アクスタくんとアルバイト-4
【お知らせ】
活動報告も不定期で更新しています。
小説の解説も行っているので、お時間があれば是非見て頂けると嬉しいです!
面接の日。私は商店街の端にある八百屋の前で、深呼吸をした。
店先には手書きのPOPが並び、どれもあたたかい字と絵が描かれていた。
——こんな場所で働けたらいいな。
そう思いながら扉を開けると、中から明るい声が響いた。
「出雲さん?あらまあ、若い子ね。いらっしゃい。どうぞどうぞ」
店長は、丸い眼鏡がよく似合う、朗らかなおばちゃんだった。その笑顔だけで、緊張がすっと溶けていく。
私は履歴書を手渡すと、店長はじっくりと目を通した。そして、希望時間帯の欄を指差して言った。
「ちょうどその時間帯、人手が少ないのよ。是非入って欲しいわ」
その言葉を聞いて、まずは一安心した。
しかし、店長は続けて志望動機の欄を見て目を丸くした。
「出雲さん、デザインが好きって本当なの?」
「はい。なのでPOP作りなどの”店づくり”に惹かれてここに応募しました」
私がしっかりと店長の目を見て答えると、店長はぽん、と手を叩いた。
「まあ!助かるわ〜!そういう子は大歓迎なの」
そして満面の笑みのまま、軽く言った。
「来週から来られる?」
……え?もう採用……?
あまりにもあっさりしていて、一瞬言葉を失った。
「……!はい!」
慌てて返事をすると、店長は「楽しみにしてるからね」と言って、面接はそのまま終了した。
外に出ると、驚きと喜びが同時に押し寄せてきて、フワフワした気持ちになった。そんな私を見て、アクスタくんは言った。
「良かったな。来週から頑張れよ」
「——うん」
私はアクスタくんの頭をそっと撫で、二人で帰路についた。
*
そして初出勤の日。従業員入口の扉を開けると、主婦のパートさんたちが一斉にこちらを向いた。
「あなたが出雲さん?」
大学生が入ってくるのが珍しいのか、興味深そうに見つめられる。私の肩の上に乗っていたアクスタくんは、「うわ」と言ってちょっと警戒しているようだった。
「今日から入る出雲です。よろしくお願いします」
私が頭を下げると、パートさんの一人が私に近づいてきて、柔らかく笑った。
「私はシフトリーダーの中村。分からないことは何回でも聞いてね。ほんと、何回でも大丈夫よ」
——“何回でも大丈夫”。前の職場では絶対に聞けなかった言葉。それを正面から言われて、少しだけ緊張がほぐれた。私は思わず笑顔で「はい!」と返した。
袋詰め作業をしていると、中村さんが声をかけてきた。
「出雲さん、これ分かる?ほら、この野菜の名前」
見たことのない野菜が目の前に差し出され、私は固まった。アクスタくんも「俺も知らね」と呟いた。
「す、すみません……分からないです……」
「これはロメインレタスって言うの。レタスと間違えないように気を付けてね」
「は、はい!」
私が返事をすると、中村さんはくすっと笑って言った。
「でも、最初はみんな分からないから心配しなくて大丈夫よ。無理せず、少しずつ覚えていけばいいからね」
ぽん、と肩を叩かれた瞬間、思わず心の声が漏れた。
「……自炊してないの、バレちゃったかな……?」
すると中村さんは目を丸くした。
「えっ!?出雲さん一人暮らししてるの!?すごいじゃない!」
「い、いや……料理ほんと苦手で、全然やってなくて。そのせいで野菜の名前も分からないんです」
私が視線を落とすと中村さんは明るく言った。
「いいの、いいの。みんな最初はそんなもん。一人暮らししてるだけで十分偉いわ。
いつでもおばちゃんが褒めてあげるからね」
——そんなふうに言われたの、初めてだった。
胸がじわっと熱くなり、視界が少し滲んだ。
この職場は、前の場所とは、あまりにも違う。質問しても嫌な顔をされない。ミスしても嫌味を言われたりしない。誰かが、ちゃんと優しく教えてくれる。
……こんな場所が、本当に存在するなんて。
レジに立つと緊張で手が震えたが、中村さんがずっと隣でフォローしてくれた。何度かモタつき、お客さんを待たせてしまったのに——。
「出雲さん、レジ慣れてるわねえ。さすが経験者は違うわ」
「初日でここまでできるのはすごいわよ。戦力になりそう」
その言葉に、私はぽかんとしてしまう。
——自分なんて。
そう思っていた心に、ぽた、ぽた、と一つづつ、温かい言葉が落ちていった。
夕方、店長が声をかけてきた。
「ねえ、このトマトのPOP描いてみる?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん!あなたがどんな絵を描くか、見てみたいの」
店長は私にペンとスケッチブックを手渡した。
私がPOPを提出すると、店長はすぐに店内に飾ってくれた。
絵が形になり、店の一部が少しずつ彩られていく。それを嬉しそうに見つめる人たちが居る。——“店づくり”って、こういうことなんだ。
帰り道。夕暮れの風が気持ちよくて、歩く足取りが自然と軽くなる。
「どうだった、初日」
肩の上のアクスタくんが、ぶっきらぼうな声で言う。
「楽しかった」
本当に、心の底からそう思った。前の職場では2時間でさえ苦痛だったのに、ここでの4時間はあっという間だった。
「私、初めて分かった気がする。”自分らしく働く”って、こういうことなんだって」
アクスタくんは小さく鼻で笑った。
「じゃ、バリバリ稼げよ。”俺”の為なんだろ?」
その声が妙に優しく聞こえて、思わず笑った。
胸の奥の火は、気が付けばいつの間にか穏やかで暖かい光になっていた。
——明日も、きっと頑張れる。そんな予感を抱えながら、ゆっくりと家へ帰った。
【次回予告】
「アクスタくんと悪友-1」
沙百合は久しぶりに友人と食事に行くことになった。
彼女の名前は鞠。同じ寮に住む、数少ない友人だ。
楽しいと感じる気持ちと、どこか掴めない違和感が静かに混ざり合っていく。
——その小さな違和感の積み重ねは、思っていたより深く心に残った。




