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14/30

アクスタくんと初恋-3

【お知らせ】

活動報告も不定期で更新しています。

お時間があれば是非見て頂けると嬉しいです!

 翌日から、私は対馬くんのことを目で追うようになった。

 授業中、先生の声なんてほとんど耳に入ってこない。視線の端で、ペンを握る対馬くんの手を追ってしまう。

 テニス部の練習で黒く焼けた肌に、ゴツゴツとした関節と太い指先——力強くペンを握って、一生懸命板書を取る姿は、まさに”文武両道”そのものだった。

 その手を見る度に、胸の奥がくすぐったくなる。……ただの”手”なのに、どうしてこんなに見てしまうのだろう。前までは何とも思っていなかったのに、今はそれすら愛おしく見えてしまう。

 そう思いながら、私は冷静なフリをしようと自分のペンを握り直した。



 放課後。昇降口で靴を履き替えていると、後ろからクラスの女子たちの話し声が聞こえた。

「……でさー、その時マナちゃんがさ~」

ああ、うるさい。ヘッドホンを付けて、声を遮ろうとした——その時。

「そういえば対馬くんって、帝都大受けるらしいよ」

ヘッドホンを持つ手がピタリと止まった。

「流石対馬くん、やっぱ頭いいよね」

帝都大学。その名前が、胸の奥にすとんと落ちた。


——私もそこに行こう。


 行きたい大学なんて、まだ決まっていなかった。でも、その瞬間に決まった気がした。本人の口から直接聞いた訳ではない。けれど、もし可能性があるのなら——私はその可能性に賭けてみたいと思った。

 帝都大学と言えば、東京の中でも上位の難関大学。そんなところを受けるなんて、対馬くんらしい。そして、私には背伸びだって分かっていた。けれど、何もしなければ、この恋はきっと終わる。だったらせめて、少しでも”行動”に変えたかった。同じ景色を見られたら、それだけで少し近づける気がしたのだ。



 それからの私は、まるで誰かに背中を押されているように、机に向かい続けた。今まで進路なんて曖昧だった私が、急に志望校を決めたことを、家族は不思議そうにしていた。

 英単語帳は付箋で埋まり、ページの端は擦り切れた。夜遅くまで赤シートを握りしめ、何度も睡魔と焦りに襲われながら——それでも、彼の笑顔を思い出すと、またペンが動いた。


 そして、合格発表の日。パソコンの画面に「合格」の二文字が表示された瞬間、涙が滲んだ。

 ——やっと、あの人と同じ場所に行ける。これからも、ずっと同じ空気を吸える。そう思った。



 そして4月。帝都大学の入学式。満開の桜が風に揺れて、門の前は新入生たちの笑い声で溢れていた。私は新しいスーツに袖を通し、少し緊張した面持ちで人混みを搔き分けた。

 ——大学なんて何千人もいる。その中から”たった一人”を見つけるなんて、無理に決まってる。そう思いながらも、目は勝手に探していた。


 そして——見つけた。

人混みの向こうに立つ、見慣れた背中。あの横顔。

「……対馬くん?」

その声に、彼が振り返る。驚いたように目を丸くして、それから笑った。

「出雲さん……!?出雲さんも帝都(ここ)だったの!?」

「う、うん……奇遇だね」

偶然みたいに笑って言った。けれど、偶然であって、偶然なんかじゃない。

心臓がうるさくなって、息が苦しくなって、それでも嬉しくてたまらなかった。


 ——今しかない。


「対馬くん、少し時間いい?」

桜の木の下。春風に髪を揺らしながら、私は深呼吸をした。

「私、ずっと前から……対馬くんのことが好きでした」

この言葉を口にした瞬間、全身が熱くなって、足がガクガクと震えた。

「文武両道で努力家なところも、誰とでも分け隔てなく接するところも……全部尊敬してる」

「だから……私と、付き合って下さい」

頭を下げた瞬間、一気に風が吹いて、桜の花びらが二人の間を舞った。


 暫くの沈黙の後、彼はゆっくりと口を開いた。

「……ありがとう。凄く嬉しいよ」

——ああ、やっぱりこの声が好きだ、と思った。その声は優しくて、でもどこか寂しそうだった。

「でも、正直に言うと……出雲さんのことを”そういう目”では見れないんだ。高校の時はクラスメイトとして仲良くしてくれたけど、急にそういう関係にはなれない」

彼は苦しそうに、それでも誠実に言葉を選んでいた。

「でも、俺の事をちゃんと見てくれる人が居たってことは、本当に嬉しい。……自信がついた気がする」

その瞳が真っ直ぐこちらを捉えた。その眼差しに嘘は無かった。

だからこそ、私は笑って言えた。

「……ありがとう。これからも、友達でいてくれる?」

告白を断られて悔しい気持ちは、少しも無かった。私の言葉を最後までちゃんと聞いてくれて、誠実に受け答えてくれて……「ありがとう」という気持ちでいっぱいだった。

「もちろん」

彼はいつもの笑顔で頷いた。——やっぱり、対馬くんは本当に優しい。この人を好きになってよかった。そう思った。



 けれど、寮に帰ってベッドに倒れ込んだ時。胸の奥から、何かがじわじわと滲み出してきた。彼の顔が何度も頭の中を巡る。

——そして、静かに涙が零れた。

 「ありがとう」と言えた自分が誇らしくて、同時に悔しかった。彼は何も悪くない。むしろ優しい。それが一番、痛かった。彼が優しすぎたせいで……私はちゃんと傷ついていたのだ。

 それでも笑っていたのは、彼を嫌いになりたくなかったから。この思いが、”綺麗な思い出”に見えるように、自分で形を整えただけ。いっそ嫌いになってしまえば、楽になれるかも知れない。けれど——あんなに優しい彼を、簡単に嫌える訳が無かった。


 表面上は「友達」。けれど私は、心にできた小さな傷を抱えたまま、見て見ぬフリをしていた。


 それでも、また金曜日が来れば——私は少しだけ、メイクを丁寧にするのだろう。

 あの春の日、桜の花びらを揺らした風のぬくもりを、未だに覚えている。あの風が吹く度に、胸の奥がチクリと痛む。——まるで、あの日の私を思い出させるように。

【次回予告】

「アクスタくんと初恋-4」

過去を話し終えた沙百合の胸に、静かなざわめきが残っていた。

推しに夢中な“今”のはずなのに、対馬の横顔を見ると、どこか心が揺れる。

忘れたはずの痛みと、救ってくれた光。

その狭間で、沙百合はまた"自分の生き方"と向き合うことになる。


※沙百合編Part1が終了次第、いずれカルマ編が始まる予定です。

今のところ沙百合目線でしか描かれなかった彼が、ついに“本人”として動き出す日も、そう遠くはない……かもしれません。

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