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エレメントブレイヴ4 ~新作死にゲーに閉じ込められて、困ってます~  作者: 白銀悠一


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花の神殿(後編)

 神殿内の神聖な、そして加護に満ちた空間。光が行き届いているようで、死角のようにその扉は存在した。


「十中八九……」

「ここ、ですわね」


 カンパニュラが言っていた、神殿の秘密。

 扉の先の雰囲気は、先程までの厳かなソレとは明らかに異なっている。

 呪いに満ちているとでも言えば近しいか。

 おどろおどろしく、無機質な場所がフミカの眼前には広がっている。


「空気感がだいぶ違うな」

「さっきまではハリボテで、こっちが本質ってわけか」


 いくら見目を整えたところで、真実は隠せない。

 不快さを滲ませる通路は、そう物語っているように見えた。


「誰かいます……!」


 通路の先の扉の前で、何者かが立っている。

 一瞬カンパニュラのように見えたが、違う。

 青を基調とした鎧に、かの騎士と似たような花飾りをヘルムに載せていた。


「どのような用向きで、ここへ訪れたのかは興味がない」


 静かに語る騎士は、抜剣音を響かせる。


「望むのは、その死だけだ」


 瞬間、花が咲いた。

 剣の先端に息吹いた花から、レーザーめいた閃光が飛んでくる。

 フミカは反射的に防御したが、突然重量を増した盾に困惑した。


「なッ!? 花が!?」


 盾に花が咲いている。命中した相手の行動力を奪うデバフ魔法のようだ。

 騎士は凄まじいスピードでフミカの眼前に移動してきた。

 万事休す。

 

 もっともそれは、初見かつ。

 ソロプレイでの話だ。


「させん」


 割って入ったナギサが、ブレイヴガードで斬撃を受け流す。

 騎士の背後に回り込んだヨアケが、的確にその急所を突く。

 膝をついた騎士だが、まだライフゲージは残っている。

 そこへ肉薄したカリナが、炎魔法を接射した。


「大丈夫か?」

「……う、うん」


 一時的に動けなくなっていたフミカへ、カリナが手を伸ばす。

 その手を掴んで誘われていく。神殿の秘所へと。

 

 頼もしい仲間たちに囲まれている。

 成長も、適応も、その全てが喜ばしい。

 一人のゲーマーとして、誇らしくすら思う。

 

 けれど、とフミカは気付く。思い出す。

 自分にも向上心がある、ということを。



 

 封鎖されていた扉の先に広がっていたのは、怪物に埋め尽くされた恐ろしき場だった。

 まさに、臭い物に蓋をしていたか如く。

 ただ、縦横無尽に徘徊しているのはいわゆる一般的な魔物ではない。

 

 花だ。

 花が根を足のように動かして、カサカサと歩き回っている。

 その姿には、生理的嫌悪感を抱かざるを得ない。


「なんかゴ」

「言うなフミカ」

「え、けどさ」

「言うな。ヌメってないからまだ平気とは言え……」


 とは言え、一体一体の強さは大したことがないようだった。

 これまでの戦いで得た経験値はフミカたちの血肉(レベル)となって、フィードバックされている。

 

 レベル62のフミカなら、油断さえしなければ問題なく勝てる。

 レベル65のナギサも。レベル64のヨアケも。

 レベル63のカリナだって。


「……」


 フミカは自身のメイスを見つめる。白銀に輝く、フェイドの武器を。

 この武器に不満はない。自身の戦い方も、これまでの死にゲー知識から導き出した自分なりの答えだ。

 

 でも、足りない。

 今一つ足りない。

 しかしそのピースを埋めるための機会はもう失われてしまっている。

 

 スキルの構成を間違えたのか。

 ステータスの振り方をミスったのか。

 

 一人で攻略する分には問題ない。

 でも、みんなで、パーティで戦うには……。


「……悩んでるね」

「ミリル?」


 前方ではカリナの魔法とナギサのサーベルが煌めいてる。

 ヨアケは後方でしんがりだ。

 時折分身を出して、不意を突こうとする敵を誘導している。

 

 現状、タンクの出番はない。

 その隙を見逃す手はないとでも言うように、ミリルは語り掛けてきた。


「ま、まぁちょっと……ステ振りミスったぽくて……」


 フミカがタンクを強く意識したのは、カリナと出会ってからだ。自分が盾となって、火力の高い魔法少女である彼女が敵を倒せばいいと思っていた。

 それはナギサと出会ってからも、ヨアケと出会ってからも変わらない。

 みんな初心者だったからだ。いくら強くても、頭が良くても。

 

 でももう、違う。

 いっぱしのゲーマーで、プレイヤーだ。

 ならばもはや、このビルドは……。


「もしさ、チャンスがあるならどうする?」

「チャンス……?」

「そう。チャンス。もし、選択肢があるなら。思いもよらない奇跡を、その手にすることができるなら……」


 そこに気だるげな顔の妖精はいない。

 薄暗くてよく見えないが、まるで別人のような――。


「フミカ君、ヨアケ。こちらへ来てくれ」


 ナギサに呼ばれて、フミカは我に返る。

 ミリルから距離を取るように、二人の元へ急いだ。


 


「花には養分が必要だ。我々の祖先は、神秘的な花を、額面通りのものであると心得違いをしたのだ。花が吸うのは栄養ではない。その心だ。我々は寄生されたのだ。空から飛来した、謎の種子に。だがみんな気付かない。供物を捧げなければならない竜は、確かにそら恐ろしいものだ。しかし、甘い顔をした花ほどではない。くそ、くそくそ! なぜ誰も気付かない! 私は正気だ、誰よりも! 狂っているのは貴様らなのに! 花め、花、花、花花花花花花!」


 ナギサが迫真的な演技で、ボロボロの手記を諳んじる。

 花と人々への恨み節に満ちた手記の名前は、反逆者の手記。

 傍には遺体が壁にもたれかかっていた。身体のあちこちに醜く花が生えた死体が。


「楔の花……厄ネタってわけか」

「けれど、過去作では花の力で戦ってきたのでしょう? 恩恵は確かにあるはずですわ。そうでしょう? フミカさん。フミカさん……?」

「えっ……ええ、そうですね。はい」

「おい、どうしたんだ?」


 まさに心、ここにあらず。

 急速に自らのお荷物さを意識してしまったし、ミリルの不可思議な話も妙に頭から離れない。

 

 妹によく指摘されるネガティブ思考が、ここに来て暴走状態にある。

 そして、自覚しながらもどうにもできない自分にさらなる嫌気をトッピングしながら、フミカは中身のない返事を繰り返した。


「どうもしないよ、うん」

「おい……」


 しかしカリナには通じない。


「ミリルの奴に何か吹き込まれたか? それとも……」


 カリナは親身になってくれている。

 本来は甘いはずの優しさも、ネガティブな状態では苦すぎる。


「な、なんでもない――」


 と、振り払うように先に進もうとして、


『待て――待て!』


 幻影に道を塞がれた。

 薄緑の甲冑を纏う騎士が、誰かを呼び止めている。

 

 それはまた眩しいほどに煌めく。

 銀色の鎧に身を包んだ騎士を――。


「君は正しいと思うのか? 魔女の言葉が」

「正しいかどうかはこの際関係ない。一つ言えるのは、変わらなければならないということだけだ」

「だがしかし……」

「花教の提案は受け入れられない。誰かが変えなければ。人々はもう限界だ。ミラの言っていた通りに。俺とて、いつまで正気でいられるかわからん。お前もな」

「しかし、もし間違っていたら。失敗してしまうとしたら……」

「……その時は――」


 幻影が消える。

 謎だけを残して。


「…………」

「お、おい、しっかりしろ!?」


 カリナに両肩を掴まれ揺さぶられて、フミカはようやく我に返った。


「み、見た……?」

「あ? 何をだ?」

「今の幻……あれってきっと……。先に進もう!」


 フミカはカリナから離れると、速足で先に進んでいく。

 事態が呑み込めず視線を交わすカリナたちを差し置いて。


「どういうことだよ……一体……?」

「でも、元気そうですわね」

「何かに刺激されたんだろう。劣等感がどうでもよくなるくらいの何かに、な」 




 結局のところ。

 ゲーマーを元気づける方法なんてとても簡単なのだ。

 

 与えてしまえばいい。

 嫌なこと全部そっちのけで、夢中になってしまうようなゲームを。

 

 ステージを。強敵を。勝利の美酒を。

 考察しがいのある謎を。

 

 水を得た魚のように、フミカは不気味さで舗装された通路を進んでいく。

 途中で花の怪異と出くわしたが、ハイテンションのフミカの道は阻めない。

 ナギサやカリナの援護もあって、道程には怪物たちの遺骸が転がるのみだ。

 

 猪突猛進の勢いで進んで、走って、飛び跳ねて。

 そうしてようやっと、そこに出た。


 何もない、真っ白な空間へと。

 存在するのはフミカと、幻影。

 

 銀色の手甲。銀色の足甲。銀色の胴鎧。

 銀のヘルムを被る、銀色の騎士。

 無言で佇むその騎士は、ゆっくりと得物である剣を引き抜く。


「……わかったよ」


 フミカもメイスを向けた。


「行くよ――騎士フェイド!」


 同じ鎧を身に纏う者同士の、決闘が始まった。



 ※※※



「また意識が飛んでやがる……」


 先行したフミカは、道端で倒れていた。

 カリナはその身体をそっと抱きかかえる。

 鎧越しだというのに少しドキドキしてしまうのは、もはやそういう仕様だ。


「ったく、これだからゲームバカは」

「でもよろしかったのでは? これで少しは気が晴れましたでしょう?」

「たぶん、だけどな」


 フミカは何かに悩んでいた。

 だが、寝顔は幸福そうだ。一体どういう夢を見ているかはわからない。

 

 でもきっと、ゲーム的なものだろう。

 それでフミカが元気になるなら、カリナとしても異論はない。


「原理としては、穏やかな悪夢と同じか?」

「ええ。きっとそうでしょう」


 ナギサに返答したヨアケが、壊心のナイフを取り出す。

 つまりまたもや、フェイド関連の何か。

 ハイルやオラクルが、フミカをかの騎士と誤認したように。

 フェイドの装備を持っていることで、フミカはまたいずこかへと引き込まれた。


「一人で大丈夫なのかよ」


 ハイルの時もオラクルの時も、フミカは単独では逃れられなかった。

 曰くハイルの時は恐怖にどうにかなっていたようだし、オラクルだってカリナとの連携で撃破した。

 援護なしに、フミカは正体不明の相手を突破できるのか。

 その自問に、カリナは自答した。


「愚問だったか」

「そうだな」


 いくら好きな相手だとしても、欠点や短所はある。

 これもまた、カリナが思うフミカの悪いところの一つだ。

 いつもフミカは――。


「自己評価が低いんだよ。あんなに、すごいのにさ」


 無邪気な寝顔の、頬を撫でる。

 遠方から種のような物体が発射された。

 

 カリナは即座に魔法を発動。炎の壁が種子を燃やし尽くす。

 その軌道に合わせるようにして、ナギサが弓を穿つ。

 壁を通り炎を纏った矢は、寸分の違いなく標的に命中した。



 ※※※



 自身の血が白い空間を汚して、敗北を悟る。

 離れた場所に復活して、傍に落ちている糧花を取得した。


「強い……!」


 フミカは既にフェイドに三十回は殺されている。

 流石は本作のキーキャラクターと言ったところ。

 多くの女性が恋焦がれ、あらゆる英傑に一目置かれ、怪物たちが畏怖を抱いた相手。

 

 それでも幾度なく殺されれば、行動パターンも読めてくる。

 死にゲーというのは繰り返しだ。

 

 殺されれば殺されるだけ。

 死ねば死ぬだけ、強くなれる。

 向上心さえ、持ち合わせていれば。


「うおおお!!」


 メイスを振りかぶって、突撃。

 フェイドは盾で打撃を受け止め、長剣を返してくる。

 それを盾で受けて、睨み合い。

 

 純粋な力の競り合いで、プレイヤーはボスに勝ち目がない。

 これは最初からずっとそうだ。

 だから躊躇なく後退し、空振りを誘発させる。

 

 ナギサならすかさず反撃に転じるだろう。

 ヨアケなら行動を誘導して罠に嵌めるだろう。

 カリナなら得意の反射神経と負けん気で、粘り強さを見せるだろう。

 けれど、自分は文香……否。


「フミカだッ!」


 踏み込んできたフェイドの攻撃をブレイヴガード。

 斬撃は素早く精確で、だからこそタイミングを合わせやすい。

 隙ができた瞬間に、多少のダメージを覚悟で殴る。

 

 タンクとして育ててきたステータスは、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない。

 一進一退の攻防を繰り返し、フェイドが剣を仰々しく振り上げる。


「今だッ!」


 そこへすかさずブレイヴアタック。メイスによる必殺の一撃が、フェイドのライフを大きく減らす――はずが。


「くうッ!!」


 メイスを受ける直前、フェイドは剣でしのいできた。

 しかし力負けし、剣が明後日の方向に飛んでいく。

 そのまま追撃しようとしたフミカに盾を投げつけて、後方へと退避。

 次の瞬間には、フミカの頭部へと矢が迸っていた。


「うッ!」


 反射的に防御。

 見るも鮮やかな連射が、フミカの盾を鳴らし続ける。

 スタミナをだいぶ削られたところで、フェイドが切迫。

 今度は銀の槍を取り出して、フミカの足に突き刺した。


 ――勇猛さで名を馳せたかの騎士は、あらゆる武具を自由自在に扱った。

 

 メイスのテキストが脳裏をよぎる。

 フェイドの猛攻は止まらない。

 ブレイヴガードを織り交ぜて奮闘するフミカだが、とうとうスタミナが切れてしまう。


「しまっ――ぐッ!?」


 体勢を崩した腹部に突き刺さる、白銀の槍。

 フェイドは剛腕を発揮してフミカの身体を打ち上げ、落下してきたところを刺殺した。




「く、くう~~!!」


 復活したフミカは悔しさに歯噛みして、


「カッコいいなぁ……!!」


 おしゃれな技で繰り出された死を噛み締める。

 フェイドはプレイヤー撃破後、獲物をくるりと回転させて血を払うのだ。

 

 そのモーションがとてもカッコいい。

 いや、戦闘モーション、その一挙動がイケメン過ぎる。

 ハイルやオラクルが虜になるのも無理はない。


「でも、見えてきたよ……!」


 糧花を回収しながら、佇むフェイドを見据える。

 フェイド一人と戦っていると考えるから難敵に思えてしまうのだ。

 実際には、複数人を代わりばんこに相手にしていると考えればいい。

 各種形態ごとに別種の隙ができる。そこを順番に突いて行けば勝てるはずだ。

 

「本当にすごいよ、フェイドさん!」


 たったひとりが相手なのに、まるで多数の相手と連戦をしている気分になる。

 それだけの力量、圧力が、かの騎士には存在する。


「でもね……! 私だって、多くの強敵を屠ってきたんだ! 世界を救ったのだって、一度や二度じゃないよ!」


 フミカは突進する。何度殺されようとも、諦めずに立ち上がる。

 死にゲーとは、そういうものなのだから。


「おりゃあああ!」


 長剣形態、槍形態。この二つは問題なく突破できるようになってきた。

 もう既に五十回は殺されて、その後は数えていない。

 しかしフミカの顔には、不敵な笑みが宿っている。

 

 楽しい。楽しすぎる。

 苛立ちよりも興奮が勝る。

 

 後少し。後少しで、この強敵を討伐できる。

 その高揚感が、フミカの身体にバフを与えていた。

 

 槍の刺突をしっかりと防御し、再び硬直が発生する。

 何をするべきかは考えなくても理解できていた。


「地割れ打ち!!」


 地面を抉る殴打がフェイドのライフとスタミナを削ぐ。

 そして必殺の一撃――を、今度は槍で防がれた。

 下からの打撃で、槍が遥か後方へと飛んでいく。

 

 カウンターの蹴りを、ギリギリのところで防御した。

 そして、フェイドは新たなる得物を取り出す。


「メイス……!!」


 フミカがその手に持つものと、同じ武器を。

 まるで木の棒でも振っているような軽快さで、人体を圧殺できる武具を使いこなす。

 

 同じ武器を使っているはずなのに、まるで別物のように感じる。

 防御するのが手いっぱいだった。


「けれど!」


 それでも、フミカだって無意味にメイスを使っていたわけではない。

 そのレンジ、モーション、ダメージ。

 全てに見覚えがある。体感している。

 ゆえに、剣や槍形態の時よりも、ついていけている。

 

 的確に防御と回避を繰り返すフミカに、埒が明かないと判断したのか。

 或いは、そういうプログラムか。

 フェイドは突如としてメイスを掲げた。


「何……!? でも――!」


 このチャンスを逃す理由はない。

 肉薄したフミカは棒術スキル――破砕殴打を発動。

 メイスの凶悪な一撃に、銀の鎧は打ち砕かれる……。

 だが、胴に直撃を受けたフェイドは耐えた。

 

 ライフは尽きているはず。

 それでも彼は死ななかった。

 

 不動のまま、変化が起きる。

 メイスが光り輝いているのだ。白い空間全てを塗りつぶしてしまうかのように。


「なッ――!」

『我が奥義、受けてみよ。その勇気を持ってして』

「う、うわあああああッ!?」


 瞠目するフミカに、メイスが振り下ろされる。

 銀の輝きによる爆発が、フミカの身体を打ち砕いた。




「うーん……また負けた……」

「お、ようやく起きたか」

「うん……うん? え?」


 目を開いて、起き上がる。

 そしてゴチン、という音が響いた。


「いったぁ!?」

「いきなり起き上がんじゃねえ!?」


 カリナの頭に頭突きをお見舞いしたフミカは、くらくらする頭を押さえて、


「く、暗い……? あれ、戻ってきた?」


 花の神殿、その深部へとフミカは舞い戻ってきていた。


「フェイドさんは……?」


 答えを求めるようにヨアケを見る。しかし、彼女はいつもの如く微笑むだけだ。


「どうやら倒したようですわね」

「倒したって言うか、負けたって言うか……」


 倒し切れず、初見の技でやられてしまった。

 とにかくおしゃれでイケメンで、カッコいい技だったのは覚えている。

 けれどあれは一体……と考察しようとした瞬間、通知が来た。


「フェイドの兜が……二つ?」


 アイテム欄に、新しい装備が表示されている。

 どちらとも名称はフェイドの兜。

 

 だが画像は異なっている。

 片方はフルフェイス。

 もう一方はオープンタイプだった。

 

 単なるバージョン違いであり、好みによって変えられるようだ。

 性能に違いはない。


「どうかしたのか?」

「いえ……装備が……」


 唐突に入手した、フェイドシリーズ最後の防具。

 その項目をじっと見ていた瞬間に、ゲーマーとしての勘が働いた。


「もしかして……!」

「おいまた!」


 カリナの制止も今ばかりは届かない。

 無我夢中で疾走して、再び暗黒に囚われる。

 

 雰囲気はまさに、恐怖で震えた穏やかな悪夢そのもの。

 さらには、フミカの周囲を何かが蠢いていた。

 

 死にゲーにおいては、迂闊な前進は死を招く。

 経験則で知っているフミカはしかし、あえてメニューを開く。

 頭部の装備が変化する。

 名無しの兜から、フェイドの兜……そのオープンタイプに。

 

 その隙を見逃す敵ではない。

 無防備に自らのテリトリーに迷い込んだ、愚かな人間を、容赦なく血祭りにあげていく……。


「うおおおおおッ!!」


 刹那、光が闇を祓った。

 フミカを蹂躙せんとした花の異形は、糧光だけを遺して吹き飛んだ。

 その中心で、メイスを振り下ろしていたフミカは呆気を取られていた。


「おいどうした今の爆発――」

「やっ……た……?」

「は? だから――」

「やった、やった、やった――!!」


 追い付いたカリナの問いには答えず、フミカは小躍りを始めた。

 飛んで、跳ねて、ジャンプして。全身で喜びを表現する。

 歓喜と共に脳裏をよぎるのは、とあるスキルのテキスト。

 

 装備をフェイド一色に染めた瞬間、使用可能になった必殺技。

 ――銀の烈波。


「これで私も……!! やったあああああ!!」


 しばらくの間フミカの大興奮は続いた。

 呆れるカリナたちを差し置いて。



 ※※※



 騎士には到底理解できそうになかった。

 なぜそこまで。

 ただその疑問が頭をもたげるだけだ。

 しかし破滅的に聞こえる男の言葉は、誰よりも希望に満ち溢れていて。


「その時はきっと、誰かが継いでくれるだろう。勇敢な、誰かがな」


 力強い足取りで、銀の騎士は先へ進んでいった。

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