないように。


 夜は、まだ終わらなかった。

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