始まった
――ゴーンゴーンゴーン、と激しく叩く鐘の音が響く。
それで目覚めて、窓から外を見れば、空はまだ薄暗く、陽が昇り始めようとしていた。
視界は良好とは言えないが、まあ見えなくはない。
町中を駆けて行く冒険者、騎士、兵士たちが見えた。
アイスラがこの部屋に向かって駆けて来ているのを感じる。
「魔物だあ! 大量の魔物が森から出て来たぞ~! 魔物だあ! 森から出て来たぞ~!」
それを繰り返す大声が外から聞こえてきて、状況を理解した。
眠気は一気に吹き飛び、出る準備を直ぐに整えて部屋の外へ。
アイスラが来るのが見えた。
「(もしなんらかの手違いでジオさまがまだ居眠り中であったならば、緊急事態ということで扉を破壊しても許されるはず。倍額弁償でも問題ありません。しかし、破壊音でジオさまが目覚める可能性があります。その前に高速移動でベッドに潜り込んでしまえば事後のように見えて既成事実に――いえ、眠っていてもジオさまであれば普通に迎撃してくる可能性がありますね。いえ、ジオさまと私の絆であれば受け入れられ……あっ)ジオさまも起きられましたか」
「鐘の音と外から聞こえてくる喧騒で起こされた、というのが正しいかな。それでも、アイスラの方が早く起きていたようだけど」
「(どこかの誰とも知らない女性がジオさまに夜這いをかけたとしても直ぐ気付けるように)常に気を張っていましたので」
「なるほど。さすがアイスラだ。頼りになる」
きっと、「魔物大発生」が近いということで、いつも以上に気を張っていたと思う。
見習わなければな。
アイスラを伴って食堂に下りる。
人が居ないと思ったが、シークさんとサーシャさんが起きていて待機していた。
「二人も起きていたのか」
「どうにも嫌な予感がしていてな。少し前に起きてしまった。前の職業の癖がまだ抜けていない、といったところだ」
「そう悪いことでもないだろう?」
「まあな」
「それで二人は……ああ、ハルート待ちか。この騒ぎだから直ぐ起きてくると思うが、強くなっているとはいえ、まだ未熟でもあるので、ハルートのことを頼む」
「ああ、任せてくれ」
「あっ、それと、ハルートに伝えておいてくれ。いざという時は持てる力をすべて使え、とな」
宿屋「綺羅星亭」の中から多くの人が動く気配がしたので、あえて濁した言葉を伝える。
この場に居ない人には聞こえていないと思うが、念のためだ。
これで伝わるだろう。
シークもわかったと頷いたので大丈夫だ。
伝えるべきことは伝えたので、宿屋「綺羅星亭」を出る。
外は、宿屋「綺羅星亭」の中で見た時よりも、冒険者、騎士、兵士たちが動き回り、戦える者には準備を急がせ、戦えない者には家か出ないように、あるいは避難場所への移動を促す声がけもしていた。
「まずは様子を見に行くか」
「そうですね。ヘルーデンを囲む壁の上から見るのがいいかもしれません」
アイスラの意見を採用して、ヘルーデンを囲む壁の上に向けて移動を開始する。
特に止められるといったことはなかった。
冒険者はアイスラを知っているようだし、騎士、兵士は辺境伯の城によく入る俺とアイスラを見ているから、不審者と思われることはないからである。
もしくは、ウェインさまとマスター・アッドから、何かしらの指示が出ているか。
どちらにしろ、急いでいる今、止められないのは助かる。
ヘルーデンを囲む壁の上にも直ぐ上がることができて、様子を窺う。
ヘルーデンと「魔の領域」である森の間にある平原で、既に戦いは始まっていた。
まだ空は薄暗いため、視界確保のために平原は松明や魔法の光で照らされている中、森から次々と出てくる魔物を相手に、冒険者、騎士、兵士――ヘルーデン混成軍が戦っている。
押しているのは――ヘルーデン混成軍の方だ。
始まったばかりであるし、余力があるからだろう。
今は、戦いの場となっている平原を駆け回り、戦いの邪魔になりかねない魔物の死体を回収、あるいは負傷した人を運んでいる、兵士っぽい人たちが一番大変そうだ。
ヘルーデンを囲む壁の上にも、ヘルーデン混成軍が一定間隔で待機している。
今のところは壁の上から森側に向けて矢を放ち、魔法を撃ったりと、魔物の出鼻を挫く、あるいは運良く倒せればいいな的な攻撃を行っていた。
本領発揮は、現れるかもしれない空を飛ぶ魔物が現れた時だろう。
あと見えるのは、どこかに集中しているという訳ではなく、森の広い範囲から魔物が出て来ている、ということか。
それこそ、ヘルーデンの左右からも飛び出してきているため、ヘルーデン混成軍も広がって戦っている。
でも、これは悪いことではない。
広範囲であるからこそ、周囲の味方を気にせずに戦える場所が確保できているのである。
とりあえず、まだ様子見できる段階だが、俺も行動を――と気付く。
そういえば、ウェインさまとも、マスター・アッドとも、俺とアイスラはどう行動すればいいのか聞いていない。
あと、「魔物大発生」が始まったから駆けてきたので、ラウールアとアトレのことを忘れていた。
俺と行動を共にすることになっていたから、こちらが勝手に動くと自分たちが動けなくなると、怒っているかもしれない。
………………。
………………。
ヘルーデンの門の方に行くか。
宿屋「綺羅星亭」に居ないとわかれば門の方に来るだろうから、そこで合流できると思う。
そう考えて、ヘルーデンを囲む壁の上から下りると、門の方へ向かった。
―――
ヘルーデンの門は――開かれていた。
といっても、魔物に破られた訳ではなく、負傷者の運び込みや、疲労して退いてきた者やパーティと直ぐに交代とするために待機しているヘルーデン混成軍などのために、開けておく必要があるという感じである。
もちろん、ヘルーデン混成軍の多くが守っているので、そう簡単に抜かれるということはないだろう。
ただし絶対に抜かれないという訳ではない。
いつでも閉められるようにはしているはずだ。
そういう訳で、門の近くにはいくつものテントが張られ、ヘルーデン混成軍が忙しくなく動き続けている。
張られたテントの中で一番大きなテントには、作戦本部的な雰囲気があった。
そこに、マスター・アッドを見つける。
冒険者だけではなく、騎士や兵士にも指示を出していた。
近付いて声をかけようとしたら先に声をかけられる。
「来たか」
「ああ。来た。状況は?」
「始まったばかりだからな。良くも悪くもない。これからの踏ん張り次第だ。それで、なんだってここに?」
「そうか。ここには指示を仰ぎにきた。その辺りの話をしていなかったからな」
「ああ、なるほどな。そうだな……お前たちの好きにしていいぞ」
マスター・アッドは少し考えて結論を出した。
「好きに? 遊撃ということか?」
「ああ。お前たちは下手にどこかに搦めて留めるよりは、自由に全体を見て判断してもらった方がいい。幸い、ここまですんなり来れたように、お前たちを知らないのは少ないようだし、知らなくとも周囲に居るのが勝手に教えるだろうしな」
「わかった。何か邪魔されたりとか、いざという時は冒険者ギルドマスターの指示で動いていると言っておく」
「待て待て! それだと責任が……総大将はウェインさまであるし、ウェインさまから何かしらの指示があるかもしれないから、一旦ウェインさまを待たないか? もうすぐ来ると思うから」
待つことにした。
なんにしても、ラウールアとアトレが合流してから動くのがいいだろう。
ほどなくして、ウェインさまが騎士と兵士を大勢引き連れて現れる。
その中にはラウールとアトレの姿もあった。
ジオ「行くぞ!」
アイスラ「行きましょう」
ラウールア「行くわよ!」
アトレ「参ります」
作者「うん。行くのは勝手だが、その前に俺を解放してからにしようか」