花都フラノン(中編)
街中に響く戦闘音に負けじと、気合の入った叫びが通った。
「一気に燃やし尽くしてやるぜ!」
威勢の良いセリフと共に放たれた業火が、対面に立つ敵に命中する。
しかし直撃したはずの敵は微動だにしない。
花の意匠の鎧を纏う騎士は、迷うことなく盾で防いだからだ。
「チッ、やっぱかてぇ!」
すかさず反撃に出た花の騎士は、
「予想通りだな」
割って入った騎士に斬撃を防御される。
回避でなく防御。
その意図を騎士はその身をもって味わうことになる。
「食らいやがれ!」
踏み込みからのキック。
スキル、マジックドロップキック。
長年の喧嘩経験とゲーム内での経験値が合わさった一撃で、騎士は体勢を崩す。
まるで魂が抜けたかのように音を立てた遺体を前にして、カリナは鼻を鳴らした。
「どうせ一人でも余裕だったろ」
「だが、ここまで早くは倒せなかった」
ナギサの戦闘ステータスは速度と技能重視だ。
火力よりも手数で押すタイプ。
だからこそ、再びのこの組み合わせだった。
「のんびりしている暇はない。私たちは良くも悪くも遊び過ぎた。遊び心は忘れないし、その必要性があるとも思わないが、端折れるところは端折らないとな」
「フミカにおもらしされても困るしな」
カリナは肩を竦める。
とは言え、ベッドの上で子どもみたいに泣き叫ぶフミカの姿を想像すると、ちょっと別の感情が湧き出てきてしまうのだが。
いかんいかん、と思考を切り替えて、カリナはその砦を見上げる。
アルタフェルド王国最強の部隊にして、切り札。
花の騎士団が数多に詰める、その本部を。
「じゃ、お互いに得意を活かすか」
「それでいい」
門番がこちらに気付く。
槍を持った騎士へ、カリナは杖を構えた。
※※※
悲鳴と共に巻き散らされたのは、花教のシスターの血潮。
背後からの刺突で大ダメージを与えたからだ。しかしここの敵はどうやら今までとは違う。
一撃で暗殺するのは難しいらしい。
そのような敵が現れることを、フミカは予測していた。
過去作の傾向によって。
「うおりゃ!」
ヘイトがヨアケに向いた瞬間に、銀のメイスで不意を突く。
二度の暗殺を受けたシスターは絶叫しながら絶命した。
「これが例の魔法による防護ですか」
「終盤になると出てくるんですよね、こういうタイプ。見分け方はその瞳です」
すっかり生気の抜けた瞳は緑色に輝いていた。
これもまた花の加護だ。幸いなことに、加護を受けた敵の動きは単調だ。
しかし、群れられると厄介なのはこのゲームの最初から最後まで一貫している。
「つまりこういうことですか。強大な力を持つ騎士に対抗するべく、教会の方々は」
「ええ。花の加護をその身に纏っているようです」
武力で分が悪いはずの教徒たちが、王国最強の騎士たちに歯向かうためにどうすれば良いか。
その考察を終えていたフミカたちにとって、このギミックは油断こそしなければ突破できる程度の代物だ。
「二手に分かれて正解でしたね。流石ヨアケさんです」
「本当は、もっと四人で冒険がしたかったところですが」
ヨアケがちらりと背後を振り返る。そこには気だるそうな妖精はいない。
遠方から独自技術を使って、双方のチームを監視しているという。
タイムリミットがあとどれくらいなのか、正確な時間を彼女は教えてない。
隠す意味がわからないのだ。フミカの膀胱にそれほどの恨みがあるのか。
いや、そもそもなんで自分たちをゲームに閉じ込めたのかも、ミリルは明かしてくれていない。
もうゲームは終盤の空気感だ。
そろそろ目論見を教えてくれてもいいだろうに。
(怒られるのが嫌なのかな?)
ミリルの気持ちを推察しようとしたフミカの肩を、ヨアケが軽くつつく。
「どうやら進行先はあちらのようですわ」
「なんかどんどんおどろおどろしくなってません……?」
廊下の先には花の模様があちこち散りばめられているが、薄暗さも相まってなかなか独特な印象だ。
ダークファンタジーの宗教なんて大概がそんなものではあるが、それでも気味が悪いのは変わりない。
「いつぞやと同じですわね」
「うぅ……頑張ります」
穏やかな悪夢の二の舞は避ける。
気合を入れたフミカは、怪しげな廊下を進み始めた。
※※※
この惑星における宗教観についての見識は、事前にダウンロードした情報で確認済み。エレメントブレイブシリーズにおける宗教は、現実におけるソレをファンタジックに脚色した形だ。
それもダークに、真っ黒に。
その仄暗さがたまらないという。
世界の危機を、人間たちはエンターテイメントとして受け入れている。
受け入れられるほどの土壌がある。
本物の危機を知らないからだ。
「……楽しそうだね」
ミリルは空間に二つの映像を浮かび上がらせて、その進捗を監視している。
片や対騎士。
片や対修道士。
騎士団も教会も、自らの正義が正しいと信じてやまない。
いや、プレイヤーたちも自分が正しいと思ったこと、好きなことをしている。
誰もかれも。
どいつも、こいつも。
好きなことを、好きな風に。
……自分とは違って。
「はぁ……」
映像の中では、ナギサが騎士の魔術をブレイヴアタックで返し、怯んだところを炎で燃やされている。
二手に分かれたのは、効率よくゲームをクリアするためらしい。
四人で固まって動くよりも、その方が早いからだと。
なぜそんな状況に陥ったのか?
「結局さ、楽しんでるよね」
あれだけ危機感を覚えていたナギサも、すっかりゲームの虜なのだ。
なんならチームをわけたのも、楽しむためじゃないかと疑っている。
四人での戦闘行動は、敵の数が多ければエキサイティングだ。
しかし道中の道幅では、出現する敵の数も限られている。
二人一組の方が、ちょうどよい難易度で遊べるというわけだ。
「どうせ競争もしてるんでしょ」
直接言葉にこそしていないが、彼らはタイムアタックをしているはず。
どちらが先に守り花を壊せるか。
そして勝った方は誇るのだ。
まさに好都合だ。
狙い通り目論見通り。
悲願は成就され、晴れて仲間たちから祝福を受けるだろう。
「なんてね……」
ミリルの脳裏に、自分を祝福してくれるはずの仲間は一人も思い浮かばない。
むしろ聞こえてくるのは文句だ。
仕事が遅いだの、数が少なすぎるだの。
性別が偏っているとも言われそうだ。
「でも、そうすることがボクの役目なんだから……」
後少しで、目標を達成できるのだから。
贖うことができるのだから。
このまま粛々と状況を見守り続けて……。
――ありがとう。
不意に横槍を入れてきたのは、フミカの無邪気な笑顔。
当初こそ怒っていた。
混乱もしていた。
なのに、今は普通に仲間として受け入れようとして、感謝まで述べている。
……ゲームが好きだから?
それは恐らくあるだろう。だが、全てというわけではない。
「わけわかんないって。勘弁してよ……」
何も知らず、想いを巡らせず。
ただただ欲望に従って、ゲームをプレイするだけでいい。
それだけで良かったはずなのに。
映像内で、神父を引き付けたヨアケが飛び退く。
そこへ待ち構えていたフミカが、奥義である銀の烈波で吹き飛ばした。
記憶に鎮座する無数の泡たちがミリルを責める。
糾弾し罵倒し、侮辱する。
全部お前のせいなのだからと。
「ボクのせいじゃ……」
言いかけて、止める。
それは言わないと決めた。
だって、言ってしまえば、認めてしまう。
「ボクのせいだよね……だから、ボクが、どうにかする。だから、フミカ、君たちは――」
『ミリルー? 見た? 私たちの連携プレー! カッコいいでしょ!!』
ニコニコしながら、フミカはピースサインを向けてくる。
ミリルはもはや、映像に興味を失っていたにもかかわらず。
※※※
「流石に結構な数の騎士が詰めてるな……」
ただし、その方が安心はする。
花の騎士団の総本山が手薄だとそれはそれで不気味だろう。
改めて、カリナは敵軍を見据える。
「数ばかりいてもな」
量こそ多いが質はそこそこ。
最強の騎士団と言えども、やはりピンキリなのかもしれない。
そも、強者が本部でお留守番しているのかという疑念もある。
頼もしいセリフと共に、通路を走ってくる騎士をナギサが弓で射抜いた。
カリナのエンチャントは矢にしっかりと炎を纏わせている。
「この調子なら……いけるか?」
「造作もない」
不敵に笑うナギサと共に、扉の先へと突入した。
※
「うおりゃあああ!」
フミカは突進でドアをぶち破る。
普段であればそこまで急ぐ必要はないが、今は一分一秒も惜しかった。
背後にはナイフを携えているヨアケと、大量の聖職者たちの遺体。
騎士団との戦いで余力がないのか、はたまた複数のボスが存在するマップゆえのバランス調整か。
「いいや! 精鋭が出払ってるせいだね」
「ふふ、そうですわね」
メタ読みではなく世界観に浸る。
同好の士であるヨアケと、またもや信じられないくらい静かな礼拝堂を進む。
と、不意に声が聞こえてきた。
「エンクレル様。あなた様が不在ゆえ、おこがましい真似を行うことをお許しください……」
エンクレル。咎人牢墓でフミカにちょっかいを掛けてきた敬虔なシスター。
花教の信奉者であり布教者。
改宗された者たちと関わりがあった蠱惑的な印象の女性。
しかし声の主は、エンクレルと似た風貌のこれまた異なるシスターだった。
金色の、花の像の前で祈りを捧げている。
「そして偉大なる神花よ、試練を代行することをお許しください。糧となるか仇となるか、試そうか、侵入者よ」
背筋が凍るような殺気だった。エンクレルと神花に話しかけていた雰囲気はどこへやら。
シスターは立ち上がる最中、傍らに置いてあった武器を取り出す。
それは人ほどの大きさを持つ凶悪な獲物だった。
「ハルバード……!? カッコいいけど!」
「斬られたら痛そうですわね」
「痛いじゃ済まないですよ!」
ライフゲージと共に、ボス名が表示される。
――花教の信徒、リンデ。
黒い装束を纏うリンデは、巨大なハルバードを構えて突撃してくる。
※
「まさかこのような時に紛れ込む輩が出るとは。抜かったな、アルディオン。殺戮将軍の名が泣いておるわ」
他の騎士とは違い、金に染め上げられたサーコートを纏う花の騎士は、立派な花飾りのついたヘルムをカリナたちに向けてくる。
ボス名は副団長ヴィクト。
騎士団本部最奥、執務室に陣取っていた大男。
「今まさに、この国の行く末が決められようとしている時に。笑いものだな。全ては魔女様の赴くままに」
ヴィクトは執務机を大剣で叩き斬ると俊敏な動きで跳躍した。
「身軽すぎだろ!」
「そうか?」
「そうなんだようわッ!」
大剣が叩きつけられた床が抉られる。
回避したカリナが安堵したのも束の間、抉られた床が不自然に盛り上がる。
埋められた何かは、もぐらのように突き進んできた。
「おいおいなんだよ!?」
瞬間、床から禍々しい花が芽生えて――。
「何してる。さっさと終わらせるぞ」
茎をナギサに両断される。
しかしヴィクトは怯まない。即座に大剣の切っ先をナギサに向け、カリナの炎の壁に光線を阻まれる。
「何度やり合ったと思ってやがる。もうわかってんだよ、手口はよ」
花の騎士は花の魔法を用いる。その中でも最も攻撃的で、最も素早い攻撃が種子閃光だった。
攻撃としてはレーザーだが、どういうからくりか着弾地点に花が咲く。
属性としては花だ。
そして花は火に弱い。
――炎の魔法を習得しているカリナは、花の魔法相手に有利なんだよ。
フミカの言葉は、カリナの自信となり、力となっている。
「何が副団長だ! あたしらを倒したいなら、騎士団長を連れて来い!」
カリナへ向けてヴィクトが飛び掛かってくる。
カリナは杖から炎を放って迎撃した。
※※※
聖職者という肩書の割には、なかなかのパワー系の相手だ。
いや、よくよく考えると創作系の聖職者はそんな感じのキャラが多い気もするが。
「真っ向勝負はやはり、きつそうですわね」
「怯みはするんですけどね……!」
しかしフェイドの装備をもってしても、単純な殴り合いでは厳しい。
いや、かの騎士のように恵まれた体躯と優れた技能があればいけたのかもしれないけれど。
「まぁ流石に死にゲーです。滅多なことでは簡単に勝てませんね」
クラスとしては中ボスだろうが、それでもやはり一筋縄ではいかない。
リンデはハルバードを引きずりながら、ゆっくりと近づいてくる。
その様はまるで中世の処刑人のよう。
異端者を殺して殺して殺して、心をへし折らんとする猛者だ。
「でも、勝ち筋は?」
「見えました!」
火蓋を落としたかのように、リンデが走り出す。
そこへ対するはヨアケ――の分身。
惑わされるリンデはハルバードを振り回す。
「行きますよ……新技!」
シールドスキル、フライングシールド。
投擲された盾がリンデの頭部に命中する。
削られるライフとスタミナゲージ。
ブーメランのように戻ってきた盾をキャッチ。リンデのヘイトがフミカに向く。
そこへヨアケがナイフを突き立てる。
瞬間、凄まじい勢いで振り回されたハルバードが彼女を両断した。
「いいですよ、ヨアケさん!」
「暗殺無効とは厄介です……が!」
再び分身を犠牲したヨアケのナイフ投擲で、またもや標的が変わる。
今度はフミカがメイスを投げた。
そしてまた狙いが、と思いきや。
「避けてください!」
ヨアケへとハルバードを投げるリンデ。
それをヨアケが機動力を生かして回避する。
得物を失ったリンデは無防備になるかと思えば、即座に拳を握って突っ込んできた。
フミカへと。狂戦士のように雄叫びをあげながら。
銀色の盾を、ただの拳が打ち鳴らす。
一発一発が鈍器のように重い拳が、フミカのスタミナを減らしていく。
しかし、それをフミカは耐える。
その時まで。
「フミカさん!」
声掛けと共に飛来したメイスがリンデの背中に命中する。
反射的に振り返るリンデ。
地面へと音を立てて落下するメイス。
ソレを待ってましたとばかりにフミカは拾って。
「――銀の烈波!!」
フェイドシリーズをコンプリートしたご褒美。
かの英雄の必殺技を、がら空きとなった背後へと打ち放つ。
ライフとスタミナがごっそりと削れたリンデが顔を上げた時には、ナイフを構えたヨアケが、必殺の一撃を放とうとしていた。
「終わり、ですわ」
ミラ姫が遺したナイフが、リンデの喉元に突き刺さる。
大量の血しぶきと共に、ライフゲージが空となった。
※※※
「――そこまでだな」
体勢を崩していたヴィクトの首へ、炎を纏ったサーベルが迫る。
その直前、騎士の全身を防護するかのようにツタが覆った。
しかし、炎の力を得た刃の前には意味がない。
「お見通しなんだよ、クソが」
ヴィクトの首が刎ね飛ばされる。もちろん比喩表現だが、もうそう言ってしまっていいだろう。
少なくとも、カリナの目にはそう見えた。いくら部位欠損がないゲームだとしても。
「楽勝だったぜ」
「三回は死んだだろう?」
「言うなよ。向こうだってどうせ何回かは負けてるはずだって」
「もし――」
「単独で挑んでたら死ななかったとは絶対言うんじゃないぞ。で、これか?」
執務室の先には、琥珀色の水晶に覆われた花が咲いていた。
「恐らくな」
守り花。
花都フラノン、さらにその中枢であるアルタフェルド王城を守護するべく張り巡らされた、結界を起動するための魔法の装置。
その片割れを破壊するために、カリナたちは、そしてフミカたちはボスと戦ったのだ。
そっと手を触れてみると、テキストが表示される。
――守り花を破壊しますか?
カリナはナギサと顔を見合わせ、
「当然、イエスだ!」
はいを選ぶと結晶に亀裂が入り出す。
亀裂はどんどん広がって、割れた卵のように砕け散った。




