表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/30

アクスタくんとアルバイト-2

【お知らせ】

活動報告も不定期で更新しています。

小説の解説も行っているので、お時間があれば是非見て頂けると嬉しいです!

 その夜、私は久しぶりに”あの夢”を見た。



 油の匂い。揚げ物の機械の振動。レジのピッという甲高い音——ここは、かつて私が働いていたハンバーガーショップ。

 制服のポロシャツが、やけに重たく感じる。


——「ねえ、それ違うって言ったじゃん」

——「何回も言わせないでよ。いつになったら覚えるの?」


 すぐ後ろから、スタッフの女の子の声が飛んでくる。笑っているのに、目だけが全然笑っていなくて、その視線が痛い。

 注文を急いで打とうとして、指が震える。画面がぼやける。それだけで、また誰かの溜息が落ちてくる。


——「は?また出雲さんやらかしたの?ほんと使えないんだけど」


 同い年のシフトリーダーの声が、一番強く響く。金髪で、ピアスをしていて、物言いがきつい女子。私の一番苦手なタイプだ。夢の中では顔がぼやけているのに、あの時の冷たい目だけは、やけに鮮明だ。


——「あんたさ、勉強は得意って聞いたけど、絶対こういうの向いてないでしょ?」


 やめて——。


 私は感情を殺して、「すみません」と言い、ひたすら頭を下げる。キッチンはできたての揚げ物の熱で暖かいのに、胸の奥だけ真冬みたいに冷たい。


 夢の中の私は、必死で動いているのに、動けば動くほどミスをする。ミスをすればするほど、周りの空気が重くなっていく。

 レジの音、溜息、無駄に突き刺さる笑い声——あの日の全てが、ぐちゃぐちゃになって押し寄せてきて……視界がぐるりと渦を巻いた。


 ——「……助けてあげられなくて、ごめんね……」


優しい声と共に、一筋の頼りない光が差し込んだ。店長の、あの時の言葉だ。その声が、夢の中でやけに大きく響いて——。



 その瞬間、私は跳ね起きた。息は荒くて、背中は汗でびっしょりと濡れていた。

「……おい、大丈夫か?うなされてたぞ」

アクスタくんが枕元で、心配そうに私を見ていた。

「……ごめん。昔のバイトの夢、見てた」

そう言った瞬間、喉の奥がきゅっと詰まる。もう夢から覚めたのに、心臓がまだバクバクしている。

 アクスタくんは何も言わず、ただそこに座ってくれていた。

「……私さ、同い年の子たちと働くの、ずっと苦手だったの。どう接すればいいのか分からなくて。私だけ後から入ったから、仕事覚えるのも遅くて、いっぱいミスして……」

話し始めたら、堰を切ったみたいに言葉が溢れた。

「周りの子、みんなイライラしてて……。リーダーなんて、なんか私にだけ当たり強くて。でも気のせいだって思うようにしてた。”嫌な人はどこにでもいる”って、自分に言い聞かせてた。社会に出る前の練習だと思って、耐えなきゃって……」

声も体も震えていた。あの頃の記憶は、もう忘れたと思っていたのに——やっぱりあの感覚は、ちゃんと体に残っていた。

「働くのが怖くなって、週1回、2時間しか入れなくなったの。でも、シフト減らすと余計に仕事が覚えられなくて、また怒られて……。店長だけは優しかったのに……私、結局辞めちゃったんだ」


 辞めると伝えた日、私は嘘をついた。「勉強と両立ができないから」と。

 でも店長は、全部分かっていた。


 ——「本当は、あの子の態度のせいでしょ?」

 ——「助けてあげられなくて、ごめんね」


 その言葉を聞いた瞬間、私は必死で涙を堪えた。


「店長、優しかったのに……。私、逃げたみたいで、罪悪感あって……。しかも、他の人から見ても、リーダーが私にだけ当たり強いって分かって……気のせいじゃなかったって思い知らされて、悲しかった」

気付いたら、ぽたりと涙が落ちていた。

「……そうだったのか」

アクスタくんは俯いたが、すぐに顔を上げ、いつものツンとした声で、でも優しく言った。

「お前は逃げたんじゃねえよ。限界だっただけだ。……お前、十分頑張ったじゃねえか」

その言葉を聞いて、一気に涙がドバドバと零れた。

「……でも、働くの、まだ怖いよ」

「そりゃ怖いに決まってるだろ。……怖いまま進めたら一番強えけど、でもそれって簡単じゃねえし、無理に克服しろとは言わねえ。でもな——」

アクスタくんは私のすぐ近くに歩み寄り、そっと続けた。

「昨日も言ったけどよ……”行きたい”って気持ちだけは、殺すな」

その言葉が、ゆっくりと胸に沁み込んだ。私は涙を拭いながら、小さく頷いた。


「……それでも……行きたい。……私、変わらなきゃ」

震える声でそう言うと、アクスタくんはふっと目を細めた。

「なら、それで良いんだよ」

ぽつりと落ちてきたその声は、どこまでも優しかった。

「……落ち着いたらさ、一緒にバイト探ししようぜ」

小さな体なのに、不思議と頼もしく感じた。胸の奥の小さな火が、またふっと灯った気がした。

【次回予告】

「アクスタくんとアルバイト-3」

いよいよバイト探しを始めた沙百合。

毎日あらゆる面接を受ける日々が続く。

果たして彼女のバイト先は見つかるのか?

忙しい日々の中で、彼女は“あるポスター”を見つける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ