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世界は救えても、家庭は救えない?〜勇者(3児の父)、親権獲得のために魔王討伐の合間に家庭裁判所へ通う〜  作者: 斉宮 柴野


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7/7

不戦敗の勇者 ―家庭裁判所という名の魔王城―

勇者は魔王を倒すために何千の修羅場をくぐり抜けてきた。

だが――家庭裁判所の前では何も通用しない。


嘘は真実に勝ち、努力は評価されず、

父親というだけで「不適格」の烙印を押される。


そんな不条理を、ファンタジーの皮を被せて描いたのが本編である。

世の中に溢れる語られない痛みに、少しでも光を当てられたら嬉しい。


読者諸賢の胸に、何か一つでも残るものがあれば幸いだ。

「先生、頭が痛いんで確認させてください。向こうの主張はつまり、こういうことですか?」


 弁護士事務所の応接室。

俺はこめかみを指で揉みほぐしながら、目の前の書類を指差した。

そこには、フレア側の弁護士が提出してきた『準備書面』という名の、ファンタジー小説も真っ青な妄想の産物が記されている。


「『勇者エンライトは、次男ライトに対し、高位の雷属性魔法を行使して火傷を負わせた』……ここまでは百歩譲って、向こうの言い分だとしましょう。問題は次です。『勇者は雷属性の適性がないが、それはカモフラージュである』」


「はい」


ライン先生は涼しい顔で紅茶を啜っている。


「『被告(俺)は面会交流の当日、王宮の宝物庫に極秘裏に潜入。国宝級のアーティファクトである【雷帝の杖】を一時的に窃盗し、それを用いて次男を攻撃した後、誰にも気づかれずに宝物庫へ返却した』……」


俺は書類をテーブルに叩きつけた。


「なんですかこの三流スパイ映画みたいな脚本は!王宮の宝物庫だぞ!?あそこのセキュリティは、俺ですら突破するのに半日はかかる鉄壁の要塞だぞ!それを面会交流の合間に?ちょろっと盗んで、子供を焼いて、また戻した?俺は怪盗か何かか!」


 物理的にも時間的にも不可能だ。そもそも、【雷帝の杖】は使用履歴が魔力ログに残る。調べれば一発で分かる嘘だ。こんな荒唐無稽な主張、鼻で笑って却下されるのがオチだろう。


「ええ、常識的に考えれば不可能です。ですが……」


ライン先生は重々しく首を横に振った。


「担当の裁判官が、それを『あり得る』と判断しました」

「はあ!?」

「『勇者の能力をもってすれば、一般人には不可能な隠密行動も可能であろう』と。


さらに『父親が子供に危害を加えたという母親の訴えは、切実であり信用性が高い』という補強意見付きです」


 開いた口が塞がらない。勇者の能力を過大評価しすぎだし、母親の証言を神託か何かと勘違いしていないか?


「頭おかしいんじゃないですか? その裁判官」

「……大きな声では言えませんが、裁判官にも『当たり外れ』があります。特に家事事件の場合、強烈な『母親神話』を信奉している裁判官に当たると、父親側は何を言っても『言い訳』と取られることがあります。今回は、運が悪かったとしか言いようがありません」


 運ゲー。人の人生と、子供の命がかかっている裁判が、ガチャの結果で決まるのか。  俺は天を仰いだ。

だが、ここでキレても事態は悪化するだけだ。


「……分かりました。今は耐えます。この件については、俺の潔白を証明するカード(録画データ)がありますが、まだ切りません。相手がもっと調子に乗って、決定的なボロを出すまで待ちます」


 俺の胸元で常に回っているカメラには、あの日、俺がライトに指一本触れていない様子がバッチリ映っている。雷魔法なんて使っていないことも明白だ。

だが、これを今出したところで「ああ、この時間はやってませんね。でもカメラに映ってない死角でやったんでしょう?」と言い逃れされる可能性がある。

フレアが法廷の場で「見たわ! この目で夫が魔法を放つのを見たのよ!」と偽証した瞬間こそが、このカードの切り時だ。




◇◇




 そして迎えた、三度目の面会交流日。ギルドの会議室のドアを開けると、そこには二人の子供しかいなかった。長男のコウと、長女のエマだ。次男のライトの姿はない。「怪我の治療のため」という名目で、連れてこられなかったのだ。空席になった椅子を見て、胸が張り裂けそうになる。あいつ、今どうしてるんだろう。火傷の具合は。痛がってないか。泣いてないか。父親なのに、見舞いに行くことすら許されない。


「パパ……」


 エマが不安そうに俺を見上げている。いかん、暗い顔をしてちゃダメだ。残された子供たちまで不安にさせてしまう。俺は無理やり口角を上げて、笑顔を作った。


「よう、エマ!コウ!元気だったか?ライトがいなくて寂しいけど、今日はパパといっぱい遊ぼうな!」


 まずはエマの相手だ。俺は持参した「おままごとセット」を広げた。ただの玩具じゃない。王都で流行りの高級ブランド『シルバニア・キングダム』のフルセットだ。


「わぁ! 可愛い!」

「だろ? ほら、このウサギの人形がパパで、こっちがエマな。今日はピクニックごっこだ」


 エマは嬉しそうに人形を手に取った。

まだ4歳。両親の離婚問題なんて、深くは理解していないはずだ。

無邪気に人形を動かす娘の姿に、俺の心が癒やされていく。

だが、その癒やしは、エマの無邪気な一言で粉々に粉砕された。


「あのね、パパ。こないだね、車で遠くに行ったの」

「ん? そうか、ドライブか。楽しかったか?」

「うん! パパとママと、みんなで乗ったの!」


 俺の手が止まる。パパと、ママと?俺は行っていない。


「……エマちゃん?その『パパ』っていうのは、お父さん……僕のことかな?」


 恐る恐る尋ねる。エマはキョトンとして、首を横に振った。


「ううん、違うよ。お父さんじゃなくて、『パパ』だよ」

「……」

「ロイドさんのこと、そう呼ぶとね、ママが凄く喜ぶの。『いい子ね、エマ』って褒めてくれるの。だから、ロイドさんがパパなの」


 ドスッ。見えない刃物で、心臓を貫かれた音がした。視界が真っ赤に染まる。ロイド。  あの野郎。俺との誓約書はどうした?


「二度と家族には近づきません」と泣いて土下座したのは、どこの誰だった?

舌の根も乾かないうちに、平然と俺の家に入り込み、俺の車に乗り、俺の子供たちに自分を「パパ」と呼ばせているのか。


そしてフレア。お前は子供に何を教えているんだ。

実の父親を「お父さん(他人行儀)」と呼ばせ、不倫相手を「パパ」と呼ばせて褒める?  それは教育じゃない。洗脳だ。子供の心をオモチャにした、最低の虐待だ。


 吐き気がした。今すぐここを飛び出して、ロイドを殴りに行きたい。だが、目の前にはエマがいる。監視員も見ている。俺は奥歯が砕けるほど食いしばり、引きつった笑顔を維持した。


「そ、そうか……。エマは、いい子だな……」


血の味がした。




◇◇




 エマとの遊びを終え、俺は逃げるようにコウの元へ向かった。このドス黒い感情を、作業に没頭することで忘れたかった。コウは既に、作業台の上で準備を整えていた。


「父さん、顔色が悪いよ? 大丈夫?」

「あ、ああ……大丈夫だ。ちょっと寝不足でな」


 賢いコウは、何かを察したように眼鏡を押し上げたが、それ以上は聞いてこなかった。  俺たちは黙々と手を動かした。魔導ゴーレム作成計画。進捗率は約50パーセント。  骨格フレームは完成し、魔力回路の配線もあらかた終わった。今日は、心臓部となる『動力炉マナ・リアクター』の組み込みだ。

ここからが一番面白いところだ。ゴーレムに命が吹き込まれる瞬間。


「すごいな父さん。この調整、ミリ単位じゃないと動かないのに、一発で合わせるなんて」

「伊達に勇者をやってないさ。剣を振るのも、ドライバーを回すのも、要は集中力だ」


 コウとの会話だけが、俺の理性を繋ぎ止めていた。技術の話をしている時だけは、あの泥沼の現実を忘れられる。コウも楽しそうだ。普段は暗い表情をしている彼が、この時だけは年相応の少年の顔になる。


「次は外装だね。父さん、僕、装甲の色は青がいいな」

「いいな。ミスリルブルーに塗装しよう。来月の面会までに、塗料を調合して持ってくるよ」

「うん! 楽しみにしてる!」


 俺たちは腕を組み、作りかけのゴーレムを満足げに眺めた。来月。そう、来月また会える。その希望だけが、俺を支えていた。




◇◇




 しかし。その「来月」は、永遠に来なかった。


 面会交流から数日後。フレア側の弁護士から、一枚の通知書が届いた。そこに書かれていたのは、悪意に満ちた嘘と、一方的な断絶の宣告だった。


【面会交流の中止について】


 前略


 先日の面会交流後、長男コウ君および長女エマちゃんが、激しい腹痛と下痢を訴えました。

原因を確認したところ、面会中に父親(エンライト氏)から、大量のアイスクリームとジャンクフードを無理やり食べさせられたとのことです。


子供たちの健康を害する行為は看過できません。

よって、当面の間、面会交流は全面的に拒否致します。


なお、代替案(手紙や写真の送付)についても、子供たちが父親に恐怖心を抱いているため、応じられません。


「……は?」


 俺は通知書を持ったまま、立ち尽くした。アイス?ジャンクフード?食べてない。俺たちが食べたのは、俺が栄養バランスを考えて作った手作り弁当と、水筒のお茶だけだ。  おやつなんて一口も食べていない。監視員だって見ていたはずだ。


 嘘だ。全部、嘘だ。ライトの火傷の件で味を占めたのか。「子供が体調を崩した」と言えば、簡単に面会を拒否できると学習したのだ。事実かどうか確認する方法はない。医者の診断書なんて、フレアのコネを使えばどうにでもなるだろうし、「お腹が痛い」という自己申告なら診断書すら要らない。


 俺の手から、子供たちが奪われていく。ライトは虐待の濡れ衣で。コウとエマは、ありもしない食中毒の冤罪で。そして、その隙間に、ロイドという偽物の父親が入り込んでいる。  俺の居場所が、完全に消されようとしている。




◇◇




弁護士事務所に駆け込んだ。もう限界だ。怒りでどうにかなりそうだった。


「先生! もう十分でしょう! 反撃しましょう!」


机の上に、証拠の品々を並べた。  


・エマの「新しいパパ」発言(録音済み)  

・ロイドが誓約書を破って接触している証拠  

・今回のアイスクリーム疑惑に対する、監視カメラ映像と監視員の記録(当然、アイスなんて食べていないことが映っている)

・そして、ライトへの虐待疑惑に対する、俺の潔白を証明する映像データ。


「これだけあれば勝てる!相手は嘘つきだ!不貞行為を継続し、子供を洗脳し、虐待の罪をなすりつけ、虚偽の理由で面会を拒否している!親権者として不適格だ!今すぐ監護権を変更できるはずだ!」


 俺は捲し立てた。これだけのカードが揃ったんだ。どんな無能な裁判官でも、これを見ればフレアの異常性が分かるはずだ。俺が親権を持つべきだと、誰もが思うはずだ。


 だが。ライン先生の表情は、晴れなかった。彼は深く息を吐き、冷徹な現実を告げた。


「エンライトさん。お気持ちは痛いほど分かります。これだけの証拠があれば、相手の主張が嘘であることは証明できるでしょう。面会交流も、再開できる可能性は高いです」


「なら……!」


「ですが」


先生は俺の言葉を遮った。


「それで『親権』が取れるかと言えば、話は別です。勝率は、あくまで3割。良くて五分五分といったところでしょう」


「な……なんでだよ!?」


 俺は叫んだ。意味が分からない。相手は犯罪者予備軍だぞ?いや、もう虐待(ライトへの傷害)をしている可能性が高いんだぞ?


「どうしてそんな奴から親権を剥奪できないんだ!子供が危険に晒されてるんだぞ!」


 ライン先生は、悲しげな目で俺を見つめ、決定的な一言を放った。それは、この国の司法の闇を凝縮したような、絶望の宣告だった。


「エンライトさん。極端な話をしましょう。この国の家事裁判の実務では……たとえ母親が虐待をして、最悪の場合、子供を殺してしまったとしても……それで自動的に親権が父親に移るわけではないのです」


「は……?」


「『母親がダメだから父親』という単純なスライドは起きません。母親が逮捕されれば、子供は施設(乳児院や養護施設)に送られるのが一般的です。父親がどれだけ健全で、経済力があっても、『これまで主に育てていなかった(監護実績がない)』という理由だけで、施設の方がマシだと判断されることすらあるのです」


 俺は言葉を失った。なんだそれは。子供を殺した親の次に優先されるのが、実の父親ではなく、施設?


そこまで信用されていないのか?

ただ「男である」「働いていた」というだけで、そこまで排除されるのか?


「これが『継続性の原則』と『母性優先の原則』の成れの果てです。腐っていますが、これが現実です」



 俺は椅子に深く沈み込んだ。力が入らなかった。


魔王軍と戦っていた時の方が、よっぽど希望があった。

剣を振れば敵は倒れた。努力すれば報われた。


だが、ここは違う。


どれだけ正しくても、どれだけ愛していても、システムそのものが俺を拒絶している。


 俺は天井を見上げた。

蛍光灯の光が、涙で滲んで見えた。コウ。ライト。エマ。




ごめんな。パパは、世界最強の勇者なのに。


お前たちを助けるための魔法を、一つも持っていないみたいだ。

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