第4話:干潟の王、即退場?そして腹の底からの逆転劇!
イソイソとしています
干潟の王――それが今の俺の異名だった。
もとい、勝手に名乗ってただけだが、干潟の浅瀬じゃ誰にも負けない自信があった。俊敏さ、反応速度、そして新たに手に入れたシオマネキの巨腕。縦横無尽に動ける俺は、他のカニたちからも一目置かれる存在になっていた。
「ついにここまで来たか……!」
無敵。完全勝利。これはもう干潟征服エンドまで秒読み――そう思っていた。
だが、それは突然訪れた。
ザッパアアアアアン!!
「うぐおぉぉぉお!? ちょ、潮!? 満ち潮かよおおおおおお!!!」
王者の座を満喫していたその瞬間、俺はあっさりと波にさらわれた。
浅瀬では縦横無尽でも、深場の潮流には抗えない。足をばたつかせても、身体はどんどん沖へ流されていく。
「くっそ……! 海、ナメてた……!」
数時間後。俺は知らない深場でプカプカと浮かんでいた。
そして――それは水中から、黒く鈍い影となって近づいてきた。
「……あ?」
目の前に現れたのは、干潟の雑魚共とは格が違う存在。体長三十センチを超える、銀黒に輝く巨体――
「クロダイ……!? やばい、これマジのやつだ!!」
逃げる間もなく、俺は奴の一撃で吸い込まれた。まるで掃除機に吸われるホコリのように、口から胃へ。
そして暗闇。
胃袋。
ねっとりとした液体。
「おわあああああああ!?!? これ、死ぬ! 完全に死ぬやつううううう!!!」
俺は、死んだのか?
いや、まだ意識はある。熱い。焼けるような胃液が殻を溶かし、体がジリジリと軋んでいく。
「落ち着け俺! なんとかしろ! 何か……何かできることは……!」
このまま溶けて終わり?
いや、違う。俺には、魔力がある。進化の過程で体内に蓄積された“未知のエネルギー”。
――そして、元・人間の知識がある。
「スベスベマンジュウガニ……そうだ、あれは猛毒を持ってた……!」
淡々とした知識が、命の危機を前にして浮かび上がってきた。
俺は意識を集中し、体内の魔力を巡らせた。カニの構造、毒腺の再現、そして――
「生成ッ!! スベスベ毒素ッ!!」
俺の体表から、じわじわとヌメヌメした液体がにじみ出る。それは、体液に溶けた強力な毒素だった。
クロダイの体がびくん、と跳ねた。
「効いたか……? 効いたのか!?」
次の瞬間――
ドボォッ!!
吐き出された。
胃液まみれで空中を舞い、俺は海面に叩きつけられた。
「……げふっ……ぅぇえええ……くっせぇぇぇぇええええ!!!」
奇跡の生還。だが、俺の体はボロボロだった。数本の脚は溶けかけ、シオマネキの巨腕も茶色く変色していた。
「でも……生きた……!」
俺は干潟の王から、いっときの敗者へと転落した。しかし、失ったものの代わりに、手に入れたものもある。
毒。
俺というカニに、新たな力が芽生え始めていた。
「クロダイ……次は、こっちから食ってやるよ……!」
激臭とともに海面に浮かぶカニが、腹の底から宣戦布告をする。
その声は、当然誰にも届かない――けれど、海は確かにざわめいていた。
もうちょっとだけ続くんじゃ