表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレメントブレイヴ4 ~新作死にゲーに閉じ込められて、困ってます~  作者: 白銀悠一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/37

竜塵砂海(前編)

 何度殴られようとも、諦めようと思ったことはない。

 勝つことしか頭になかった。

 他はどうでも良かった。

 

 喧嘩をするのは、勝ちたいからだ。

 負けるためにするやつなんて、いはしない。


「く、くそ……あちぃ……」


 降り注ぐ太陽光が。

 背中に纏わりつく砂が。

 カリナの全身を、燃やしてくる。

 

 このゲームで、こうして天を仰ぐのは二度目だ。

 一度目は風紀委員……ナギサとの決闘で。

 そして、今回は――。


「その程度か? お前の闘争心は」

「チッ、うるせえ!」


 カリナは砂を踏みしめて立ち上がる。

 視線の先には、外套で全身を覆い、拳を握りしめる戦士がいる。



 ※※※



「最近の夏ってすごい暑いですよね……」

「そうだな」

「でも、ゲームって、暑さを感じない素晴らしい趣味ですよね」

「そうだな」

「でも、なんで……なんでっっっ!」

「どうした? フミカ君?」

「どうして――こんなクソ暑いんですかぁ!!」


 フミカの絶叫が響き渡る。

 草木の生えない、砂漠の真ん中で。


「無意味に叫ぶな。気力を失うぞ」

「でも、でも……! おかしい、おかしいですよ! ゲームってのは、夏はクーラーでキンキンに冷えた部屋の中で! 冬はほっかほかにエアコンで暖められた部屋でやるもんなんです! なのに、これはどういうことですか!? 灼熱じゃないですか!?」

「ごちゃごちゃ言うなよ。余計に暑くなる……」


 隣のカリナも、暑さに参っているようだ。

 こういう時に窘めてくれるヨアケは、珍しく微笑んだまま何も言わない――かと思えば。


「ふふ、ふふふ……溶けます」

「おっと」


 ダウンしかけたところを、ナギサがすかさず支えた。

 よく見るとその顔は真っ青だ。不滅の身であるため死にはしないが、不快感はそのままらしい。


「せめて暑さを和らげるとかできないの? ミリル!」

「我が儘だね。ボクにそんな力があると思う?」


 気だるげに応じる妖精。思い返されるのは、咎人牢墓での一幕。

 不思議な力で最強魔法を行使したミリルの姿だ。


「みんな好き勝手言ってくれちゃって……」

「ミリル?」

「ううん。なんでもない。無理なものは無理だよ」


 取りつく島もない様子できっぱりと否定されてしまった。

 つまりこのまま耐えねばならないということ。

 この灼熱地獄を。


「ゲームなのに……ゲームなのにっ!」

「鎧を着てるから暑いんじゃないのか?」


 エレブレシリーズに体温の概念はないが、見た目からして暑苦しいのは確かだ。

 フェイドの銀の鎧は太陽光を乱反射して、ビカビカに輝いている。


「確かに!」


 フミカはメニュー画面をポップさせ、装備画面へと移動。

 鎧を選択したところで、カリナと目が合った。


「……や、やっぱいいかな。敵も出てきますし」

「おう……」

「なんだ。気付いていたのか」

「え?」


 きょとんとするフミカと、訝しむカリナ。

 ぐったりと微笑むヨアケを支えるナギサは、さも当然とばかりの口調。


「ん? 違うのか? 今に出てくるぞ。ほら」


 予言でもしてるかのように。

 ドゴン、と轟音を上げて砂がばら撒かれた。

 何かが地面から這い出てきた。

 そう認識した瞬間に、細長い何かは飛び掛かってきた。


「わッ!?」「なッ!」

「ふむ」


 唯一反応したナギサが、サーベルを投擲。

 抜き身の一撃が頭部に突き刺さって怯む。ようやく全貌を視認できた。


「トカゲか!?」

「いやドラゴンだよ……!」


 ステージの名前で予期はしていたが、まさか砂中から出てくるとは。

 投擲を受けた小柄なドラゴンは砂上に落下。フミカ&カリナの連携攻撃で、反撃すらできず沈黙した。


「ドラゴンの棲み処ってわけか。ここが」

「そうだね。ヨアケさんはどう――」


 思いますか? とは聞けなかった。

 微笑みながら硬直している。溶けて、しまっている。

 完全無欠に見える生徒会長の、新しい一面だ。


「意外か? ヨアケは昔からそうだぞ。暑いのも無理ならば、寒いのも苦手だ」

「そうなのか? けどよ、学校で見た時は……」

「痩せ我慢だ。光明院家の跡取りとして、また才能に恵まれた、資質ある人間として、あらゆる人間の理想形……憧れのように振る舞わなければならない。と、彼女は自らを定義づけている。だから、例え本心では嫌だったとしても、彼女はそんな素振りを見せない。普段ならばな」

「でも……」

「ふっ」


 ナギサは嬉しそうに笑うばかりだ。

 しかし今のままでは考察を進められない。

 加えて敵の位置も、数もわからない。シチュエーションは虫沼の楽園と酷似しているが、安全地帯がわかり辛いという点ではこちらの方がハードだ。


「案ずることはない。敵の出現位置も数量もある程度は把握できている」

「どうやって?」

「聞こえるだろう?」


 しばしの沈黙。


「新手の冗談か?」

「逆に聞くが、わからないのか?」

「わかるわけないだろ! レーダーかお前は!?」


 カリナのツッコミには同意したいが、今は有難い。

 それに、ここまで突き抜けてくれると一周回って楽しくていい。


「でもどうします? ヨアケさんがこれじゃ。というか、私ももう……」

「あたしも正直言ってキツイぜ。なんつーか、体感的にな」

「だらしがない、と言いたいところだが。不快なのは否定しない。ヨアケもこの状態だしな」


 目につくのは岩ぐらいで、広大な砂漠の海が目の前に広がっている。

 体力は平気でも、精神的に削られる。

 精神力を試される死にゲーで、精神をやられるのはまずい。


「どこかに避暑地は。おい、ミリル」

「見てくるのはなし」

「……ひょっとしてお前も暑いのか?」

「ボクは平気だもん」


 と言うミリルも心なしか覇気がない。

 脳内で危険信号が点灯している。たかが暑さ。されど暑さ。

 例え熱中症にならなくとも、動けなくなってしまえばゲームをクリアできない……!


「ふむ。妙だな」

「……どうか、しました?」


 喋るのも億劫になってきたフミカに、ナギサは右斜め先を指し示した。


「敵の動きのない場所がある。静止しているのか、そもそも存在しないのか。いや、後者の可能性が高いな」

「安全地帯……か?」

「それに、微かにだが。水音のようなものが――」

「失礼します!」


 ヨアケの装備品から双眼鏡を借りて、指された方角を確認する。

 見えたのは色鮮やかな緑色。そして……。


「オアシスだぁ!!」




「あぁー生き返るぅ」

「なんかおじさんみたい」

「なんでもいいよ。気持ちいいー」


 フミカは浸かっていた。砂漠に突如として現れた楽園。

 オアシスの泉に。

 

 ミリルの指摘通り、その姿は温泉でリラックスするおじさんそのもの。

 しかして、そんな外聞などどうでもいい。

 それだけの極楽さだった。それに、そんなことを言っているミリルも泉で身体を冷やしている。


「結局暑かったんじゃん」

「うるさいな」

「プールとか大嫌いだったけど、こういうのはありかもねえ」

「プールサイドにいると暑い暑いって言うくせにな」

「カリナ。ヨアケさんは?」

「泉に放り込んだら復活した。ほら」

「ご迷惑をおかけいたしました……」


 いつになくしおらしいヨアケの姿はまたまた新鮮だ。

 それを満足気に見つめるナギサ。

 彼女も泉の冷たさを堪能している。下着姿で。


「ぬ、脱いでるんですね……」

「君も鎧を脱いではどうだ。足を踏み外して溺れかねんぞ」

「そう、ですね」


 ちら、とカリナへ目線を移す。カリナはそっぽを向きながら魔法少女チックな衣装を外した。スレンダーな肢体が露となる。


「まぁ、温泉みたいなもんだし……」

「つまり冷泉ってことだね」

「とどのつまり、ただの泉ではないでしょうか。ふふふ」


 ヨアケもまた暗殺者風の装備を外す。

 そして、豊満な身体つきが披露された。着衣の上からでも大きいと思っていたのに、実際には、かなり……。

 キャラクリで、多くの人間がうっかり高くしてしまうであろう項目が、天然自然に育成されている。


「……チッ」

「か、カリナ?」


 不機嫌な舌打ちを久しぶりに聞いた。戦々恐々とするフミカを、ナギサが押しのける。


「あ? なんだよ――おわああああ!!」


 絶叫するのも必然だ。ナギサが右手で作ったピースサインが、カリナの両目に突き刺さったのだから。


「何すんだ!?」

「目潰しだが?」

「行為を聞いてんじゃねえ! なんでしたかって聞いてんだ!」

「見るんじゃない。見世物じゃないぞ」

「べ、別に見てねーし! お前の貧相な胸なんて――」

「私は貧相ではないし、そもそも私の話ではない」


 そう言うナギサのサイズは確かに、標準より少し大きめと言ったところか。

 彼女が気にしているのは彼女自身ではなく、遮った視線の先で微笑む主だ。


「アホか! 別に見てねえ! というかなんだよ。彼女の姿を見るのは自分だけの特権ってことか?」

「当たり前だ」

「っ!?!?」


 ぼじゃん、とヨアケの方から水音がした。


「う、うおおう」


 冷静に、平常心で。とんでもないことを告げるナギサは、胸を堂々と張り、


「ヨアケの肉体美は一言で言い表せない。そんな人間国宝級の身体を拝見したいのならば、それ相応の資格が必要だ」

「でも私はいいんですか?」

「君からは邪念を感じないからな」


 なぜかフミカはセーフらしい。邪念ならば、人並みに持ち合わせているのだが。

 それでも確かに、尊敬する生徒会長にそんな邪な気持ちは抱かない。

 けれど、それはカリナも同じでは?


「あたしだって別に変なことは考えてねえよ!?」

「嫉妬も立派な邪念だぞ。いくら胸が小さいとは言え――」

「売ってるな? 喧嘩売ってるよな!? 買ってやるぜ上等だ!」

「いいぞ。何度でも相手になろう」


 喧嘩の火蓋が落ちて、水の掛け合いが始まった。

 巻き込まれないよう距離を取ったフミカは、ヨアケに話しかけようとして、気付く。

 ヨアケは顔の下半分を沈ませてブクブクと泡を立てていた。顔が赤い。


「ヨアケさん?」

「ちょ、ちょっと暑いですわね。困ったものですね……」


 ほてりが鎮まるまで、ヨアケはずっとそうしていた。

 息継ぎを繰り返しながら。



 ※※※



 好都合の光景。

 意図して設定したものではなかったが、彼女たちは水浴びを満喫している。

 この楽しさもまた、現実では味わえないものだろう。

 

 砂漠の真ん中で水遊び、なんてやろうと思ってやれることではない。

 ヨアケの財力なら不可能ではないだろうが、率先してやろうとは思わないはずだ。

 

 この体験もまた、フミカたちの脳に刻まれる。

 その思い出は、彼女たちを侵食する。

 

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。

 五感を通し、記憶中枢である海馬へと記録される。


(うまく、いってる。計画通り……)


 ナギサの水鉄砲を食らったカリナが、手を激しく動かして水を飛ばしている。

 フミカとヨアケはエレブレ4の話で盛り上がっている。

 ミリルの身体は、心地の良い泉のひんやり感を味わっている……。

 

 首を横に振って、集中する。

 ゲームも中盤だ。もう少しで終盤に差し掛かる。

 何も問題はない。全てうまく行っている。自分の才能が恐ろしくなるくらいに。

 

 笑えばいい。嘲笑えば。

 この泉のように冷たく、笑ってしまえばいいのに。


「おーい、ミリル!」

「……なに?」


 フミカに呼ばれて、ぶっきらぼうに応対する。


「ちょっと話そうよ。エレブレについてさ。ミリルも知ってた方がいいでしょ?」


 フミカの言葉には一理ある。


「それも、そうか。わかった。いいよ」


 ミリルは、水を温くするほどの熱量で語るフミカのエレブレ談義に加わった。


「で、本当に酷かったんですよ? 信じられないクソボスでした! ひたすら落下死を狙うという姑息な戦法を使うボスでして――」


 思い出は刻まれる。

 誰の胸にも、平等に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ