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#7 オムツくんに言われたくないな

「ふふふっ」


 陸太が、笑う。ようやくジグソーパズルを完成させたときのような、満足気な顔だ。


「これは――陸太のヤツ、【ブリリアント・サバイバル・モード】に入ったな」

「何だい、それは?」

「カレーラン・ペリゴールとしての人格が、完全に表に出現したということです」

「ところでそのモードの名付け親は?」

「お、オレです……」

「化音さん、君って意外とネーミングセンスが――しかも、鰤と鯖を掛けているなんて」

「ナポリタン・ボナパルトなんて、名乗っている人には言われたくないですよ!」

「なんだと! ナポレオンとナポリタンを掛けた高度なネーミングだというのに!」


 騒ぐ実良乃たちを放置して、陸太は仮想空間内を汎用機のクラウンで走行する。基本的にはヘッドセットを通じて、クラウンのコックピットに乗っている疑似人格に思考が送信されるため、多少の操作ミスがあっても、それは疑似人格が対処してくれるようだ。思った以上に、この【クラウンズ・クラウン】というゲームは初心者にも優しい操作方法を用意してあった。これなら自分も楽しめるかもしれない、陸太はそう思った。


 まあ、今は楽しんでいる余裕なんてないのかもしれないが――


「いたぞ! 見つけた! あいつが襲撃者か!」


 一足早く現場に到着した化音が、襲撃者の位置を特定した。陸太も遅れるようにして、襲撃者の姿を確認しようとした。そして目を疑った。何故なら、そこにいたのは――


「海賊?」

「おいおい! ありゃ、まるで海賊船じゃないか! ここは、陸上だぞ!」


 陸太たちが確認した襲撃者は、海賊船のようなものに乗っていた。何故、海賊船だと思ったのか、それはご丁寧に髑髏のマークが描かれた旗が付いた船であったからだ。察しが良い陸太と化音は、すぐに海賊船であると気づいた。


「でも、なんか変だな。船の形に、違和感がある」

「まるで、卵みたいな形をしているね」

「海賊? 卵? まさか!」


 実良乃は何かに気づいたようだ。そして、すぐに陸太たちへ警告する。


「あれは海賊船型のクラウン、【イースター】だ。今は船の状態になっているが、あの卵型の船が割れた時、中から人型のクラウンが飛び出してくる」

「詳しいですね」

「ああ、あれを作ったのは私だからだ」

「え? どういうことだ?」

「この学校の、ある生徒に頼まれて作った。しかし、完成直前に格納庫から姿を消し、依頼生徒との連絡も取れなくなった。依頼料も払われず――まあ、調査は面倒だったから、特に運営に通報もしなかったわけだが」

「その生徒の名前は!」

「茶碗蒸しみたいな名前だったはず」

「はっはっはー、惜しいな。我が名はオムレツだ!」


 突如、海賊船の甲板に一人の少年が現れる。彼は自らをオムレツと名乗った。おそらくプレイヤーネームのことだろう。それにしても――オムレツを名乗るとは。


「オムツ?」

「オムレツ! そう、我こそは【パイレーツ・オムレーツ】!」

「うわっ! ダサい名前!」

「そういう貴様こそセンスは無いだろう、為田化音」

「オレのことを知っている? 何者だ!」

「本名をゲームで明かすわけがないだろ、たわけ! それでも学年主席か?」


 化音を嘲笑いながら、呆れるオムレツ男。そんな彼を見て、陸太が反撃する。


「いやいや、相手の本名をゲーム内で晒すのも、マナー違反だよね?」

「それが、どうした! 我は海賊! 歩く無法地帯だ!」

「キャラに成りきることもゲームの醍醐味だけど、周りに迷惑を掛けるのは良くないよ」

「ん? そういう貴様は――まさか、カレーラン!」

「僕を知っているの?」

「ああ、こう見えて貴様のファンだからな」

「じゃあ、尚更――お灸を据えることにするよ。マナーが悪いファンに、おしおきだ」

「いくらカレーランのお願いでも、それは無理な相談だ。何故なら、我は海賊だからだ」

「答えになっていないがね」

「そんなルールは我には無用だ」


 卵型の海賊船が、ひび割れていく。オムレツ男がそのひび割れに自らの拳を叩きつけると、卵の殻が一気に散らばった。中から髑髏の意匠を凝らした一機のクラウンが出現する。


 オムレツ男――パイレーツ・オムレーツはそのクラウンに乗り込むと、宣言した。


「改めて名乗ろう! 我は海賊道化師、パイレーツ・オムレーツ! 海賊は海賊らしく、貴様の研究所を襲撃しに来た! 勝負だ、ナポリタン・ボナパルトよ!」


 そう宣言した後、クラウン【イースター】は二本の海賊刀を装備して、陸太たちに襲い掛かった。あまりの速さに、陸太たちは初動が遅れる。先ほどまでの卵状態時とは速度が違うことに陸太は気づいた。流石、実良乃が製造した専用機なだけある。このまま汎用機で戦えば、性能差と操作技術の差で陸太たちは敗北するだろう。


「まったく、私もよく面倒な人間に絡まれるものだな――まあ、いい。オムツくんがベラベラと話を長引かせてくれたおかげで、こちらの準備も間に合った」


 その言葉とともに汎用機の背後へ、一機のクラウンが到着する。実良乃専用クラウン、【ペンネ】だ。トマトケチャップのようなカラーリングを施した機体であったため、すぐに実良乃の機体であると、陸太は認識した。同時に実良乃は本当にケチャップが好きな少女であると、陸太は心の中で笑った。このような状況でも、彼は不思議と辛い気持ちになっていない。


「陸太くん、君にプレゼントだ」


 指がパチンと鳴る、そんな音がした。


 その音とともに、頭上からカレー粉のような金色の機体が降ってきた。いや、色はこの際どうでも良い。多分自らのカレーライスのイメージからこのカラーリングにしてくれたのだろう。陸太は納得するが、同時に驚きもあった。


 その機体は、死神であった。そう形容するにふさわしい、悪魔のような翼と、相手の魂を刈り取ろうとする鎌が装備されてあった。


 カレーライスと死神、ダブルパンチなフレーバーを、陸太は感じ取った。


「君専用のクラウンだ。名前は――」

「【スパイシー】――」

「え?」

「この機体は、【スパイシー】ですね」

「ま、まあ君がそれで良いのなら、その名前でも良いが」


 実良乃はその名前に対して若干、いやかなりドン引きしていたが、自分自身もネーミングセンスが無いことを自覚しているので、とやかく言うつもりはなかった。あやうく陸太の専用機に【カルダモン】とか【ターメリック】とか名付けようとしてしまうところであったため、それよりか陸太が名付けた【スパイシー】の方がまだマシであると考えることにした。


「乗り換えは済んだかね?」

「もう少し、時間が掛かります!」

「準備出来次第、援護してくれ。私は――先行する!」


 実良乃が飛び出す。彼女のクラウン【ペンネ】は周囲に蝶型のドローンを展開しながら、ロケットバズーカを発射し、【イースター】に攻撃を仕掛けた。ドローンもバズーカも黄色い塗装を施した武装であったため、陸太は「ああ、あれらもパスタがモチーフなのかぁ」と感心していた。ドローンはファルファッレ、バズーカはマカロニといったところか。


 流石、自らをナポリタンと名乗るだけはある。


「ふざけた真似を! そんな麺類武装で、我を制圧できるとでも?」

「オムツくんに言われたくないな」

「だ、か、ら! 我はオムレツだっての!」


 オムレツ男は実良乃の攻撃を卵の殻で防御すると、海賊刀で周囲のファルファッレのようなドローンを斬り落とした。これではドローンによる攪乱ができない。


「まずは! カレーラン、貴様から――」


 オムレツ男は初心者である陸太に狙いを定め、実良乃の隙を突き、陸太へ接近する。


「陸太くん!」

「どうだ! 貴様たちとはオツムの出来が違うのだ!」

「やっぱりオムツじゃないか!」

「しつこいぞ、為田化音!」


 陸太を庇って前へ出た化音の汎用機に、海賊刀が突き刺さる。そのまま斬り込みを入れるように、オムレツ男は海賊刀を振り下ろした。数秒後、化音が操作するクラウンは動きを止め、損傷箇所からトランプのカードが大量に噴き出てくる。それらのトランプにはジョーカー、あるいはババと呼ばれる絵柄が描かれていた。


 どうやらこのトランプカードが噴き出る演出が、ゲーム内のダメージ描写となっているようだ。普通の戦闘機なら重油やら噴き出るモノだが、それがこのゲームではトランプとしてマイルドに表現されているらしい。マイルドといっても、絵柄が全部ジョーカーなのは、少々不気味に思えてくるのだが――


「化音!」

「大丈夫だ、陸太! この程度のダメージなら!」

「いや、ダメだ! 陸太くん! 化音さんのクラウンから噴き出ているトランプを拾ってくれ! それをオムツくんに取られてはいけない! ルナティック・エンジンに搭載してあるキリフダ・システムを起動される前に、先に拾わなければならない! 逆転を許すぞ!」


 キリフダ・システム――クラウンズ・クラウンでの決闘中に訪れるプレイヤーへの逆転チャンスのようなものだ。クラウンの機体から噴き出たトランプを一定数回収し、そのジョーカーの力を使って、試合中に奇跡を起こすことができる。


 例えば攻撃力や防御力の上昇、装備していなかったはずの武装をその場に顕現させたり、あるいは対戦相手の攻撃力や防御力を下げたり、試合場の天候や地形を変化させたり――など、起こる奇跡の内容はランダムではあるが、キリフダ・システムを発動させたプレイヤーにとって有利な局面になることは間違いない。


 とにもかくにも、そのキリフダ・システムをオムレツ男に発動させられるわけにはいかない。そう判断した実良乃はすぐに陸太へ指示を出す。


「クラウンの起動、完了しました!」

「ならば散らばったトランプの束に、クラウンで体当たりしてくれ。当たり判定が起こり次第、トランプを回収することができる」

「そうか! このゲームが【道化師の王冠(クラウンズ・クラウン)】だから、トランプの絵柄がジョーカーなのか」

「感心している場合かね! 急ぎたまえ!」


 陸太が呑気にトランプの絵柄がジョーカーである意味を考えていると、オムレツ男は不敵な笑みを浮かべつつ、化音の機体周辺のトランプを回収し始めた。


「させるか! トランプは我のモノだ!」

「させない! キャロライナ・リーパー!」


 陸太は自身のクラウン【スパイシー】が装備している鎌を振り上げる。そして、それをオムレツ男の機体諸共、トランプの束に向かって振り下ろした。


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