アクスタくんと半額戦争
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午後7時。私はアクスタくんとスーパーのお弁当コーナーに立っていた。
「行くよ、アクスタくん。……これは絶対に負けられない戦いなんだ」
そう、これは名付けて”半額戦争”。毎日、私は半額のタイムセールで美味しいお弁当を勝ち取らなければいけない。敵は老若男女——私と同じ大学生、パート帰りの主婦、仕事帰りのサラリーマン。この戦場はいつだって混沌としている。
「いざ、参らん!」
人混みを掻き分け、半額のシールが貼られる棚の前に滑り込む。アクスタくんは「大袈裟だろ……」と呆れつつも、私の肩にしっかりとしがみついている。
「こっちは高い……こっちは肉ばっかで野菜がない……」
私は一つずつ、でも素早くお弁当を選別する。
「君に決めた!」
そう言って手に取ったのは彩り弁当。鶏肉に、人参に、茄子に、カラフルなパプリカ。色も形も賑やかで、見てるだけで気分があがる。
私はそのままレジへダッシュした。お会計を済ませた時、私は小さくガッツポーズした。
「いやー、買った買った!」
寮に帰るとすぐに戦利品を広げ、食べ始める。黒酢あんの甘酸っぱさが、じんわりと舌に沁みる。
「お前、全然自炊しねーよな」
アクスタくんが机の上からジト目でボソッと言う。
「そりゃあ……時間無いし、自分の部屋に台所が無いせいで共用キッチンまで行くのめんどくさいんだもん」
本当は料理が下手なのと、食材を計画的に使えないってのもあるんだけど。
アクスタくんの目線の先には、山積みになった教科書、散らかった鞄、溜め込んだ洗濯物たち。「女子の部屋でも、まあこれくらい普通だよね」と思いながらも、片づけられない自分がちょっと情けない。
「でも、流石に自炊しないと栄養バランスも偏っちゃうけどね」
毎日私が食べているのは、半額のお総菜や冷凍食品。野菜は基本的にカット野菜。だから、栄養バランスは常に不安だ。身体的にも、精神的にも”すり減っていく”ような感覚——食べることで空腹は満たされるけど、何かが足りないような、はたまた何かが削られているような、そんな感覚だけは拭えない。
「そういやお前、どこ出身だ?一人暮らしってことは東京じゃないよな」
アクスタくんが尋ねる。
「んー……栃木の、ちょっと田舎の方」
「へえ、意外だな」
「でもね、宇都宮餃子は大好きだよ。昔から宇都宮に行ったら必ず食べててさ。一度食べたらもう病みつきになってたまんないの」
餃子。それは私の大好物。宇都宮餃子は野菜たっぷりであっさりしてるのに、口に入れた瞬間ちゃんと旨味が広がる。あれは反則だ。でも——実家の餃子はもっと特別。肉をぎゅうぎゅうに詰めて、ニンニクもたっぷり。おばあちゃんが私の好みに合わせて、いつも作ってくれた、思い出の味。
——思い出したら、無性に食べたくなってきた。
「そういえば最近、餃子……全然食べてないや」
自分で作るのも面倒だし、食べれるのはせいぜい冷凍の餃子くらい。小さくて、具が少なくて、皮もペラペラで、何だか味気ない。
「なんで地方に生まれただけってだけで、こんなハンデを負わなきゃいけないの……?」
「……は?」
アクスタくんは首を傾げ、こちらを覗き込む。
「私がスーパー行って、洗濯して、掃除して……家事で手一杯になってる間、実家暮らしの子たちは何もしなくてもいいんだよ?」
東京の大学に入って驚いたのは、実家から通っている子の多さだった。まさか、地方から来て一人で暮らしてる”私たち”の方が少数派なんて、思ってもいなかった。
「私が半額のお弁当を食べてる間にも、あいつらは家で家族の温かいご飯が食べれるんだよ?」
そう言って口に入れた茄子は、もともと冷めていたけど、もっと冷たく感じた。
「私、全然うまくやれてない気がする……」
「でもお前、地元のこと嫌いじゃねーだろ」
アクスタくんがぽつりと言う。私は黙ったまま、冷めた茄子をもう一つ口に運ぶ。
「さっき宇都宮餃子好きって、嬉しそうに言ってたじゃねえか」
——そう言われてはっとした。確かに、栃木に生まれたせいで一人暮らししないといけないのは嫌だけど、それと「地元が嫌い」は別の話。むしろ、地元に帰省する度にほっとするし、他の人に栃木のことを聞かれたら嬉々と話してしまうぐらいには、大好きだ。
「……なんでだろ、矛盾してるよね」
「お前、俺が福岡出身なのは知ってるよな?」
「うん。カルマは福岡出身だったね」
「俺もこっち出てきた時、今のお前ぐらいの歳だった。金もねーし、飯もコンビニ。カップ麺ばっかの時期もあった」
私はアクスタくんじっと見た。彼は10年前の姿をしている——つまり、私よりちょっと年上ぐらい歳だ。その姿に、何か重なるものを感じた。
「でもお前、さっきちゃんと野菜入ってる弁当選んでただろ?カップ麺ばっかだった俺なんかより、うまくやれてるさ。
人間って、自分の駄目なとこばっか気にするんだよ。うまくやれてることほど、自覚ないんだよな」
「私、うまくやれてるの……?」
アクスタくんはちょっと目を逸らして続ける。
「俺は、“生き延びてる”だけで合格点だと思うし、それだけでうまくやれてるって言える。でも、自分を”甘やかす”のとは違う。」
「……」
「お前はちゃんと踏ん張ってる。ただ”楽な方”に流されてる訳じゃねえ。『今日も野菜足りてるかな』って気にしてる時点で、もう十分戦ってるんだよ」
——そうか、私も上京して、必死に”生き延びてる”一人なんだ。”あの人”と同じように。
「”甘やかす”とは違う、か。明日、部屋の掃除しようかな」
夕飯を食べ終え、私とアクスタくんはベッドに寝転がった。
「明日も半額戦争かな」
私はアクスタくんにそっと呟く。
「ちゃんと野菜あるやつ選べよ」
「任せろ、歴戦の戦士を舐めるなよ」
そう言って、私たちはふっと笑い合った。
【次回予告(仮)】
沙百合とアクスタくんが、久しぶりにライブハウスへ足を運ぶ話を書く予定です。
そこで沙百合が目にした“違和感”とは——?
※ちなみに、沙百合編Part1が終了次第、いずれカルマ編が始まる予定です。
今のところアクスタと沙百合の回想でしか存在感を放っていない彼が、ついに“本人”として動き出す日も、そう遠くはない……かもしれません。




