アクスタくんと運命の夜-2
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活動報告も不定期で更新しています。
小説の解説も行っているので、お時間があれば是非見て頂けると嬉しいです!
「あー楽しかった!」
会場を出るなり鞠は満足そうに伸びをして、ペンライトを鞄に仕舞いながら言った。
「やっぱ生は違うよね。いつも画面越しで見るのと全然違う」
「……うん」
私は曖昧に頷いた。頭の中では、さっきまでの“異文化交流”の余韻が、まだ整理しきれないまま残っている。
「お前、上の空じゃねーか」
アクスタくんが呆れたように言ったが、私はそれどころではなかった。
「私の推しさ」
駅に向かう途中、鞠がふと思い出したみたいに言った。
「曲も、メンバーたちが作ってるんだよ。普通、アイドルってプロデューサーが作ってることが多いじゃん?でも、私の推したちは違うの」
「そうなの?」
「だから、推してるとセンス良いねって言われるんだ」
「ま、“俺”も作詞作曲してるけどな」
横でアクスタくんはドヤ顔をしたので、私は小声で「聞いてない」と返した。
「私ね、そんな“センス良い”推しに出会えたこと、好きでいられることが誇りなんだ」
「……ふうん?」
アクスタくんは私の肩越しに、鞠の顔を覗き込む。
「遅刻魔にしては、良いこと言うじゃねーか」
——“誇り”、か。
鞠の推しは韓国だけではなく、海外でも活動している。所謂、“成功している”側の存在だ。
でも、私の推し——カルマは?
知名度は高くない。小さいライブハウスで細々と活動している、“売れないバンドマン”。……それだけではない。彼は、“バンドを壊した張本人”として、未だに叩かれている。
私はそれを知った上で、彼を信じている。でも——鞠みたいに、他人に胸を張って“誇り”だと言えるかと聞かれたら、答えに詰まる。……どうしても、カルマを見る世間の冷ややかな視線が、頭をよぎってしまう。
私は何も言わなかった。言えなかった、の方が近い。
その時だった。
駅前の広場で、何人かの人が紙を配っているのが目に見えた。きっと、メン地下か何かだろう。ライブ帰りの人波に紛れているが、受け取る人は少なく、ほとんどの人が素通りしている。
すれ違いざま、鞠の前に一枚のフライヤーが差し出された。鞠は一瞬迷ってから、それを受け取った。
「……なんかさ」
歩きながら、鞠がぽつりと言った。
「こういうの見ると、音楽業界ってほんと厳しいなって思うよね。さっきまであんなおっきい会場いたのに、急に現実突きつけられるみたいでさ」
……悪気は無い。ただの感想だ。
私は何も言えず、横で歩いているだけだった。
「……なあ」
肩の上で、アクスタくんが耳打ちした。
「お前は、どう思う?」
「……分かんない」
「……そうか」
それ以上、アクスタくんは何も言わなかった。
*
電車に乗ると、同じライブ帰りらしい人たちがちらほら目に入った。何を話しているのかは聞き取れないのに、笑い声や弾んだ声だけが、妙に耳に残りそうだった。
鞠はフライヤーを広げて、何気なく眺めていた。
「あれ?」
鞠が小さく声を上げた。
「これ、沙百合の推しじゃない?」
「え?」
私はすかさずフライヤーを覗き込んだ。
そこには、見慣れた名前と、私のよく知る姿があった。
「……ほんとだ」
口から出た声は、思ったよりも平坦だった。驚きも、すぐには追いつかなかった。
「さっき配ってた人、本人だったのかな?」
鞠は首を傾げる。
「まあ、衣装じゃなかったし分かんないよね。でも、こうやって直接配ってるの見ると……」
鞠は、そこで言葉を切った。
私は、フライヤーから目を離せなかった。紙の端は、少しだけ皺が寄っている。——その皺が、やけに現実を突きつけてくるようだった。
「……顔、覚えてるか?さっきの奴の顔」
アクスタくんが、静かに聞いた。
「……覚えてない」
本当に、思い出せなかった。声も、表情も。夜で暗かったし、鞠の話に気を取られていた。フライヤーを渡した人の顔なんか、見る暇もなかった。ただ、“配っていた”という事実だけが残っている。
電車が動き出す。窓の外を見ると、繁華街の光が少しずつ遠ざかっていく。
私はフライヤーを、そっと鞠に返した。
大きな会場で、たくさんの場所を飛び越えて活躍する、鞠の推し。
自分の推しを“誇りだ”と迷いなく言える鞠。
そして、誰にも気づかれないまま、夜の駅前でフライヤーを配っている人々。
同じ「音楽」なのに、立っている場所も、見えている景色も、あまりにも違う。
私は、カルマのステージの上の姿も、叩かれている事実も全部知っているつもりでいた。
けれど——今日一日を通して、私が今まで見ていた“カルマ”は、私が勝手に選んで見ていた一部に過ぎなかったのだろうと、初めて思った。
私は、まだ“彼”の全てを知らないのかも知れない——。
【次回予告】
次回、遂に”あの男”が主人公として動き出す——?
……の前に、番外編を1つ挟ませて下さい!




