第二話 あなたに会うため全力を尽くします!
「はあ…どうしてまたここへ来ているんだ、エレノア・グランポワール」
「頑張りました!」
こめかみを押さえて眉を寄せる冥王と、ニコニコとそれを見つめるエレノア。
対峙する2人がいるのは、もちろん前回のあの部屋だ。
白い壁、ふかふかの絨毯にソファ、輝くシャンデリア、ライム色のカーテン。
全てが前回と同じに見えるが、少しだけ違う。
よく見れば、白い壁にはラッパを吹き鳴らす天の遣いや踊る動物達が描かれ、カーテンにはレースが加わっている。
紅茶の横には、ハート型のクッキーとピンク色のマカロン。
そして草原だったガラス窓の外は、美しい一面の薔薇の庭に変わっていた。
勇者の腕の中で目を覚ました後、エレノアはすぐさま疲弊した仲間達を全力で癒し、驚く仲間達に大急ぎで王都に戻ろうと提案した。
生き返ったエレノアは何故か無傷で、神聖力が満タンの状態だったのだ。
「ほら頑張って! もう少しよ! あなたならまだ行けるわ!!」
エレノアは仲間が疲れてくると即座に全回復させ、また別の者が疲れてくると全回復。
それを延々と繰り返し、そして本当に、一行は驚くべき速さで王都へ帰還したのであった。
「早く、もう一度あの方にお会いしたい!」
エレノアの頭の中には、それしかなかった。
王都に到着してからも、エレノアの行動は早かった。
「邪竜の封印を成し遂げたこと、心から感謝する」
謁見の間で封印完了を国王に報告すると、王は涙を流しながら一行に労いの言葉をかけた。
「聖女エレノア。そなたには、本当に感謝している。無事に戻ったのだ。慣例に則り、そなたを勇者──第一王子の妻として、王族の一員に迎えようと思う!」
王の言葉に、帰還を祝いに駆けつけた大臣や貴族達が「わぁ!」と瞳を輝かせ、勇者もエレノアに微笑みを見せながら頷いた。
だが、何としても冥界に戻りたいエレノアは凛とした声で言った。
「恐れ多くも国王陛下、私、辞退させて頂きます」
「──え?」
共に旅をした勇者ですら想像もしていなかったエレノアの言葉に、その場にいた全員が目を丸くした。
「これまで何度も、歴代の聖女が王族と婚姻を結んできました。全ては神聖力を次の王子王女に少しでも引き継ぐため。もし聖女が不在でも、邪竜を抑える力を得るために」
エレノアはカッ!!!っと目を見開いた。
「ですが!!! そんなのは単なる気休め! 引き継がれる力はほんの僅かに過ぎません!」
「し、しかしそれが最善の」
「いいえ、陛下!!」
エレノアは力強く、一歩前に出る。
「私は強力な神聖力のおかげで、他人の魔力の波長が見えます。これがどういう事かお分かりですか?それは、子を成した時により強力な魔力を生み出す組み合わせがわかるということ──すなわち!!最強の相性占いができるということなんです!!」
ビシリ、と言い放ったエレノアに、全員がポカンと口を開けている。
「まず、勇者様!」
「え、私?」
「あなたの光属性の魔力と1番相性がいいのは、私ではありません。あなたの無事の帰還に目を潤ませている、あちらの公爵令嬢です!」
「な!?」
エレノアの突然の指名に、全員の視線が公爵令嬢へ向かう。
「試しに、お二人とも手の平に魔力を集めて繋いでみて下さい」
「試してみなさい」
国王に促され、勇者と公爵令嬢が手を繋ぐ。
「これは……!」
驚く2人が目を見合わせ、何を感じたのかそのまま甘く見つめあっている。
「これが、魔力の波長がピッタリ合う者同士です。出会った者しか感じ取れない一体感に包まれているはず。僅かな神聖力に縋るよりも、大きな魔力を引き継ぐ方が国のためになるはずです」
エレノアが王の隣に座るお妃様にニコリと微笑む。
「ちなみに、勇者様が強力な魔力をお持ちなのは、陛下とお妃様の波長がピッタリだからです」
国王夫妻が「まさか」と顔を見合わせていると、しっかりと手を取り合った勇者と公爵令嬢が言った。
「父上!! 私は彼女と結婚したい。こんな気持ちになったのは初めてです。お願いします!」
「私も勇者様をずっとお慕いしておりました!」
「ついでにお伝えしておくと、大魔術師のリアンは故郷の幼馴染、魔法剣士のザックは辺境の伯爵令嬢、宰相様のご子息は隣国の第三王女殿下、騎士団長様はお隣の補佐官の方とご結婚すると相性最高ですよ」
名指しされた全員が「え!?」と目を丸くすると同時に、顔を赤くした。
全員、指定された相手を憎からず思っていたようだ。
国王はため息を吐くと、肘掛けにもたれ手をひらりと振りながら言った。
「わかった。聖女の婚姻はなし。王子と公爵令嬢の件は後で公爵と話そう。ではエレノア、これからも王国の平和のために力を貸してく──」
「いえ、これからは無理です」
「ど、どういうことだ」
王はガバッと前のめりになり問いただす。
「私にはこれから行く所があるので、お力にはなれません」
「いや、しかし瘴気や邪竜はどうするのだ。封印したとはいえ、危険なことには変わりないのだぞ」
「大丈夫です!」
エレノアは笑顔で言い切ると、「えーと、ちょっとお借りしても?」と言いながら勇者と魔法剣士、騎士団長の剣を回収した。
「私は今から全ての力を使って、この3本の剣を聖剣に変えます。もし邪竜が復活したら、これでブシュッと切れば大丈夫です」
「いやいやいや、聖剣って。全ての力って。3本って。そんなことをすれば死んでしまうぞ」
そう言ってざわめく周囲に目もくれず、恋する乙女エレノアは、頬を染め、はにかみながら言った。
「はい!ちゃんと死ねるように、頑張りますね」
一瞬で神聖力の眩い光が城全体を包む。
その光の全てが3本の剣に吸い込まれ、皆がゆっくり目を開けた。
大理石の床には、輝く3本の剣と共に、それはそれは幸せそうな顔のエレノアが倒れていた。
「──と、いう訳なのです」
誇らしげに話すエレノアに、冥王は深いため息を吐いた。
「……何をしているんだ、君は」
「頑張りました」
「頑張る方向が間違っているんだ」
「どうしてもまたここへ来たくて……」
しょんぼりとするエレノアを、冥王が眉を顰めてチラリと見る。
「……なぜ?」
「そ、それは──」
冥王の声を聞いているだけで、エレノアは湯気が出る程赤くなり、もじもじしてしまう。
「それは?」
「あなた様の……お名前が知りたくて」
「ブフゥ!……っくくく──失礼」
またもや吹き出した角に立つ男を、冥王がジロリと睨みつける。
「前回も言ったはずだが、君はまだ死ぬ時ではない」
「で、ですが」
言い返そうとするエレノアの言葉を静止するように、冥王が片手をすっと上げた。
「……私の名前はゼルフィウスだ。さあ、もう帰れ。──送還」
──パチン。
「──待って!!」
叫んで飛び起きたエレノアは、たくさんの花に囲まれていた。
ステンドグラスが煌めく円形の高い天井に、足の下のひんやりとした石の感触。
どうやらエレノアは、神殿の祭壇に横たえられていたらしい。
「もおぉぉぉぉぉ!!」
エレノアは再び生き返ってしまった事がわかり頭を抱えた。
「こうしちゃいられないわ!! 早くまた死ななくちゃ!!」
そう意気込んだ瞬間、ヒヤリと空気が冷たくなる。
何か嫌な気配を感じて横を向くと、恐ろしくいい笑顔をした神殿長──エレノアの育て親が腕を組んで立っていた。
完全に目が据わっている。
「あ、あははは──おはよう……ございます?」
笑って誤魔化そうとするエレノアに、すっと真顔になった神殿長が言った。
「エレノア、どういうことか説明しなさい」