アクスタくんとアルバイト-2
【お知らせ】
活動報告も不定期で更新しています。
小説の解説も行っているので、お時間があれば是非見て頂けると嬉しいです!
その夜、私は久しぶりに”あの夢”を見た。
油の匂い。揚げ物の機械の振動。レジのピッという甲高い音——ここは、かつて私が働いていたハンバーガーショップ。
制服のポロシャツが、やけに重たく感じる。
——「ねえ、それ違うって言ったじゃん」
——「何回も言わせないでよ。いつになったら覚えるの?」
すぐ後ろから、スタッフの女の子の声が飛んでくる。笑っているのに、目だけが全然笑っていなくて、その視線が痛い。
注文を急いで打とうとして、指が震える。画面がぼやける。それだけで、また誰かの溜息が落ちてくる。
——「は?また出雲さんやらかしたの?ほんと使えないんだけど」
同い年のシフトリーダーの声が、一番強く響く。金髪で、ピアスをしていて、物言いがきつい女子。私の一番苦手なタイプだ。夢の中では顔がぼやけているのに、あの時の冷たい目だけは、やけに鮮明だ。
——「あんたさ、勉強は得意って聞いたけど、絶対こういうの向いてないでしょ?」
やめて——。
私は感情を殺して、「すみません」と言い、ひたすら頭を下げる。キッチンはできたての揚げ物の熱で暖かいのに、胸の奥だけ真冬みたいに冷たい。
夢の中の私は、必死で動いているのに、動けば動くほどミスをする。ミスをすればするほど、周りの空気が重くなっていく。
レジの音、溜息、無駄に突き刺さる笑い声——あの日の全てが、ぐちゃぐちゃになって押し寄せてきて……視界がぐるりと渦を巻いた。
——「……助けてあげられなくて、ごめんね……」
優しい声と共に、一筋の頼りない光が差し込んだ。店長の、あの時の言葉だ。その声が、夢の中でやけに大きく響いて——。
その瞬間、私は跳ね起きた。息は荒くて、背中は汗でびっしょりと濡れていた。
「……おい、大丈夫か?うなされてたぞ」
アクスタくんが枕元で、心配そうに私を見ていた。
「……ごめん。昔のバイトの夢、見てた」
そう言った瞬間、喉の奥がきゅっと詰まる。もう夢から覚めたのに、心臓がまだバクバクしている。
アクスタくんは何も言わず、ただそこに座ってくれていた。
「……私さ、同い年の子たちと働くの、ずっと苦手だったの。どう接すればいいのか分からなくて。私だけ後から入ったから、仕事覚えるのも遅くて、いっぱいミスして……」
話し始めたら、堰を切ったみたいに言葉が溢れた。
「周りの子、みんなイライラしてて……。リーダーなんて、なんか私にだけ当たり強くて。でも気のせいだって思うようにしてた。”嫌な人はどこにでもいる”って、自分に言い聞かせてた。社会に出る前の練習だと思って、耐えなきゃって……」
声も体も震えていた。あの頃の記憶は、もう忘れたと思っていたのに——やっぱりあの感覚は、ちゃんと体に残っていた。
「働くのが怖くなって、週1回、2時間しか入れなくなったの。でも、シフト減らすと余計に仕事が覚えられなくて、また怒られて……。店長だけは優しかったのに……私、結局辞めちゃったんだ」
辞めると伝えた日、私は嘘をついた。「勉強と両立ができないから」と。
でも店長は、全部分かっていた。
——「本当は、あの子の態度のせいでしょ?」
——「助けてあげられなくて、ごめんね」
その言葉を聞いた瞬間、私は必死で涙を堪えた。
「店長、優しかったのに……。私、逃げたみたいで、罪悪感あって……。しかも、他の人から見ても、リーダーが私にだけ当たり強いって分かって……気のせいじゃなかったって思い知らされて、悲しかった」
気付いたら、ぽたりと涙が落ちていた。
「……そうだったのか」
アクスタくんは俯いたが、すぐに顔を上げ、いつものツンとした声で、でも優しく言った。
「お前は逃げたんじゃねえよ。限界だっただけだ。……お前、十分頑張ったじゃねえか」
その言葉を聞いて、一気に涙がドバドバと零れた。
「……でも、働くの、まだ怖いよ」
「そりゃ怖いに決まってるだろ。……怖いまま進めたら一番強えけど、でもそれって簡単じゃねえし、無理に克服しろとは言わねえ。でもな——」
アクスタくんは私のすぐ近くに歩み寄り、そっと続けた。
「昨日も言ったけどよ……”行きたい”って気持ちだけは、殺すな」
その言葉が、ゆっくりと胸に沁み込んだ。私は涙を拭いながら、小さく頷いた。
「……それでも……行きたい。……私、変わらなきゃ」
震える声でそう言うと、アクスタくんはふっと目を細めた。
「なら、それで良いんだよ」
ぽつりと落ちてきたその声は、どこまでも優しかった。
「……落ち着いたらさ、一緒にバイト探ししようぜ」
小さな体なのに、不思議と頼もしく感じた。胸の奥の小さな火が、またふっと灯った気がした。
【次回予告】
「アクスタくんとアルバイト-3」
いよいよバイト探しを始めた沙百合。
毎日あらゆる面接を受ける日々が続く。
果たして彼女のバイト先は見つかるのか?
忙しい日々の中で、彼女は“あるポスター”を見つける。




