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シミュラクラ現象

作者: 舌先三寸

友達の家に行ったときのこと。

壁に顔の輪郭のようなものが描かれていた。

「なんでこんなところに顔の輪郭あんの?」

質問してみた。

「あぁこれね?」

友達は言う。

「ここと、ここと、ここの点だけ見るとまるで顔みたいだろ?だから輪郭を描いたんだよ」

僕は、彼の言ってることが理解出来なかった。

「?あー…つまり、なんだっけあれ…あの……」

「「シミュラクラ現象」」

ハモった。少しニヤニヤする。彼もニヤニヤした。

「点が三つあって顔に見えたから輪郭を描いたのか」

「そうそ」

「なんでまたそんなことを」

こいつは確かに、若干抜けてる不思議で不可解なやつだが、ここまで意味不明な行動は今までしてこなかった。はずだ。多分。

「まぁ………ノリ?」

「んだそれ」

「ノリはノリだよ。なんかここに輪郭描いたら面白そうだな~って、思っただけ。ホントに」

友達は笑いながら答える。

そう言われて、壁に描かれた輪郭と、元々存在していた三つの点を見てみた。

まるで垂れ目みたいな楕円の点が二つ。ムンクの叫びの口かのような縦長の点が一つ。

それらを囲むシャープな輪郭。

ずっと見ているとなんだか吸い込まれてしまいそうで、思わず目を逸らした。

面白くは、なかった。


シミュラクラ現象。

点が3つあると勝手に脳が顔だと思う錯覚のことを指す。それ以上でもそれ以下でもない。ただ錯覚するだけの現象。

だから君は。

何をしてるんだ?


再び、その友達の家に行く機会があった。

大体おおよそ一年ぶりなので、お土産を持って、なんて挨拶しようかと考えながらそいつの家へと向かう。

時刻は大体午後八時。

道中、壁に描かれていた輪郭のことをなぜかふと思い出した。はたしてあの輪郭はまだあるのだろうか。まだ彼はあの輪郭を面白いと思って残してるのだろうか。

もし残っていたら、彼になんて言ってやろうか。そんなことも考えているうちに、いつの間にやら。

彼の家の前に着いていた。

木造の小さなマンション。

205号室。

そのドアの前に、立つ。

立った時から、なんだか嫌な予感はしていた。

妙に異様な、空気を感じていた。


ピーーーンポーーン。


インターホンを鳴らす。

「お前か!入れ入れ!」

友達の声。

まだ普通。

ドタドタ。

ガチャ。

鍵を開ける音。

まだ普通。

ドアノブに手をかける。

深呼吸。

息を整え。

まだ普通。

警察が押し入る時のように。

おもいっきり。

ドアを。

開けた。

「よぉ~久しぶりだな~一年ぶりぐらいか?」

汗が、首筋を伝った。

言葉が出なかった。

回れ右をして。

帰り、たかった。

「どうした?辛気くせぇ顔して」

まるで垂れ目みたいな楕円の点が二つ。

ムンクの叫びの口かのような縦長の点が一つ。

俺の友達の顔は。

一年前に見た点になっていた。

バタン。

そっ閉じ。

状況が理解できない。

どういうことだ?点?顔が?点?

意味が分からない。

分かりたくもない。

ガチャ。

再度開く。

「いやなんで閉めたん!?」

友達が(おそらく)どういうこと?という顔をして俺に詰め寄る。

「あ、あは…ごめんごめん。ギャグだよギャグ」

親友に対して一つ言えることがあるとするならば。

「ちょっと何言ってるかよく分かんないです」

人間では、ない。

「なんでわかんねぇんだよ」

それぐらいだろう。


「乾杯~」

「か、かんぱーい」

慣れない。

慣れない。

慣れたらおかしい。

慣れるな俺。

なんで、顔が点になってるんだ。

なんでこいつは自分の顔についてなんとも思わないんだ?

グラスに入った酒を少し飲む。

部屋を見回す。

ところ狭しと、壁に輪郭が描かれた。

部屋を見回す。

シャープな輪郭。

太ってる輪郭。

四角い輪郭。

多種多様。

同じ輪郭が一つとしてない。

異常。

異常だ。

狂ってる。

「輪郭…増えたな」

誰しもが抱く感想を言う。

「そうか?」

誰も想定してない答えが返ってきた。

「俺は普通だと思うけど。なぁ。お前もそう思うだろ?マコト」

ゴホッ!!ゲホッ!ゴホッ!!

────むせた。

「ちょっ。大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫。全然。うん」

何度かの咳払いを重ね、肺はどうやら正常な働きを取り戻したようだった。

「変なところ入ったか?」

「まぁ、そんなところ」

実際は違う。

むせた理由は別にある。

さっきこいつが言ったマコトという名前。

俺の名前では断じてない。

おそらく、壁に描かれた少し四角目の輪郭をしたやつの名だ。

「なんだ、あんたもかよエミ。やっぱ俺ら気が合うなぁ」

そしてエミと呼ぶ隣にあるシャープな女性っぽい輪郭を指でなぞり。

「こいつめ。可愛いなぁ」

描かれたロングヘア(なぜかその輪郭だけ髪があった)を指の腹で撫でた。

両者は超至近距離。

まさか。と思った。

そんなことするはずがない。さすがに、いくら異常でも。そんなことは。

「悪い子は、口で黙らせるしかないな」

そんな聞いてるだけで共感性羞恥で死んでしまいそうなキザで痛いセリフを平然とさらさら吐きながら、友達はどんどん接近していく。

チュッ。


─────やった。


キス。

しかもディープな。長時間の。

壁を舐める友達。

それを見る俺。

「なぁ」

決意を固めた。

「………んあ?」

「ちょい外の空気吸ってくるわ」

「お、おぉ。そうか。いや、ごめんな。惚気っつうか見苦しいところ見せて」

申し訳なさそうな顔をして友達は謝ってきた。

「いやぁ全然大丈夫。俺は席外すからさ、ね?」

出来る男みたいに、ウィンクした。

「ありがとう…!」

友達は感謝して、再び壁の輪郭とイチャイチャし始めた。

俺は、静かに自分の荷物を全てまとめ。

廊下を歩き。

鍵を開き。

ドアを開け。

閉め。


逃げた。


走った。

一分でも、一秒でも、一歩でも早く。

逃げ出したかった。

そうして。

彼のマンションが遠くに見えるところまで走り、振り返った。

彼は追っかけては来なかった。おおよそ輪郭…エミとやらと愛を育むことに夢中になっているのだろう。

そのことにとりあえずの安堵を覚えつつ、あとは歩いて帰路についた。

俺の頭上を、おそらくは月と星が瞬く。

決して星空は、見なかった。


件の事件からというもの、俺はあいつの家に一度も行っていない。

なぜあいつの顔は点になったのか。

なぜ輪郭に恋愛感情を持ったのか。

そもそもあの現象はなんなのか。

謎は尽きないし、考えればキリがない。

けれどもまぁ。

あいつはそれなりに幸せそうだし、これでいいのだろう。

触らぬ神に祟りなし。

もしかしたら俺だって、ああなってしまうのかもしれないのだから。

それに。

君もね?




















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