アクスタくんと悪友-2
【お知らせ】
活動報告も不定期で更新しています。
小説の解説も行っているので、お時間があれば是非見て頂けると嬉しいです!
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
鞠がそう言って席を立ち、去っていった。
明るい声の余韻がテーブルの上に残り、その姿が視界から消えた瞬間——胸の奥が、静かに底へ沈んだ。
私はスプーンを置き、そっと溜息をつく。にぎやかな店内のざわめきが、急に遠くなった気がした。
「ほら。あいつ、席外したぞ」
肩の上から、小さな声がした。アクスタくんが、試すような口調で呟いた。
「別に……だから何」
「嘘つくなよ」
呆れでも叱責でもない。ただ“事実”を刺すだけの声音。その冷たさが図星で、何も言い返せなかった。
私は、逃げるようにスマホを開いた。
気づけば、指は迷いなくSNSの“愚痴吐き用コミュニティ”を開いていた。スクロールすると、画面いっぱいに並ぶ——“私が欲しかった言葉たち”。
《友達の自慢話しんどい》
《自己中な奴って疲れる》
《うまくいってる人が眩しすぎて無理》
……分かる。
胸の奥がざわりと揺れ、私はキーボードに指を乗せた。
《遅刻魔の友達待つのもう疲れた》
《友達がインターンの話ばっかで、置いてかれてるみたいでしんどい》
投稿ボタンに触れかけた、その瞬間——指が止まった。
画面の言葉が、泥の塊みたいに見えた。生ぬるくて、臭くて、自分の手にねばりつくようで、息が詰まり思わず手を引っ込める。
……私、何してんだろ。
鞠は悪意なんて持っていない……はずだ。明るくて、素直で、推し語りをしている時の鞠には嘘がない。
でも——時々、どうしても疑ってしまう。あの「ふふ」という笑いに、私を見て安心している気配を勝手に読み取ってしまう。彼女は多分何も悪くないのに、私の中で”悪意”が生まれていく。
私は震える指で、入力した文字を全て消した。
「お前さ」
アクスタくんが、溜息交じりに口を開く。
「……ほんと、グロいな」
「……知ってる」
目を伏せた瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。自分の黒さに触れたとき特有の、体の内側がぬるりとするあの感覚。
その時だった。
「ただいま〜!ごめんね、お待たせ!」
鞠が戻ってきた。
「ううん、大丈夫だよ」
私は条件反射のように表情を整え、手を振って笑った。ついさっきまで泥を投げつけようとしていた手で、何事もなかったように。
……やっぱり、私はグロい。この切り替えの早さが、一番グロい。
鞠は席に座り、ストローをくるくる回しながらふと思い出したように言った。
「そういえばさ。沙百合の推しって、福岡でライブしたいって言ってたんだっけ?」
「……え?」
私は思わず固まった。
「前に言ってたじゃん。だから沙百合、バイト始めたんでしょ?」
——その瞬間。胸の奥の黒い何かが、ほんの少しだけ、熱で緩むように溶けたような気がした。
……覚えててくれたんだ。
鞠は話を遮ることも多いし、自分の話ばかりするし、遅刻魔だし、正直、嫌だと思う部分は山ほどある。
それでも——。私が大事にしているものを、ちゃんと拾ってくれる瞬間が確かにある。
……この子と推し語りする時間は、やっぱり本物なんだ。
「実は私もライブで福岡行ったことあるからさ、もし遠征するなら教えてよ。私、アドバイスできるかも」
鞠はどやっと笑った。
私は深く息を吸い、ゆっくりと笑い返した。
「……うん、話すよ」
まるで、さっき泥を投げつけようとしていた自分を、その場しのぎで隠すみたいに。
矛盾したまま。矛盾を抱えたまま。それでも“友達”は続く。”好き”も“嫌い”も一緒くたのまま。
この世に、自分のことを“完全に”分かってくれる友達なんて、ほとんどいない。心の中で不満を抱えたり、矛盾を押し殺したり——そうやってみんな生きているし、そうやって生きていくしかないのだろう。
きっと鞠はこれからも遅刻するし、空気は読まないし、私はその度にグロくなる。
そして——あの「ふふ」を思い出して、また鞠の事を疑ってしまう瞬間も、きっと何度でも来る。私は自分のグロさにげんなりしながら、それでも彼女の表情を探ってしまうのだろう。明るい鞠と、ふと黒い影を落とす鞠——その揺れを見るたび、私は彼女を信じていいのか分からなくなる。
それでも——この一瞬だけは、ほんの少しだけ、胸が微かに温かくなった。
【次回予告】
「アクスタくんと親友-1」
中学の頃から筆を握り続けてきた友人・弥生から、久しぶりに届いた一枚の絵。
その絵をきっかけに、沙百合は彼女の声と、あの頃の記憶を思い出す。
それぞれ違う場所で生きているはずなのに、変わらないものが確かにある。
気づけば沙百合は、弥生の”生き方”が眩しく思い、そして——。
※「アクスタくんと悪友」と対比になるお話です。是非セットで読んでいただけると嬉しいです!




