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アクスタくんと運命の夜-1

明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします。

前回から日が空いてしまい、申し訳ありません…。

 その連絡が来たのは、一昨日の夕方だった。


《ごめん、急なんだけどさ》

鞠からのメッセージには、いつもより少しだけ焦った空気が滲んでいた。

《推しのライブ、一緒に行かない?》

《同行者だったネッ友が急に行けなくなっちゃって……》

送られてきたのは、鞠の推しグループの公式サイトのリンクと、会場の写真だった。


 ……アリーナ、か。結構大きい会場だな。


 私はいつも鞠の推し語りを聞いているが、正直そこまで詳しい訳ではない。

それでも——彼女が心から好きだと言う「推し」のライブがどんなものなのか、そして何より、普段小さなライブハウスばかり行っている私が知らない“別の世界”を、一度ちゃんと見てみたい気もしていた。


《いいよ》

少しだけ迷ってから、私はそう返した。



 そして今日がライブ当日。寮のエントランスに現れた鞠は、いつも以上に全力だった。

 ライブTシャツに、赤いロングスカート。グループ名がプリントされたトートバッグには、推しの缶バッジがついている。小さなぬいぐるみも、透明ケースに入ったトレカも一緒だ。

「……この遅刻魔、装備ばっちりじゃねえか」

アクスタくんは目を丸くして言った。

「今日は部屋にあるグッズ、片っ端から持ってきちゃった」

鞠は嬉しそうにトートバッグを掲げる。その様子を見て、私は少しだけ微笑ましい気持ちになった。


 ——が、駅に着いた瞬間。

「ちょっと、鞠。このまま電車乗るの?」

鞠は缶バッジもぬいぐるみもトレカも、全く隠す気配無く改札へ向かっていた。

「……え?」

「だって……人目、気にならない?」


 私はライブに行く時、必ずグッズを隠している。缶バッジを鞄に付けたら絶対に裏返すし、電車の中で出すなんてとてもじゃないけど恥ずかしくて出来ない。ライブハウスに着いてから、こっそり元に戻すタイプだ。


「そりゃ痛バだったら裏返さないといけない暗黙のルールはあるけどさ。でも、痛バじゃないなら別に良くない?」

鞠は不思議そうに首を傾げた。

「みんな、これぐらい普通だよ」

アクスタくんも「まあ、そうだよな」と小さく呟く。


「それにさ」

 鞠は少し誇らしげに笑った。

「私は恥ずかしいなんて思わないな。だって、自慢の推しだよ?むしろ、電車に乗ってるみんなに“私の推しを見よ!”って言いたいくらい」

冗談っぽい口調だったけれど、多分、本音だった。

「やっぱこいつ、メンタル強えな。お前と違って」

「……自慢の推し、か」

「沙百合?」

「あ、ううん。何でもない。ごめん」

私は咄嗟に話題を濁した。



「沙百合、これ」

会場に着くなり、鞠が手渡してきたのはペンライトだった。

「実は、予備なんだ。良かったら一緒に振ろ?」

「え、良いの?」

少しだけ、胸が高鳴った。

「私の推し、赤だからさ。一緒に赤振ってくれると嬉しいな」

そう言って、鞠はガサゴソと自分のバッグを漁り、もう一つ何かを取り出す。

「あと、うちわも」

手渡たされたそれには、ピンクのハングルが並んでいた。

「韓国語で“こっち向いて”って書いてあるんだよ。昨日必死で作ったんだ」

「……良いなぁ」

私が思わず零した本音に、鞠はぱちぱちと瞬きをした。

「私の推しにはペンライトもうちわも無いからさ。こういうの、ちょっと憧れてたんだ」

私がそう言うと、鞠はにこっと笑った。

「じゃあ今日は、思いっきり振っちゃいなよ!絶対、楽しいから」



 ライブが始まると、会場中のペンライトが一斉に点灯した。それぞれが推しの色を掲げ、アリーナは光の海になった。


 メンバーが登場した瞬間、歓声が弾けた。鞠はすぐに双眼鏡を構え、ステージを見つめる。


 ……遠い。


 いつも行くライブハウスとは違って、顔なんてほとんど見えない。双眼鏡が必要になるのも、無理はなかった。

「やば……推し、超可愛い!」

それでも鞠は満足そうに、双眼鏡越しに推しを追っていた。


 曲が始まる度、鞠は全力でペンライトを振る。私も見よう見真似で振ってみる。最初は動きを合わせるのに必死だったけれど、いつの間にか自然と体が音楽に乗っていた。ペンライトを振るだけで、会場の一部になれたような——不思議な一体感があって、思った以上に心地良い。


 やがて、メンバーがトロッコに乗って客席を回り始めた。鞠も、隣の人も、慌ててうちわを掲げる。

「あっ……」

鞠が息を呑む。

「今、ちょっとだけこっち見てくれた気がする!」

くるっとこちらを向いて、私の肩を掴んだ。

 本当に推しと目が合ったのかは分からない。でも、その瞬間の鞠は心の底から嬉しそうで、子供みたいにはしゃいでいた。


 MCでは、メンバーが拙い日本語で話していた。一生懸命言葉を選んで、何度も言い直して。会場は、そんな彼女たちを暖かく見守っていた。


 ——なんか、全然違うな。


 同じ「ライブ」と言っても、ライブハウスとアリーナは距離感が違う。遠く離れていても、鞠の推しは距離感を感じさせないように、全力で楽しませてくれる。そして、ペンライトにうちわに……アイドルでしか味わえない文化もある。


 まるで“異文化交流”をしているみたいだった。


 ライブが終わり、会場を出ると夜風が肌に触れた。さっきまでの熱気が、嘘みたいに遠ざかっていくような、ひんやりとした冷たさだった。

 それでも——私の体は少し浮ついたままで、ふわふわとした温かさがあった。

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