アクスタくんと初恋-4
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私が対馬くんの話を語り終えると、アクスタくんは暫く黙ったままだった。小さな体で腕を組み、私の肩に腰かけたまま、何か考え込んでいるようだった。
「……今は大分吹っ切れたつもりではあるけど、まだあの時の”好き”がどこかに残ってる」
そうでなければ、金曜日だけ丁寧にメイクなんてしない。授業で隣に座る度、胸がざわつく。
「友達」でいようと言ったのに、心の奥でまだ期待している自分が居る。彼に笑いかけられる度、あの頃の痛みと優しさが一緒に蘇る。
「……好きになった時間は消せねえんだよ」
アクスタくんが静かに言った。
「それがどんな記憶でも、一度できた思いは、もうお前の中の一部だ。無理に消そうとすんな。だったら、そのまま持って生きれば良い」
「……」
私は小さく息を吸って続けた。
「でもね、カルマに出会って——あの人の失恋ソングに出会ってからは、少し救われたんだ」
あの曲——『Priyaviyoga』。失恋で世界が色を失っていた時、初めて聴いたその音は、まるで私と一緒に泣いてくれているようだった。“愛する人との別れは、この世で最も辛い苦しみ”——そんな言葉を、優しく肯定するように。
あの夜、私は泣きながら思った。
——この人の音楽があるなら、まだ生きていける。
それから私は、カルマを追いかけるようになった。彼の音楽が心の支えで、ライブの日だけはちゃんと生きてる実感がする。カルマがいるから、私は“対馬くんのいない日々”を生きていける。彼がいるから、誰かに依存せず、自分を保っていられる。
けれど、ふと不安がよぎることがある。
——もし、カルマまでいなくなったら?
その瞬間、私はまた“居場所”を失う。
彼を失う痛みと同時に、ずっと奥に沈めていた“対馬くんを失った痛み”まで、一緒に蘇ってしまう。まるで、二つの喪失が重なって押し寄せてくるみたいで——想像するだけで怖かった。
「推し」は永遠じゃない。MANDALAがそうだったように。
「……信じてる分だけ、怖いんだ」
ぽつりと零すと、アクスタくんは腕を組んだまま頷いた。
「“好きになる”ことと”信じる”ことは、“失う覚悟”を持つってことだ」
「……そんなの、怖すぎるよ」
「怖くていい。怖ぇからこそ、お前は誰かを本気で見てるってことだ」
言葉を失って、私は俯いた。そして、ふと本音が零れた。
「私、今はカルマの事が一番だって思ってる。でも、対馬くんと話す度に心が揺れるの。まるで、二つの”好き”が同じ場所に居座ってるみたいで……苦しいんだ」
「推し」と「好きな人」。どっちも大切なのに、並べた瞬間、自分が嘘つきみたいに思えて苦しくなる。
アクスタくんは少し黙って、深く息をついた。
「え?」
思わず顔を上げると、彼はいつもの不器用な笑みを浮かべていた。
「対馬って奴は、お前の人生を動かしたんだろ。進路も、努力するきっかけもくれた。失恋しても、ちゃんと向き合って、今でも友達でいられる。……それだけで立派じゃねえか」
「……うん」
「で、”俺”——カルマはカルマで、お前を救った。“俺”が居なきゃ今のお前は居ねえ。だったら、どっちも大事で良いんだよ」
アクスタくんの声はツンとしているのに、どこか優しかった。
「ただ一つ言えるのはな——代わりにしちゃ駄目ってことだ」
「……」
「対馬が手に入らなかったからって、“俺”に依存するな。“俺”は推しであって、あいつの代わりじゃねぇ。もし“俺”がいなくなっても、また誰かを穴埋めにするのも違う。そうやって無理に埋めようとすんな。……空いたままでいいんだよ」
その言葉が、静かに刺さった。
“空いたまま”って、そんなの不安でたまらない。けれど、その言葉がなぜか少しだけ優しく感じた。
失った痛みを“無かったこと”にしようとしていた自分が、急に恥ずかしくなった。きっと私は、失恋を乗り越えることばかり考えていた。でも、アクスタくんの言葉を聞いて、ようやく気づいた。
「……好きになった気持ちは、終わらせなくていいんだね」
「そうだよ。失恋を“乗り越える”んじゃねぇ、“抱えて生きる”んだ。あいつを忘れようとするな。あいつを好きだったお前ごと、大事にしろ」
その声が、やけに優しく響いた。胸の奥に、温かいものが広がる。
対馬くんが居たから、私は努力すること、そして誰かを好きになることを知った。カルマが居たから、私は”生きる”ことを続けてこれた。——どちらも欠けたら、今の私は居なかった。
きっと私は、これからも対馬くんの事を引き摺って生きていく。けれど、それで良いのかもしれない。”乗り越える”のではなく、”抱えて生きる”——あの頃の”痛み”は、もう痛みじゃなくなる日が来る。きっと私の中で静かに形を変えて、今も生き続けている。
そしてカルマの音楽が、その形をそっと照らしてくれている。
顔を上げると、ふわっと風が吹いた。もう5月なのに、あの春の日と同じような風だった。
でも今日は、少しだけ暖かい——まるで、あの日の続きを生きているみたいに。
「ねえ、アクスタくん」
「なんだよ」
「……私、少しだけ自分を許せた気がする」
アクスタくんは一瞬驚いた顔をした後、そっぽを向いて小さく笑った。
「……そりゃ良かったな」
その声が、春風のように——妙に暖かく聴こえた。
【次回予告(仮)】
「アクスタくんとアルバイト」
何もバイトをしていなかった沙百合が遂にバイト探しをする――かも知れません。
※沙百合編Part1が終了次第、いずれカルマ編が始まる予定です。
今のところ沙百合目線でしか描かれなかった彼が、ついに“本人”として動き出す日も、そう遠くはない……かもしれません。




