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#3 誰が決めた

「って、ことがあったんです――どうすればいい、かな。化音」

「ふーん。ま、都合が悪くなきゃ、やってみればいいんじゃね?」


 その日の夜。陸太は現在自らが世話になっている家へ帰り、家族の一人である為田化音(ためだかのん)に相談を持ち掛けていたが、彼女の反応はやはりというべきか、大雑把であった。


「やりたくないわけじゃない、です。やりたくないわけじゃなくて、できない、です」

「陸太は怯えすぎだっての。丁度良いから、『できること』以外に、『やりたいこと』へ挑戦する良い機会なんじゃね?」


 リビングのソファに座って、スマートフォンを眺めている化音。陸太の話をしっかりと聞きながら、視線はインスタグラムに注がれていた。なんとも器用に会話ができる義妹であると、陸太は内心、感心していた。


 ちなみに陸太と化音は同級生である。陸太の誕生日が先に来るため、化音が妹ということになっているのだが、世間からは逆であると認識されることが多い。


「で、でも!」

「よーし! まずは髪切ってスッキリするか! 新しくできたクラスメイトが紹介してくれた良い美容室があるんだ! 行こうぜ!」

「そ、それって、ギャルギャルしたお店なのでは?」

「んなことねえって。大体なんだよ、そのギャルギャルって。偏見だぞ、陸太」

「それは、そうかも、しれないけど」

「ギャルの形は千差万別! オレのようなイケイケなギャルもいれば、キャピキャピなギャルもいるわけ」

「キャピキャピは、古い、ような?」

「とにかく! そのカルボナーラ先輩がせっかく機会をくれたわけだし、やったれよ!」


 実良乃のプレイヤーネームはナポリタン・ボナパルトであり、決してカルボナーラではないのだが、化音にとっては、些細な違いに過ぎないのだろう。


「そうかな」

「カレーランの時のように振舞えば、お前も普通に会話が成り立つんだからさ」

「そ、そうかな」


 カレーラン・ペリゴール、為田陸太のもう一つの姿。あるいは彼の切望を具現化した存在。


 陸太は普段、動画投稿ウェブサイトにて配信活動を行っており、そのとき陸太本人の代わりに画面へ映し出されるバーチャルのキャラクターこそがカレーランなのである。性格も口調も、陸太とは乖離しており、昨日までは正体を誰にも知られていなかった。


「良い機会だと思うぜ? まあ、無理強いはしないけどよ、お前にも仲間ってヤツができるチャンスだとオレは思うけどな。ジェノベーゼ先輩の誘いを受けてみたらどうだ?」

「横浜さんはカルボナーラでも、ジェノベーゼでもなく、ナポリタンだよ……」


 普段カレーランとして、陸太は主にゲームをプレイしながら実況をする、ゲーム実況配信というジャンルの活動を行っていた。プレイするゲームは様々ではあったが、共通点として、どれも一人でプレイするゲームばかりであったことが挙げられる。


 化音は見抜いていた。カレーランとしての陸太が、本当は仲間を求めており、コラボレーション配信や一緒にゲームをプレイするための仲間を欲していたことを見抜いていた。だから、陸太は実良乃の勧誘を受けるべきであると、彼女は説こうとしているのだ。


「で、でも! 僕は間が悪いし、上手く話せないし、チームワークなんて、できないし」

「言い訳だな、それは」

「だ、だって僕は! 僕は……」

「ボンゴレ先輩はそういうところを理解している上で、お前を誘っていると思うぜ。事前に陸太のことをしっかりと調査して、カレーランとしても、為田陸太としても、そのゲーマーチームに相応しいと判断したから誘っているはずだ。その先輩だって、無駄なことには力を入れないだろう。お前を迎えることを無駄だとは思っていないからこそ、誘っているわけだ」

「僕は――」

「なあ、陸太。お前はどうしたい? お前が中学時代に大好きなサッカーをやめることになった件はオレが一番よく知っている。あれから他者と協力できなくなったこともよく知っている。でも、それは『できない』話であって、『やらない』話ではないと思う」

「化音……」

「できないことを、やってはいけない――誰が決めた? オレは知らないな」


 化音はスマートフォンをスリープモードにすると、ソファから立った。インスタグラムの巡回を終えたのだろう。彼女は自分の部屋へ戻るつもりだ。二階への階段へ歩みを進めている。


 化音の言う通り、なのかもしれない――陸太の脳裏に、中学生時代の出来事が思い描かれる。かつて所属していたサッカー部での出来事だ。サッカーが好きでも、サッカー部が苦手になった原因。自身の障害を、個性を受け入れてもらえず、部員たちから拒まれる日々を送っていたあの頃――別に部員たちが悪であったわけではない。今でも陸太はそう思っている。では、悪いのは自分自身なのか。


 違う。本当はあの時、誰も悪くなんてなかった。ただ足りなかったのだ。互いに対する尊敬が、思いやりが足りなかった。それだけの話。


 その、『それだけ』を解決できない現状が嫌になった。だから、両親が喫茶店を開業したことを理由に、この街へ引っ越してきたのだ。現状を打破するために。


 環境は家族が変えてくれた。機会は実良乃が差し伸べてくれた。なら、陸太がやるべきこと、やりたいこと、できること――それは、何なのか。


 気が付けば陸太は化音を追いかけていた。


「決まったな――よし、明日は学校休んで、髪切りに行くぞ。服装や顔つきも整えて、世界を新しく見つめるための準備をしに、街を駆ける。異論は認めないぜ」

「うん!」


 微笑む化音の表情を見て、陸太は自分なりに気合を入れ直す。


 彼女はいつだって自分の背中を押してくれるし、見守ってくれている――自分自身を取り巻くこの環境がどれだけ幸運であるか改めて実感した陸太は、化音のレクチャーを受けながら、明日向かう美容室のウェブサイトを眺め、おすすめの髪型を調べながら、今夜という、人生において、もう二度と訪れることがない夜を過ごした。


 為田陸太という少年が抱えていた不可能の文字が少しずつ可能に変わった夜であった。


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