第9話:深海の底でカニは再び立ち上がる
鉄火巻きが好きです
カジキを倒し、魔力を吸収した俺は、まさに無敵のハイブリッドクラブだった。
誰にも止められない。海底の王。進化の申し子。
「ふはははは! 俺を誰だと思ってやがる! もう敵なんて――」
――ズズン……!!
音だった。いや、音じゃない。圧だ。
周囲の水が揺らぎ、視界がねじれ、銀の巨影が現れた。
「な……なんだ、あのサイズ……マ、マグロ!?」
ただのマグロじゃなかった。
その巨体からは、黒紫に揺らぐ不気味なオーラが立ちのぼっている。
「こ、これはただのマグロじゃねえっ!」
マグロは音もなく突進してきた。避ける間もない。ハサミを振る――が、
ガキィィィィン!!
「な、にぃっ!? 俺のハサミが……効かねぇ……だと……!?」
オーラが硬質なバリアのように覆っていて、全くダメージが通らない。
逆に、マグロの体当たりが、俺の脚を容赦なく折っていく。
「ぎゃあああああッ!! あっ! 二本目いったぁぁッ!!」
足が折れ、甲羅には亀裂が走り、ついに片方のハサミが――
「ハ、ハサミィィィィィィ!! 俺の魂がァァァ!!」
バキッ! と重たい音を立てて砕け散った。
その衝撃で体勢を崩した俺は、海の底へ、ゆっくりと沈んでいった。
冷たい。痛い。暗い。
「……終わった、のか……」
意識がぼやける。目を閉じようとした、そのときだった。
――モゾ、モゾモゾッ。
「ん……?」
柔らかい感触が、体の周りを包んでいく。
……カニだ。たくさんの、カニたちだ。茶色い甲羅。やや小ぶりの体。長い脚。
「お、お前ら……ズワイガニ……!?」
その中の一匹が、つぶらな目をキラキラさせながら言った。
「おい、兄弟! おめぇ、すげぇハサミしてんなぁ!まさか……新種か?」
「いや、まぁ……ちょっと進化しちゃって……」
「よっしゃ、こっち来な! あんた、うちのカニ団地で手当してやっから!」
「ちょ、ちょっと待って、あのマグロ――」
「マグロぉ? あんなもんとは正面からぶつかっちゃダメに決まってんべ! うちじゃ“タブー魚”って呼んでんだ」
「ちょっと待って、今それ言ってよぉ!!」
ズワイガニたちは、割れた甲羅を支え、折れた脚を補助し、手慣れた動きで俺を深海の住処へと運んでいった。
温かい……いや、塩っ辛いけど……温かい!
ズワイガニたちの“ぬくもり”に包まれて、俺はもう一度目を閉じる。
(……まだ、終わっちゃいねぇ……)
次こそは、勝つ。
次こそ――俺のハサミで、あのマグロをぶっ倒す!
負けた後はパワーアップだよね。