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#0 やあ、マイダーリン

 やあ、マイダーリン。


 久しぶりだね。私を忘れたとは言わせないよ。


 早いもので、あの日、君と出会ってから今日で十年目だ。この私が、懐かしさという感情を抱くなんて、おばさんに近づいている証拠なのかもしれない。


 え、私らしくない発言だって? 何を馬鹿なことを言っているのさ。あれから時代は過ぎ去ったのだよ。私たちが見ていた景色は変わっていく一方だ。ならば、私もそれに伴って変わっていくもの。変化とは、訪れて当然のものなのだから。


 しかしだね。もう、変化に身を任せることにも、疲れてきた。


 わかっている。これから私がやろうとしていることは、君が知ったら確実に怒るだろう。かなり、いや、絶対にやってはいけないことを、私はやろうとしている。


 だが、悲しいかな。やはり、私は自分の中の狂気を抑え込むことができない。もう、既に罪悪感と狂気の間に挟まれて、更にオカシクなっている自覚がある。


 それでも私は、この不可能を可能に変えてみせたい。


 もう一度、君に会いたいから。ただ、それだけさ。



     †



「さて」


 持てるだけのデータは持った。彼女は今一度、自身の持ち物を確認する。


 忘れ物は特に無い。あるとすれば、それは十年前にある。だから、それを取り戻しに行かなければならない。暗く、ただ広いだけの、研究所とは名ばかりであるこの空間に、無機質な装いを見せ、立ち尽くしている愛機に、彼女は乗り込む。


 【ペンネ】――それが、この機体の名前だ。


「エンジンの出力は安定している。ここまでは、順調だね」


 プログラムの書き換えは既に済んだ。この機体では、最早以前のような戦いに興じることはできないだろう。彼女は自嘲気味に笑う。


 いわゆる、タイムマシーンになってしまった。そう、【ルナティック・エンジン】を用いた時空間航行機なのだ。彼女は、この機体を駆り、何らかの事情で過去へ戻ろうとしている。


 しかし、それは現段階の科学技術では、不可能なことであった。


「その不可能を、可能にしてみせる」


 だから、これは最初で最後の賭けなのだ。十年前の忘れ物、それを取りにいくための、人生最大の博打。不可能を可能にする生き方しかできない彼女に残された、唯一の方法だ。


「スキャニングの稼働も特に異常なし。後は、私の思考を読み取れば――」


 全ての準備が完了し、過去へ跳ぼうとする彼女。しかし、そこに思わぬ客が現れた。


実良乃(みらの)! 馬鹿な真似はやめなさい! そんなことをしたら、十年前に辿り着く以前に、あなたの脳が焼き切れて死んでしまう! 許さないわ!」


「姉さん。何と言おうと、私はやめないよ」

「やめないのなら、私の【カンピオーネ】で、この研究所を破壊する!」

「先日の八つ当たりかい? 姉さんも、まだまだ子どもだな」

「子どもなのは、実良乃の方よ!」

「でも、残念。研究所が破壊される前に、過去へ跳べば良いだけさ」


 操縦席の扉を閉め、彼女は忙しなく機器を操作する。


 頭の中に書き込まれている時間跳躍の理論を、専用のスキャナで読み取り、それを【ペンネ】に反映させているのだ。


「さあ、始めようか。華麗(カレー)なるダーリンを取り戻すための、最初で最後の時間旅行を」



     †



 なあ、マイダーリン。


 君がもし、私の傍にいてくれたのなら、今頃、この関係はどうなっていたのかな。


 君は今も、私のことを好きでいてくれただろうか。


 時間旅行なんかよりも、新婚旅行が良かった。私だって女の子だ。そう呼べる年齢ではなくなったかもしれないけど、もう少し、恋人らしいことをしてみたかったな。



     †



 彼女は便箋に書き切れなかった想いを、吐き出すように、心の中で連ねていく。それと同時に、機体の出力が上がっていき、彼女の脳に対するスキャニングが次の段階へ進んでいく。


「少々頭が痛むが、これも想定内だ」

「降りてきなさい! 実良乃!」

「カウントゼロ。プログラムを、実行する」


 彼女が呟くと同時に、機体は激しい光に包まれ、霧散していった。


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