新たな扉
ノスタに向けて出発する――前にも一悶着あった。
こちら側に、ではない。あちら側――顔に傷跡のある男性とその仲間たちに、である。
ジャスマール伯爵家の当主と嫡子の前まで、誰が俺たちを連れて行くか、で揉めた。
別に全員でも構わないのだが、顔に傷跡のある男性とその仲間たちが主張するには、全員でなくてもいい、一人だと怪しくなるが二人で行けば大丈夫、というものだった。
……そうか?
首を傾げると、「本当です! 本当に大丈夫なんです!」と頭を下げて懇願される。
こちらを騙そうとしている雰囲気はない。必死しかない。
なんというか、俺たち――というよりは、アイスラとアトレと共に居たくない、という思いが透けて見えた。
チラチラと二人の様子を窺っているし。
心が折られて、その折った相手である二人とは一緒に行動したくない、居たくない、という印象を受ける。
本当に何をしたんだ? と視線で問うが、笑顔が返ってくるだけだった。
しかし、考えてみれば、別に二人でもいいか、とも思う。
ノスタまで移動するにあたって、顔に傷跡のある男性とその仲間たち全員を加えて向かうとなると、馬車は御者台を使ったとしても窮屈になるのは間違いないし、賊の馬が放置だったのでそれに乗って付いて来いだと逃げ出すかもしれないからその場合がかなり面倒になる。
上手く馬車と馬で分けたとしても……逃げ出す好機を与えることになりそうだ。
なら、同乗は二人に絞るというのも悪くない。
「わかった。二人を連れて行く」と告げると、顔に傷跡のある男性とその仲間たちは、誰もが自分が残るからお前が行け、と仲間内で言い争いを始めた。
なんか……醜い争いである。
手も出始めて中々終わりそうにないため、こっちで指名した。
顔に傷跡のある男性と、青い髪の男性、である。
この場に残る三人には、アトレに新たに頑丈な檻を作ってもらい、その中に入るように言ったのだが、三人は自ら進んで檻の中に入り、ホッと安堵していた。
それでいいのか、と思わなくもない。
顔に傷跡のある男性と青い髪の男性が、ずるいぞ! と射殺さんばかりに三人を見る。
お前たちもそれでいいのか、と言いたい。
―――
顔に傷跡のある男性と青い髪の男性も加えた全員で馬車に乗って、ノスタに向けて出発する。
できれば本日中に着きたいので、急いでもらう。
「お任せください」というアトレが頼もしい。
……わかっている。アイスラにもできることは知っているから。
だから、発する圧力を緩めて欲しい。
顔に傷跡のある男性と青い髪の男性が伏して怯えているので。
視界に入れなければいいだけの話だが、見張りも兼ねているので眼を離す訳にはいかないため、どうにも気になってしまうのだ。
発する圧力を少しだけ緩めてもらい、そろそろ陽が落ちそうだという頃に、進んだ先にある町の姿が見えた。
顔に傷跡のある男性と青い髪の男性に聞くまでもなく、ラウールアからあれが向かっていた町――ノスタであると教えられる。
このまま向かえば、陽が落ち切る前には着きそうだ。
アトレの馬車の扱いが上手いのもそうだが、馬車を引いているのは二頭の馬も相当頑張ってくれたようである。
ノスタに着いたらしっかりと休んで欲しい。
そこで気付いて、「……あっ」と漏れ出る。
「……さすがに、このままというのはマズいか?」
せめて、捕まっていますよ、という体裁を整えた方がより真実味が増すというものだ。
確かに、とラウールアも同意。
だが、見た目でもわかりやすい首輪はもうない。
なら、簡単に外せるように縛ってもらうのが一番いいと思う。
なので、アイスラにお願いしてみたのだが――。
「……はあ……はあ……ボソッ(あ、ああ……だ、駄目。何か、いけない扉を――開けてはならない扉を開いてしまいそうな気が……このままだと道を踏み外してしまいます……いや、それはそれで悪くないような気も……しかし……)」
肩掛け鞄から取り出した縄を渡して、いざ縛ろうとしたところで動きが止まった。
普段乱れることのない息が乱れているようにも見える。
頬も赤いような……。
う~む……考えられるような理由としては、アイスラは母上専属のメイドであるし、母上の子である俺に対して芝居であろうとも縛るというのは抵抗があって、それに抗っている――といったところだろうか。
見れば、ラウールアが縄を持って、アトレに同じように願い出ていたのだが、当のアトレはアイスラと似たような反応をしていた。
どうしたものか――と思ったが、試しに相手を変えて、俺がアトレに、ラウールアがアイスラに願い出ると、すんなりと両手が縛られる。
もちろん、縛られているのは形だけで、握った拳の中に余った縄があって、拳を開けば縄に余裕ができてするりと抜けられるようになっていた。
これで大丈夫だろう……俺とラウールアには。
しかし、アイスラとアトレは、互いに自分は自分でできるからやってあげます、と取っ組み合いを始めようとしたので、「自分でできるのなら自分でしろ」と止める。
なんとなくだが、二人が互いにやった場合、どちらも相手には簡単に解けない縛り方をして、「そんなのも解けないのですか?」とか言いそうな気がした。
アイスラは大人しく自分で縛る。アトレも自分で縛りながら、器用に御者もしていた。
そうしている間に、ノスタに辿り着く。
さすがにヘルーデンほどではないが、ノスタは大きな町だった。
ここでなら、補給物資を十分に確保できると思う。
門番に止められたが、顔に傷跡のある男性と青い髪の男性が上手くとりなして、ノスタの中にすんなりと入ることができた。
ノスタの中を馬車が駆けていく。
馬車の中からこっそりと様子を窺うと……外からは見えなかったが、ノスタの雰囲気は良くない。
近くで「魔物大発生」が起こっているので、それに対する警戒かと思ったのだが……見た印象だとそれだけではなさそうだ。
離れているところで起こっていることに怯えているだけではなく、近くのことに警戒しているような――そんな印象を受ける。
ジャスマール伯爵家の当主と嫡子が睨みを利かせているのかもしれない。
そう思った。
そうして馬車は大通りと思われる道を進んでいき、多くの兵士によって守られている大きな屋敷へと辿り着き、門番の時と同様に、顔に傷跡のある男性と青い髪の男性が上手くとりなして、屋敷の中へと入る。
さてと、さっさと潰して補給物資の確保だ。
作者「んんん!(アイスラ、アトレによって首輪を嵌められ、縛られる)」
アイスラ&アトレ「「……何も感じませんね」」
作者「確認するためだけにしないで欲しい!」