第3話 マシュマロクッキーサンド
「おー!鶴田じゃん!こっち、こっち!」
妙にご機嫌な先輩がおれに手を振った。わざとらしく「おれっすか?」と自分を指差しながら彼らに近付いた。
「なんだ、鶴田もここで飯食ってたのか?」
「ええっと、そうっす。ちぃっす」
首から上だけぺこぺこと下げているので慇懃無礼に見えるかもしれないが、おれは割と上下関係は重んじる方だ。
「桃ちゃんは鶴田のこと知ってる?」
「うん。体育の授業一緒だよね?」
嘘みたいな話だが秋野さんの名前は秋野小桃だ。「いや小じゃなく大だろ」と誰しも思う所だろうが、それでも名は体を十分に表している。
「一応鶴田はなかなか良いボランチでね――」
しばらく雑談めいた話をした後、宮田先輩のサッカー談議が始まった。女子があまり興味なさそうな内容だが、それでも秋野さんはにこやかに先輩の話を聞いている。こういう所も男心をくすぐるのだろう。そしておれはというと彼らの横で執事のように突っ立っていた。先輩の話に「へ~」とか「マジっすか」などと適当に相槌を打ちながらチラチラと秋野さんの方へと視線を落とす。それにしても綺麗にパイがテーブルに乗っている。もはや乗ってるというよりテーブルに咬みついているようにさえ見えてしまう。だがこれでは「制服を着て巨乳が隠れるか?」の検証にはならない。
「そろそろ昼休み終わるな」
先輩がようやく重い腰を上げた。まず先輩が立ち上がり、それに続くように秋野さんが椅子を引いて立ち上がる。その一連の動きをおれは食い入るように見つめた。
「よいしょっと」
二つのパイがテーブルから持ち上げられる。するとどうだろう。その形状は先程と変わらず見事な双璧を成していた。おれは思わず天を仰いで目を閉じた。
やはり制服では巨乳は隠しきれない。それが答えだった。
「どうした鶴田?行くぞ?」
「うっす」
やはりおれがあの時見た光景は幻影だったのだろう。嬉しいような、悲しいような気持ちが混ざり合う。だがおれは「これでよかったんだ」と自分に言い聞かせた。隠れ巨乳という浪漫はそんじょそこらに落ちている訳がない。トレジャーハンターが血眼になって探す海の財宝と同じなんだ。
宮田先輩の長い話の所為で授業開始ぎりぎりになってしまった。少し小走りになりながら廊下の角を曲がると誰かが歩いていた。避けようとしたが間に合わず結構な勢いでぶつかってしまった。
「きゃあ!」
ぶつかった相手が前のめりに倒れていく。おれは咄嗟に後ろから両手で抱え込むようにして彼女を支えた。セクハラ案件かもしれないが怪我させてしまうよりはましだ。結果的に抱きついたようになってしまったが、これはあくまで不可抗力。両手が彼女の胸に当たってしまっているが、決してわざとじゃない。ラッキースケベってやつだ。
「ん?」
だがそれはおれが期待……予想していた感触とは違っていた。
「あ、あの……もう放してもらって大丈夫です」
顔だけ振り向いた女性と至近距離で目が合った。
「あ!桜内さん……」
ぶつかった相手は桜内さんだった。おれは慌てて彼女から離れた。
「ごめん。大丈夫だった?」
彼女は少し顔を赤らめながらコクコクと頷いた。こうして改めて桜内さんを間近で見ると、とても整った顔をしている。普段は長い前髪と眼鏡で分かりづらいが結構な美少女だ。
「あ、あの。授業遅れちゃうから」
ずれた眼鏡をくいっと上げながら、彼女はくるりと向きを変え足早に去って行った。彼女の後姿を目で追いながら、おれは先程の違和感を思い返していた。
偶然に触れた彼女の胸は確かに柔らかい感触ではあった。だがなんとなく表面が固かったのだ。ふわふわのマシュマロをクッキーで挟んだ感じ、とでも言えばいいのだろうか。昔サッカーの試合で腰を痛めた時、しばらくコルセットを巻いていたが、それに近い感触だった。
「だとすると、やはり彼女は……」
その時授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
「やっば!」
長話をした宮田先輩に心の中で中指を立てながら、おれは教室まで猛ダッシュで走った。




