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#6 いつもより、さらにおかしい!

「操作方法は?」

「このゲームは仮想空間内の疑似人格と思考を共有しているから、そのヘッドセットを通じて、自分自身が思うままに操作できる。まずは歩いてみてくれ」


 机の上に置いてあるヘッドセットを頭に装着して、画面を注視する陸太と化音。


「うぉぉぉ! 陸太! 歩ける! 歩けるぞ!」

「あれだけこのゲームをやらないと言っていた君の方が、テンション高くなるとはね」

「ち、違っ! オレは別に! き、緊急事態だから、手伝っているだけだ!」

「本当は以前からやりたかったんでしょ、このゲーム? 化音は隠れゲーマーだもの」

「ああ、もう! そういうことで良い! 早く迎撃するぞ!」


 基本的な操作方法を覚えた化音は、自身の照れ隠しも兼ねて、早速敵が接近している場所へ向かう。慌てて陸太も操作方法を覚えようとするが、覚えることが苦手な陸太は、操作に手間取っていた。このような時、陸太はいつも思う。自分が、ただのアスペルガー障害ではなく、サヴァン症候群のような特性も持っていたら、きっとこのようなゲームの操作方法も一瞬で覚えることだってできるかもしれないのに、と。


 実際のサヴァン症候群を患っている方々にも、きっと陸太が抱えている以上の苦労があるはずなのだが、陸太はどこかサヴァン症候群に対して希望的観測を抱き過ぎている。発達障害の当事者でありながら――当事者だからこそ、他の障害者の苦労を理解することに乏しいのかもしれない。今は操作方法を習得しないといけない状況なのに、焦れば、焦る程に、余計なことに思考を割いてしまう。優先順位が渋滞しているのだ。


「どうすれば――どうすれば!」

「落ち着くんだ、陸太くん。よく思い出してごらん? このような状況の時、君がどのような行動を取れば良いのか、ヒントを与えてくれた人がきっと君の周りにもいたはずだ」


 キーボードを乱雑に、大袈裟にエンターキーを押しながら、実良乃が陸太に声を掛けてくる。そうだ、このような時どうすれば良いのか、父親――過去に亡くした実の父親が言っていた言葉を思い出す。「陸太、焦らなくて良い。どうせ焦るなら、最初から焦るべきであり、今更焦っても、焦るだけだ」――この言葉は、果たしてどのような意味であったのか。


 陸太は、心の中でハノイの塔を組み替えていく。思考の渋滞が解消されていく。今、この場で陸太が為すべきことは、自身の能力を卑下することではなく、【クラウン】の操作方法を覚えることでもなく――それに気が付いた陸太は、ワイヤレスのヘッドセットを着けたまま、現実世界の実良乃へ近寄った。突然の操作放棄に、実良乃は疑問を抱くが、その疑問を上塗りするように、陸太は言葉を続けた。


「実良乃さん」

「何だい? 操作方法がどうしてもわからないなら、私が――」

「さっき保健室で、僕言いましたよね? 全部、思い出せたと。思い出せたけど、わからないと――でも、一つだけ不思議と理解できたことがあるんです」

「ふむ、何かな?」

「僕は――責任を果たさないといけない。華麗なるダーリンとしての、責任を」

「華麗なるダーリン、だって? それは、まさか――あの手紙に書いてあった――」


 実良乃は記憶の底から一枚の手紙を思い出す。十年前のある日、突然自分の机の引き出しの中に入っていた手紙。書いた覚えがない手紙。華麗なるダーリンへ向けた、ラブレター。


「まさか、君が――ケチャケチャ! そうか、君が! やはり!」


 実良乃は狂ったように笑う。そしてすぐに陸太へ向き直った。


「ならば、君は結ぶというのかい? ナポリタン・ボナパルトの、華麗なるダーリンとして生きていく契約を? 今、この場で結ぶというのかい?」

「はい」

「返事は得たから、ね」


 実良乃は陸太の両頬を優しく両手で包み込むと、唇に自身の唇を重ねた。それはあまりにも唐突で、あまりにも一瞬の出来事であった。しかし、陸太は確かに理解した。理解できた。


 自分は今、目の前の少女に、キスをされているのだ。


「どうだね?」


 キスを終え、実良乃は不敵な笑みを浮かべながら、一言陸太に尋ねた。恐らく、年上の女性として余裕がある態度で、陸太にキスの感想を求めたつもりであったのだろうが――


「な、なんかケチャップの味がしました」


 陸太の感想は、実良乃の予想を超えていた。


「な! 歯は毎回きちんと磨いているはずなのに! もしや昼食のナポリタンが原因か?」


 おかしいな、おかしいな――こんなはずではなかった。実良乃がどこか悔しそうな顔をしている中、これら一部始終を見ていた化音は顔を真っ赤にして叫んだ。


「あんたらは何をしているんだ! 今、一応緊急事態だろ? いきなり何を!」

「何って、キスだが?」

「そう! それが問題だよ! 何でこの状況でキスなんかしているんだよ!」

「これは私たちなりの契約の証だ。ナポリタン・ボナパルトの、華麗なるダーリンとしての契約を結ばせてもらったという証明のために、キスをしただけだ、が――」


 そこでようやく実良乃も照れ臭くなってきたのか、顔を真っ赤にした。


「な! 何で私は陸太くんにキスを? どういうことだ!」

「こっちが聞きたいですよ、先輩! 契約の証が何故、キスなんだよ!」

「きょ、今日の私はどこかおかしいな――いつもより、さらにおかしい!」


 慌てふためく女子二人を他所に、陸太はヘッドセットの位置を整えながら、自席に戻って、画面に集中した。先程までの陸太とは違い、今の彼は落ち着いており、頭の中も整理できている。今、自身が何をするべきか、何を考えるべきか、何を起こすべきか、理解できている。


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