花都フラノン(後編)
「同時撃破だったの!?」
「そ。だから両勝ちで両負け」
やる気なさげなジャッジは、面倒そうに判定を下す。
ちょっとした勝負はあっさりと引き分けで終わってしまった。
フミカたちもそうだが、カリナたちも少し残念そうだ。
ただ、ミリルの態度がそんな勝負の余韻を吹き飛ばす。
「じゃ、そういうことだから」
「……どうしたの?」
フミカの問いかけを無視して、ミリルはどこかへ飛び去ってしまう。
いつもなら楽しんでるねとか、ちょっと黒幕的な微笑を浮かべながら言うのに。
「やっぱりミリル、変だよね」
「そうか? あたしはよくわからんが」
ミリルとの付き合いが一番長いのはフミカだ。
現実時間では、恐らく半日にも満たない仲。
それでも、ゲームの中ではそれなりに濃密だった。
フミカが仲間たちと合流してからは一歩下がり気味だったけれど。
何を企んでいるのかはわからないけれども。
もう少しで友達になれる――そんな気がしているのに。
「最初に会った頃、殴ろうとしてたって言ってなかったか?」
「それはまぁ、そうなんだけど……ゲームチックな触れ合いというか」
「わたくしたちをここに引き込んだ元凶なのは間違いないですわ」
「それも、わかるんですけど」
「ついでにフミカ君の失禁危機の源だ」
「わかってるんですけども!」
ズバズバ言うナギサに顔を赤らめながら言い返す。
「でもなんか、ね。お節介なのかもしれないけど……」
悪党であるミリルを倒して勧善懲悪、とは思えないのだ。
そもそもの目的はゲームのクリアであるのだが。
事情があれば何をしても良いという考え方が良くないのはわかる。
だが、だからと言って事情を踏み潰すほど冷酷にはなれないし、なりたくもない。
「ま、そこがお前の悪いとこでもあるし、良いところでもあるんだが」
「目的はわからないけど、エレブレをチョイスした神センスは評価したいしね」
フミカのただの思い込みかもしれないが。
ミリルの計画に、ゲームを利用する必要性がなかったのではないかと感じている。
なのにあえてゲームを選んだ。
そこにミリルの本心が隠されている……気がする。
「うん。とりあえず、進もうか」
結界が解かれたおかげか、最初は見えなかった王城がはっきりと見える。
似たような雰囲気のプレク城館を、数倍大きくしたような存在だ。
国の象徴である王城が大きければ大きいほど、アルタフェルド王国の巨大さ、そして偉大さが一目でわかるようになっている。
そんな素晴らしかったはずの王国の、凋落も。
「で、この階段を昇ればいいってわけか」
長い階段の先に、アルタフェルドの王城はある。
現実であればげんなりする階段も、ゲームの中ではただスタミナを管理するだけでいい。
「本当ならもっと探索したいところですけど」
ミリルの様子が気になる。
もう一つ気になる要因はあるにはあるが、一旦置いておいて。
「では早速――」
一同が先に進もうとした瞬間、不意にナギサが足を止めた。
「待て」
「なんだよ――うおッ!?」
突如空から何かが降ってきた。
ちょうどカリナがいた位置に落ちてきたソレから、ナギサが彼女の首根っこを掴んで強制回避させる。
地面に突き刺さる十文字槍には見覚えがない。
されど、それを携える人物には心当たりがあった。
「ホクシンだな」
稲妻のように黄色な武者鎧とその兜。
表情が伺えない面頬。
祖国を救うべく異国を訪れ、死なずを手中に納めんとした武士。
「お主たちが来ることは予見していた」
地面に差した十文字槍を抉り抜く。
面頬によって、表情は窺えない。
しかしてその瞳は雄弁に語っていた。
狂気に吞まれている。
まさに修羅のような瞳。
「ここでボス戦かよ!」
杖を向けたカリナだが、ナギサに手で制される
「先に行ってくれ」
「彼はわたくしたちが対処します」
ヨアケの言葉にフミカは頷き返す。
「行こう、カリナ」
「ああそうだな!」
二人に任せて、フミカたちは階段を駆け上り始めた。
※※※
「少し、気が合うところもあると思ったのだが」
ナギサは正面の武士を見つめ直す。
現在の得物は十文字槍だが、本命は腰に差してある刀だ。
何より雰囲気が違う。
これまでのホクシンとは、戦い方が違うと考えてよいだろう。
「ナギサ――」
「言わずもがなだ、ヨアケ」
以心伝心の二人を前にしても、ホクシンは気に留める様子もない。
「我らが悲願のため、お主たちには消えてもらう。神花は、誰にも渡さぬ」
「この現状を見ても、あの花が有用だと思えるのですか」
確かに神花の、不滅の力は強大だ。
不死の軍団を前にすれば、どれだけの強国でも勝ち目はないだろう。
しかし勝った後はどうするのか。
アルタフェルド王国の二の舞になってしまうのであれば、勝ったところで意味はない。
「これ以上の言葉がいるのか?」
「言葉は無用……ですか。では、仕方ありません。ナギサ」
ヨアケに請われて、ナギサはサーベルの柄に手を置く。
ゆっくりと引き抜く。
静かな時間だった。周囲で起きている動乱が、気にならないほどの。
「いざ、参る」
ホクシンが掛け声と共に、十文字槍を突いてきた。
数メートルは離れていた距離を一瞬で。
そしてそれを、ナギサは当然のようにブレイヴアタックする。
剣と槍の、壮絶な攻防が続く。
ナギサもホクシンも眉一つ動かさず。
しかしライフゲージが減少するのはホクシンの方だった。
ゲームである以上、万人がクリアできるように調整されているはずだ。
ゆえに、惜しいとは思う。
「枷がなければ、な」
ナギサの一閃がホクシンの十文字槍を折った。
飛び退くホクシンが折れた槍を投擲。それをナギサは完璧に弾く。
「認めよう。お主は難敵」
またもや静かに、ホクシンが柄に手を伸ばす。
引き抜かれる刀が音を鳴らし、正眼の構えを取った。
「ゆえに、引くわけにはいかぬ」
またもやステップで距離を詰めてきたホクシンの斬撃を対処しようとして、
「むッ――」
咄嗟に回避。攻撃を見て、確信を確証に変える。
二重斬撃。一撃に遅れて残像が奔っている。
「なるほど、初見殺しというやつか」
ブレイヴアタック及びガードで対応した暁には、残像斬りの餌食になっていた。
無論、赤いエフェクトが出ていないということは、即死はしないのだろう。
だが、死にゲーにおいては、その些細な傷が致命傷になる可能性がある。
「ふふ、楽しませてくれる」
無防備な背中に斬りかかる。
と、背中から幻の腕が生えてきて、サーベルを弾いてきた。
備えは完璧のようだ。ならば、正面から斬りかかるしかない。
「死なば諸共、か。いや!」
ナギサはあえて、二重斬撃を真っ向から受ける。
残像斬りそのものの火力は低い。
気圧されれば、敗北する。
実物の刀をブレイヴアタックで迎え、残像に斬られながらダメージを与える。
時折混ざってくる横薙ぎの強烈な一撃は回避。
防御しか許されない縦斬りもタイミングを合わせた。
二人の剣戟は、楽器でも奏でているようにリズミカルに。
しかして確実に互いのライフを削っていた。
ボスとプレイヤーでは、プレイヤーの方がライフ量は少ない。
それでも、ナギサは優位に立っていた。ホクシン側のスタミナゲージが先に尽きた。
その隙に、ナギサはスキルを使用する。
剣術スキル、閃光乱舞。
ただの一撃が幾千もの斬撃となって、対象を切り刻む。
二重の斬撃など目ではない一閃が、ホクシンのライフゲージを減らした。
肉を切らせて骨を断つ。
怯んだホクシンが不気味な笑い声をあげる。
「手に入れたのだ、勝ちの目を! お主を屠って、祖国を――否! 全てを簒奪してみせよう!!」
もはや彼はサムライではなかった。力に溺れ、狂気に呑まれた落ち武者だった。
あれだけ誇り高い武士が狂ってしまうほどの楔の力に驚嘆しつつも、ナギサは冷静に構える。
その間にも、ホクシンから禍々しいエフェクトが発生していた。
そのオーラを、ナギサは一度見たことがある。殺戮砦にて。
刀が血のように赤く光る。
刀身を迸る光の効果を、ナギサは知っていた。
「アルディオンの奥義か」
楔の力を問答無用で砕き立つ斬撃。
不滅を滅する、殺戮の剣。
流石のナギサとて、直撃すれば一たまりもない。
そして、戦士としての勘が告げている。
「回避不能、か」
立ち位置を誤った。
もっとも打ち合いに有利な場所をポジションとして選んだはずが、背後にそびえ立つ瓦礫が、ナギサの回避を阻んでいる。
飛ぶ斬撃を避けるには、十分なスペースが必要だ。
つまりは、敗北。
「ふっ――」
しかして、ナギサは余裕の笑みを崩さない。
ホクシンが刀を薙ぐ。
放たれた赤い斬撃が、ナギサの命を狩り取らんと光り輝く。
すぐさま、無情にも命を奪い去った――ナギサの、主であり、友人であり、大切な人であるヨアケの魂を。
奥義を発動した硬直を、ナギサは見逃さない。
サーベルの居合切りにて、血を巻き散らさせた。
「卑怯とは言うなよ?」
「無念……! しかし、見事……」
血を流しながら斃れるホクシン。
その亡骸を見下ろしていると、楔の花から復活したヨアケが駆け寄ってきた。
「君の見立て通りだったな」
「ホクシンはアルディオンにご執心でしたから」
アルディオンは、長年の殺戮の成果か楔を断ち切る技を会得していた。
ホクシンもまた、その奥義を体得したのだろう。
どうやったのかは定かではないが、彼ならできるという納得感があった。
「執念を持つサムライならば、不可思議ではない。狂ったのは惜しいがな」
その想いを抱くのは、恐らくナギサだけではない。
「君もそう思うか?」
ナギサは語り掛ける。
ホクシンの相棒――その得物であった刀に。
守護刀と名付けられていたその打刀は、国を守る誓いを立てた武士に授けられた誉れだったという。
その刀を、丁重に腰に差した。
「急いで合流せねば」
「そうですわね。……ところで、一つ質問があるのですが」
「なんだ?」
「確かにわたくしの作戦通りでしたが、あの決着の付け方で良かったのですか?」
若干の申し訳なさを漂わせるヨアケ。
ナギサは一瞬、ヨアケが何を言わんとしているのか理解できなかった。
少し考えて合点がいった。ああなんだ、そんなことか、と。
「私の一部を使って勝ったのだ。卑怯でも何でもない、正々堂々とした決着だったぞ」
「い、一部……って」
瞬間沸騰器のようにヨアケが赤面する。
そういうところも愛らしいが、今は先を急ぐべきだ。
「行こう、ヨアケ」
「全くもう……!」
※※※
階段先の楔の花に触れたフミカたちの前に飛び込んできたのは、大量の、地面に転がるクマバチだった。
「なんだよ、これ?」
動揺するカリナと違って、フミカは自身でも驚くほど冷静だ。
押し黙るフミカの隣で、カリナが怖がりながらもひっくり返るクマバチに触れる。
しかしビクともしない。
一匹残らず、死んでいる。
自分たちを導いてくれた、優しき虫たちが。
「どういう……おい、フミカ?」
「行こう」
「いいのかよ?」
「いいんだよ。……そうするしか、ないんだ」
クマバチたちの死骸を横切って、ついに到達する。
王城前広場。
そこに大量の騎士の遺体と、一人の男が待っている。
「貴殿、か……」
「カンパニュラか? どうして?」
こちらに気付いたカンパニュラがゆっくりと歩んでくる。
しかしその歩みは不確かで、今にも壊れそうだ。
よく見ると緑の鎧のあちこちに亀裂が入っている。
美しい花の王冠も、ところどころが散っていた。
滅びに瀕した騎士は、されど動く。
もう少しで自分たちに手が届く。
何らかの意志を伝えようとしたところで、
『それはいけないね、カンパニュラ』
「この声は……!」
黄昏の空から声が響く。
甘く美しく、あらゆる人を魅惑させる声色の。
その声をフミカは聞き覚えがあった。花の神殿にて。
『勇敢さは大切な素質。けれど、君のソレは勇気でなく無謀。ただの蛮勇だ。約束をしたよね、贖うと。仲間が犯した罪を雪ぐと。浮気はさ、良くないからね。罰を与えないと』
「フラ……!? うおっ、何すんだフミカ!」
「離れるよ!」
フミカがカリナの手を引いた瞬間、光が降り注いでくる。
眩いばかりの黄金。その輝きは一見すると美しく、高貴に思えるかもしれなかった。
だが、多くの人を惑わせる呪いのような邪悪さを秘めている。
美しいが人の欲望を狂わせる、現実の金のように。
「大丈夫、なのかよ?」
黄金の光を浴びたカンパニュラをカリナが心配している。
フミカは言葉を掛けずに見守っていた。
直後、光が止んだ。
燃え尽きたように、カンパニュラは立ち尽くしている。
駆け寄ろうとしたカリナを、フミカは手で制した。
「おい?」
「いいんだよ。……仕方ないんだ」
達観したかのようなフミカを、驚きの眼で見るカリナ。
事実、フミカはわかっていた。考察できた。
過去作の経験によって。
だから突然の斬撃も、盾で受け止めることができた。
「いきなり!?」
「カリナ、下がろう!」
フミカたちが後退すると、カンパニュラは盾を投げ捨て構え直した。
剣の切っ先と敵意をこちらに浴びせて。
――ボス、花の騎士カンパニュラ。
助力をくれた親切な騎士が、禍々しい金色のオーラを纏って襲い掛かってくる。
「どうする!?」
「どうもこうも、戦うんだよ」
メイスを持つ右手に力が籠る。
不思議と、フェイドのメイスもそれを望んでいる気がした。
「戦うしか、ないんだよ。これはエレメントブレイヴなんだから」
「そう、か。そうか……。フミカが言うなら」
カリナも覚悟を決めたようだ。
瞬間、カンパニュラが消えた。
「ッ、こういう時は大体――」
カリナが背後へ振り返る。だが、いない。
「下だよ!」
「えッ、ぐ!?」
警告した刹那、地面から生えたカンパニュラが、剣をカリナの喉元に突き刺していた。
強攻撃を食らって行動不能になった彼女を守るべく、フミカはシールドバッシュを発動。
だが、命中する寸前に動きを止められた。
「花が……!」
足元を囲むように花が咲いている。
茎とツタで絡め捕られたフミカを、カンパニュラが一瞥。
そこに、かつてあった心優しき騎士の面影はない。
恐ろしき殺人機械。そんな印象を抱く。
伸びたツタが、フミカの首へと回った。
「ぐかッ……」
当然のように締めてくる。カンパニュラのヘイトはフミカに向いていた。
復帰したカリナがその隙を見逃すはずはなく、
「このッ」
杖の狙いを背中へと定めて、炎の魔法を充填して。
ぷしゅ、という何かが吹き出した音を聞いて、絶句する。
「…………は?」
花が咲いている。これもきっと、花の魔法だろう。
問題は、一時的に貫かれた首元からというところで。
さらには、その花に口のような部分がついているという部分で。
「なんごぶ」
自身の首から生えた花に、カリナは頭から食われ始めた。
ライフが減っているのが見える。自分と同じように。
フミカは焦りながらも、次の行動を考えている。
拘束攻撃は無限には続かない。
これまでの経験値は、レベルとしてしっかりと蓄積されている。
自由になった瞬間に回避しながら距離を取って、花蜜を摂取。
仕切り直しをして、反転攻勢に出る。
そうと決まれば。
「カリナ、すぐたすっ」
フミカの言葉が途切れてしまったのも無理はない。
首をカンパニュラに刎ねられてしまったのだから。
王城広場前の楔の花から復活する。
「チッ、やっぱ強いな」
「だよね……」
カリナに同意しつつ、フミカはボスエリアの先を見る。
空間が歪んでいて様子は窺えないが、彼が待っているのは必定。
勝たねばならないという事実も。
「どうする? 少し癪だが二人を待つか?」
「二人がいれば勝てるけど」
ナギサの強さとヨアケの知恵が合わされば無敵だ。
数的にも有利になる。すんなりいくかはわからないが、詰みだけは存在しない。
しかし、フミカは引っかかった。
そもそもあまり猶予はない……という予感がしている。
別に自身の膀胱の話だけではない。
なんとなくだが、ミリルの全てを投げ捨てたような顔が脳裏をよぎった。
それはきっと、フミカだけではない。四人が思い浮かべる共通事項だ。
「戦おう」
「けどよ、避けられなきゃ死ぬんだぞ?」
カンパニュラの刺突は恐ろしい。カリナの危惧はわかる。
だからこそ、反論した。
「そうだよ。避ければ生き残れるんだ」
「そうは言ってもよー」
「今までの敵だって、そのほとんどが即死級の攻撃だったでしょ。別にカンパニュラさんが特別恐ろしく強いってわけじゃないよ」
今まで出会ったボスの大体がそうだった。そのほとんどが強敵。
フェイドの幻影だって、めちゃくちゃに強かった。
それでも。
「それはそうかも、だが」
「むしろ基本さえできてれば、勝てる。そういう相手なんだ」
カンパニュラの攻撃に特殊性は感じられない。
ギミックボスではないのだ。基本さえ忠実に守れば勝機はある。
「ま、どうせ死んだってすぐ復活できるしな」
復活ポイントの多さは、死にゲーをカジュアルにしている要素の一つだ。
納得してくれたカリナと共に、戦場へと舞い戻る。
即座に彼は斬りかかってきた。
荒々しい乱雑な斬撃で。
(そこがまず……変だよね!)
シールドで受け止める。攻撃とその違和感を。
いわゆる解釈違い、というやつだ。
「違う、違うんだよ、カリナ」
「何がだ!」
炎の援護射撃でカンパニュラが離れる。
またカンパニュラが消えた。反射的に下を見る。
地面の盛り上がり始めていた。
「こんな戦いは、違うんだ!」
フミカたちは彼と共闘した。れっきとした仲間の一人だ。
だから、彼を知っている。余白が多いゲームだから、完璧じゃないかもしれないけれど。
知っている。
その勇気ある優しさも。優れた技巧も。
美しき戦い方も。
地面が割れて、放たれる刺突。
それを、紙一重で避ける。
「カンパニュラさんじゃない! だから!」
結局、カンパニュラはフラの魔法で強制的に操られているに過ぎない。
本来の戦い方とかけ離れた、殺しに特化した戦闘。
それがゆえに、勝機はあちこちに転がっている。
「本物ならともかく、偽物になんて負けやしないよ!」
「そういう理屈、好みだぜ!」
メイスでその装甲を殴り叩く。怯んだところカリナが拳で追撃。
すかさずカンパニュラが反撃。
剣を盾で受け止め、そこにカリナが炎を放射。
メイス、魔法、盾、メイス、回避、盾、拳。
ミラ姫の時はまだ不完全だった連携を、オラクルの戦いで磨き上げた。
息ぴったりの猛攻に、狂わされたカンパニュラのライフが削られていく。
「もう少しだ!」
「油断は禁物だよ!」
ライフが三分の一に差し掛かった時に変化が訪れた。
突如、カンパニュラが剣を自身の腹部に突き刺した。
前触れもない切腹に、二人揃って虚を突かれる。
ぐちゃり、と。
血と共に花が芽吹いて、
「避けるよッ!」
「ああ!」
放出されたレーザーをギリギリのところで躱した。
直撃した壁が爆発し、粉々に砕け散る。
フミカは即座に理解した。あれをまともに受けたら死ぬ、と。
「長期戦は不利だよ!」
「つまりさっさと倒せばいいんだろ!」
ライフと共にスタミナゲージも減っている。
畳み掛ければ勝機はあるが、功を焦っては仕損じる可能性も同様だ。
フミカはカリナと目を合わせる。
方針は瞬く間に決まった。
「新技、試させてもらうぜ!」
カリナは早速魔法を使用する。彼女が何を使うつもりなのかフミカは知らない。
だがそれは躊躇う理由にはならなかった。
カンパニュラの攻撃を一手に引き受ける。
その間に発動させたカリナの魔法がフミカのメイスと盾に宿った。
――皆に強き炎よ。
以前まで使っていたエンチャント魔法の強化版だ。
火力向上に加えて、防御力まで上昇している完全上位互換。
「行くぞフミカ! おらッ!」
束縛のツタでカンパニュラの動きを一瞬止めて、杖を投擲。
そのままマジックガントレットで殴打。
威力よりも手数でダウンさせる算段だ。
フミカも負けじと殴る。
カンパニュラが斬ってくるが、今度は防がない。
火力で上回ってみせる。
斬られた傷口から小ぶりの花が咲いて、宿主を攻撃し始めた。
意に介さない。
このまま押し切る……!
刹那、カンパニュラのヘルムが妖しく煌めいた。
凄まじい速度の刺突がカリナを襲う。
「ぐッ!?」
フミカは驚愕して彼女を見て、
「へっ……」
彼女の不敵な表情でその意図を読み取る。
メイスを思いっきり振りかぶった。
「捕まえたぜ……カンパニュラさんよ!」
突き刺さった剣を、カリナが両手で握りしめている。
鮮血が辺りを赤く染め上げ、花が息吹き始めていた。
それでも、カンパニュラは行動不能になっている。
「ええい!」
メイスの直撃を受け、スタミナゲージがゼロになる。
カリナが剣を手放し、カンパニュラが膝をつく。
必殺の一撃が、彼の腹部を貫く。
だが、ライフは一ミリほど残っていた。
メイスで腹部を貫かれた彼は行動していない。
しかし花は違う。フミカの顔面に花弁を向けて、レーザーを充填し始めた。
フミカは自身の顔を照らす光から目をそらさずに呟く。
「勝ちましたよ、カンパニュラさん」
メイスから爆発が起きる。
エンチャントの追加効果だ。
必殺の一撃に爆発攻撃を追加するというもの。
過去作でも強魔法の一つとしてプレイヤーに愛用されてきた効果は、最新作でも健在のようだ。
爆発でライフを失ったカンパニュラが剣を手放す。
フミカもカリナも瀕死だったが、ギリギリのところで勝利した。
勝利の喜びを分かち合おうとしたのも束の間、カンパニュラが手を伸ばしてくる。
思わずフミカはその手に触れた。
「流石だな、友よ」
「あなた、こそ……いえ、本当のあなたならもっと強かったはずです」
フミカは投げ飛ばされた盾を見つめる。
彼は守護の騎士だった。真骨頂はその盾を用いた防御術。
守りの力を、ただの殺戮兵器として扱ったのだ。
ゆえに、撃破はしたが、彼には勝っていない。
否、彼は戦う相手ですらなかったのだから。
「多くの無念を、クマバチは蜜から掬い取る。ゆえに彼らは、真なる勇者を導く。貴殿がそうであるならば……」
「自分が勇敢かどうかはわかりませんけど。期待には、応えてみせます」
「そうか……後は任せた」
カンパニュラの手から力が抜けた。
がしゃん、と鎧が音を鳴らす。
「……やった、な」
「うん……」
アイテム欄にカンパニュラの装備が追加されている。
フミカはテキストを読もうとして、止めた。今はそんな気分ではなかった。
「レベルを上げて、先に行こう。すぐに二人も追いついてくるだろうし」
「ああ、そうだな。こんなことした奴を、早くボコしてやろうぜ」
フミカたちは先に進み始めた。
クマバチたちと、もう一人の仲間の亡骸に背を向けて。
「どんだけ頑張ったって、最後は狂うか、他人に利用されて終わるんだよ」
その健気な姿を、ミリルはずっと観察していた。
※
「労うべきかな、全くよ」
野ざらしの騎士の傍に花が咲いている。
話しかける相手などいない広場に、その声は響いていた。
「昔からそうだぜ、お前は。けどま、それがお前のいいところであり、俺様の親友である理由だからな。後もう少しだけ、そこで休んどけ。すぐに終わらせる」
花が地面に潜っていく。
大いなる使命と覚悟を秘めて。




