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アクスタくんと悪友-1

【お知らせ】

活動報告も不定期で更新しています。

小説の解説も行っているので、お時間があれば是非見て頂けると嬉しいです!


☆12/6 活動報告更新しました!

 今日は、珍しく楽しみな予定がある日だった。


 夕方の寮のエントランスで、私は小さく息を整えながら、(まり)を待っていた。


 鞠は私と同じ寮に住んでいて、同じ学部に通っている、数少ない友人だ。韓国アイドルのファンで、いつも明るくて、時々振り回されるけれど、一緒にいると妙に気が楽になる。私にとっては貴重な存在だ。


 鞠から「めっちゃ美味しい店見つけたから、一緒に行こ!」と誘われたのは昨日のこと。久しぶりに二人でご飯に行けるのが、私は少し楽しみだった。


 約束の時間になり、私は「着いたよ」とメッセージを送る。

 けれど既読は付かない。……まあ、これはいつもの事だ。


 肩に乗っていたアクスタくんが、私のスマホをちらっと覗き込んだ。

「遅くねえか?」

いつものように、刺さるようなツリ目で私を見上げてくる。

「いつものことだよ」

そう返しながら、エントランスのガラス越しに外を眺めた。

期待していた分だけ、胸の奥に小さなひっかかりが残る。


 10分待つ。けれど、スマホは沈黙したまま。アクスタくんが小さく溜息をついた。

「お前、よく待つよな」

「……鞠は遅刻魔だから」


 20分経つ。アクスタくんは呆れたような表情をしていた。

「普通、遅れて来るなら連絡するだろ……」

「だから鞠はそういうの気にしない子なんだってば」


 30分経った頃、ようやく寮の自動ドアが開いた。

「ごめんごめん!お待たせ!」

肩までかかる長い髪が揺れる。垢ぬけたワンピースに、高そうなバッグ。鞠らしい華やかさが、ぱっと空気を変えた。

アクスタくんは意地悪な顔で私を見上げる。

「……意外と可愛い子じゃねえか。お前と違って」

「……うるさいな」

私はアクスタから目を逸らし、鞠を見つめた。

「いやあ、課題が終わんなくてさ~」

大きな目でにこっと笑いながら、鞠は手を合わせた。

 悪びれた様子が一切ない。それなのに、なんか憎めない。——これが、鞠という人間だ。

「じゃあ行こっか」

鞠はそう言って、寮の外に向かった。私は小さく溜息をついてから、彼女を追いかけた。


 駅に向かう道すがら、鞠はすぐに推し語りを始めた。そして、そのテンションは容赦なく高い。

「ねえ聞いて!うちの推しが新しいMV出してさ!ビジュ爆発してて超可愛かったの!」

「まじで?」

鞠は嬉しそうにスマホを取り出し、子供みたいな表情で画面をこちらに向けてくる。

その楽しそうな顔につられて、私も自然と笑ってしまった。

「見て見て!これ!推しが金髪になったの!」

画面に映るのは、韓国の女性アイドル。可愛くて、華やかで、眩しくて——鞠が夢中になるのも分かる。

「へえ、お前ら楽しそうじゃん」

アクスタくんが肩の上からぼそっと呟いた。

 実際、私はこういう時間が嫌いじゃない。


 私は邦ロック、鞠はK-POP。推しは違っても、”推し活あるある”は世界共通だ。

先着順チケットの争奪戦。座席や整理券番号に振り回されるライブ前。推しのグッズがなかなか出なくてランダムグッズに散財してしまうこと。配信が深夜に突然始まったら困るのに、それでも見ずにはいられなくて夜更かししてしまうこと。——そんな話で盛り上がるのは、本当に楽しい。

 鞠が「界隈が違くても、分かり合えるよね」と言ってくれるのも、密かに嬉しかった。


「そういえば私の推しも——」

私が言いかけた瞬間。

「あっ、そういえば!うちの推しの新しい衣装がさ~!」

鞠が勢いよく被せてくる。

 私は咄嗟に口を閉じ、何事も無かったようにいつもの相槌に切り替えた。

  ——こういうところは、少し苦手だ。嫌いではないけれど、胸の奥に小さな違和感が残る。

 アクスタくんは黙っていたが、私の様子を見透かしているようだった。



 目的の店に着くと、鞠のテンションは更に加速した。

「ここ!オムライスがめっちゃ美味しいって、人気なの!ずっと来たかったんだよね~!」

わくわくとした様子で笑う鞠を見て、思わず私も笑ってしまう。それと同時に、私は鞠のアンテナの高さに感心してしまう。


 料理が運ばれてくると、鞠は写真を撮りながら喋り続けた。彼女が自然体でいてくれると、私も安心して話ができる。


 ——だけど、食事が半分ほど進んだ頃。


「そういえばさ、明日またインターンなんだよね」


軽い声で言われた瞬間、胸の奥に岩みたいなおもりがずどんと落ちた。


 ……また、その話。


「最近めっちゃ楽しくてさ~!この前なんか営業成績上がって、社員さんに褒められちゃった!」


 ——その話、もう聞きたくない。

 けれど、そんな事を言える訳もなく、私は表情を取り繕う。

「……凄いね」

声が少しだけ震えた。けれど、鞠は気付かない。……いや、気付くはずがない。鞠には悪意は無いのだから。


 でも、”インターンに通っている鞠”と”なんとなく生きているだけの私”の差が、ずっと頭の中で擦れ合っていた。私なんか、バイト探すだけで精一杯で、この前ようやくバイト受かったばかりなのに。


 私はスプーンを置き、小さく息を吸う。

「……鞠がインターンの話する度にさ。なんか……私、どんどん置いてかれてる感じがするんだよね」

口にした瞬間、胃の奥がじんわりと痛む。

 言うべきじゃなかったのかも知れない。でも、言わずにはいられなかった。


 鞠はぱちぱちと瞬きをして——そして、ほんの少し口角を上げて。


「……ふふ」


 それだけだった。

 その笑いは余りにも軽すぎて、私には重かった。

 私に気を遣ってくれたのか、気まずさを誤魔化しただけだのか。

 それとも——。

 へばっている私を見て、ほんの少し、安心しているのか。


 ……分からない。


「あーあ」

肩から声が聞こえた。アクスタくんだ。

「お前、言わなくていいこと言ったな」

「……うるさい」

私は小さい声で返して、スプーンを持ち直す。

 鞠はそのやり取りなど気付かず、ストローでジュースを啜っていた。

「まあ、沙百合なら多分大丈夫っしょ。バイトも始めたんだし、真面目だし」

軽い調子でそう言われて、私は曖昧に微笑んだ。


 鞠の声はいつも通り明るくて、悪意なんてどこにもない——はずだった。

 だからこそ、胸の奥の波紋の正体だけが自分でも分からなかった。

【次回予告】

「アクスタくんと悪友-2」

鞠との食事の途中、ふと胸の奥に沈む“どうしようもない感情”と向き合うことになる。

ほんの小さなきっかけで心は揺れ、言葉にならない黒さが内側から滲み出す。

それでも、人と向き合う時間の中には、わずかな救いの瞬間も確かにある。

“好き”と“嫌い”が混ざりあう矛盾を抱えながら、沙百合は自分の感情と向き合っていく。

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