アクスタくんが喋った-1
朝が来た。けたたましいスマホのアラームで、昨日と同じように目が覚める。今日もまた、漠然とした一日が始まる。
「おはよう」
布団から出て真っ先に机へ向かい、アクスタに声をかける。これだけは毎朝絶対に欠かせない。私の一日は、ここから始まるのだ。
いつも通り、そっと微笑みかけてから背を向ける。支度しなきゃ。
「——おい」
……え?
男の声が聞こえた気がした。でも、この部屋には私しかいない。
気のせい? まだ朝だし、寝ぼけてるのかも。
「——おはよう、って……こっちの台詞だっつーの」
今度ははっきりと、私の背後から声が聞こえた。まさかと思い、振り返る。
そして、目の前の光景を見た瞬間、私は固まった。
アクスタが、喋っていた。
しかも、動いている。ただの薄いアクリルじゃない。目の前には、立体となって実体を持った“彼”がいた。
「嘘……夢?」
思わず自分の頬をつねる。——痛い。ということは、夢じゃない。
「夢じゃねーよ。お前が毎日話しかけてくるもんだから、喋れるようになったんだよ。……お前が俺に声かけるようになってから、ずっと見てた」
「……ずっと?」
「ああ、見てたさ。信じられねーって顔してんな」
いや、そんなのすぐ信じろってほうが無理でしょ。こんな夢みたいな話。
「仕方ねえな。じゃあ証拠見せてやる。お前、毎晩スマホ見ながら『かっこいい』ってこぼしてるだろ? あれ、俺の写真見てる時だよな。お前独り言多すぎなんだよ」
「!?」
確かに私は、いつもカルマの写真を漁っては、かっこいいって呟いてる。
「あとこの前、寝ぼけて俺のブロマイドにキスしようと……」
「え!? ちょっ、お前!! ストップストップ!!!それ未遂だから!!」
どこまで見てたの!?まさかそんな醜態まで見られるとは……。
でも、間違いない。こいつは、毎日ずっと私のことを“見ていた”。
「君はカルマなの?」
私は思わず尋ねた。確かにこの口調はちょっと昔のオラオラ系だった頃のカルマに似ている。けれど、カルマ本人とはどこか違う。
「……俺はカルマであって、カルマじゃねえ。本人じゃねえよ。うまく言えねーけど、お前の中の”カルマ像”と、カルマ本人の記憶の欠片と、それから俺自身の”何か”が混ざってる……ってとこだな」
……何となくわかるような、分からないような。
「つまり、カルマ本人とはちょっと違うってこと?」
「そういうことだな。俺は俺だし、カルマ本人は別にいる」
少し沈黙が落ちる。私は改めて彼の姿を見つめた。
カルマの見た目をしていて、カルマの声で喋っているのに、何だか不思議な気分。
「……じゃあさ」
私は、少し考えてから口を開いた。
「君のこと、何て呼べばいいかな?“カルマ”って呼ぶのは、ちょっと違う気がするし……」
「好きにしろよ。名前なんて、どうでもいいし」
「うーん……それなら、“アクスタくん”とか?」
「はぁ?何だよそのテキトーな呼び方……」
呆れたように眉をひそめる彼。でも、少し顔を逸らしてふっと笑った。どこか不満そうだけど、ちょっとだけ嬉しそうに。
こうして、この日から——小さな”推し”との、ちょっと不思議な生活が始まったのだ。




