心配
これまでの一連の流れ。
ヘルーデンに帰る途中で森に入る怪しい一団が居たからあとを追って様子を窺うと禁止魔道具を使っているぽいので姿を現わして誘って一網打尽にして運んできた。もちろん殺していないのでこれから情報をいくらでも引き出せるから色々と判明するのは間違いない――と、辺境伯の城のいつもの部屋に入ったあと、赤紫色髪の女性がルルアさまに向けて一気にまくし立てたというか、必死の弁明を行ったというか……。
いや、もうここまで来て、赤紫色髪の女性というのは止めよう。
確定したのだ。
赤紫色髪の女性は「ラウールア・ブロンディア」。
灰色髪の男性は「アトレ」。
今は無理だが、あとできちんと自己紹介してもらおう……というか、今更だが、ここに俺とアイスラは必要なのだろうか?
一連の流れを起こしたのは俺とアイスラではない。
俺とアイスラは最後に運ぶのを手伝っただけで、ほぼほぼ関わっていないのだ。
だからこの場から去ってもいいですか? とは言えない雰囲気である。
矛先が向かないように、大人しくしておこう。
現に、ウェインさまは筋骨隆々な体付きなのにほとんど気配を感じないので、それを見習って俺もそうしておく。
「……なるほど。ラウールアの言い分はわかりました。確かに、ラウールアがアトレと協力して捕らえた者たちから情報を引き出せれば、大いに助かるのは間違いありません。作為的に『魔物大発生』を起こそうとしている者、そして、その目的に辿り着く――その取っ掛かりになると思われます……で、す、が」
ルルアさまの目が細められる。
「それとこれとは話は別です。上手くいったからいいようなものの、一つ間違えば自らの身だけではなくアトレの身も危険となっていたかもしれないのですよ。それは理解していますか? 見失ってはいけないと思い、あとを追ったのかもしれませんが、ヘルーデンの近くまで来ていたのなら、ヘルーデンまで大急ぎで帰って私かウェインに言えば、騎士や警備兵、冒険者に協力を要請して人海戦術で探し、そのまま対処した方が安全である、とは考えなかったのですか? ラウールアの目から見て、今直ぐ自分たちで対処しなければならないと思ったのですか?」
「それは……その……」
ルルアさまが厳しく言うのは、執事のアトレさんが一緒だったとはいえ、独断専行で動いたラウールアさまを心配しているからだ。
それが伝わるからこそ、ラウールアさまもしどろもどろである。
確かに、ルルアさまの言う手も取れたのだ。
………………。
………………。
あれ? 何か引っかかるというか、今のラウールアさんの姿が俺と被って見えるのは……よく考えなくとも、俺も似たような状況だと気付いたからだろう。
俺もアイスラが共に居るとはいえ、独断専行中である。
母上と会った時、俺もこうやって心配されるかもしれない。
そんなことを思った。
―――
「本当に、心配したのですよ」
そう言って、ルルアさまがラウールアさまを抱き締める。
ここは、このままこの場に居ては邪魔になる、と自然と足が動き、そのまま音を立てないようにして部屋を出た。
「ふう……なんとか場の空気を壊さずに部屋から出ることはできたが、なんで二人も一緒に?」
俺とアイスラはわかる。
しかし、老齢の執事とアトレさんも一緒に出てくるとは?
これで、室内に残っているのはウェインさま、ルルアさま、ラウールアさまの、ブロンディア辺境伯家のみである。
「ほっほっ。家族が揃ったのですから、それを邪魔する訳にはいきませんので」
老齢の執事がそう言うが……いや、あなたはもう家族も同然と言われるくらいに仕えていると思うので、あの場に残っていても問題ないと思うというか、「お嬢さま。よくぞご無事で……」と呟いて泣いていてもおかしくないのだが……。
「私も同じ思いです。私の中の芽生えた慈しみの心に従っただけのこと。それに、今の内にこちらで後々の処理をいくつか片付けておけば、ブロンディア辺境伯家の皆さまが行う手間も省けるというものです」
……なんだろうな。アトレさんが言っていることも嘘だとは思わないが、別の意味もあるのでは? と思ってしまうのは。
「何を言うかと思えば、自分も勝手な行動をしたため、怒られるのは確定していますので、今の内に色々と済ませておいて少しでも怒りの量を減らせれば、とでも考えての行動でしょうに」
そう言って、アイスラがアトレさんに向けて冷笑を浮かべる。
「浅はかですね」
「やれやれ、私はブロンディア辺境伯家の皆さまが揃ったのですから、家族としての親睦を深め、少しでも穏やかに過ごせるように雑事を片付けましょうと言っただけなのに、そのような穿った見方しかできないとは。そのような浅はかな思考はやめておいた方がいいですよ。ああ、これはもちろん善意で教えてあげています。あなたの浅はかさをね」
アイスラとアトレさんが真正面から睨み合う。
「なるほど。では、私もあなたに教えてあげましょう。浅はかであり、愚かである、ということを」
「どうやら、雑事の前に片付けておかないといけないことがあるようですね」
どちらも殺意は感じられないが、敵意は感じられた。
とりあえず、引き離しておこう――というか、日を置いて来た方がいいと思うので、一旦宿屋「綺羅星亭」に戻ろうかな、と思っていると老齢の執事に声をかけられる。
「普段のアトレと違いますし、アイスラさんもこれまで見たことのない姿ですが、この二人、何かあったのですか?」
「いえ、特に何もありません」
「何もないのに、これなのですか?」
「何もないのに、これなのです」
出会った当初から。
まあ、二人に自覚はなさそうだが、本能的に感じ取った同族嫌悪だと思います、と老齢の執事にだけ伝えた。
老齢の執事は納得ができたと頷き、二人に声をかける。
「アトレ。今そのような時間があるのですか? 先ほど口にしたことをするのなら、少しでも時間が惜しいはずですよ。アイスラさん。ジオさまはもう宿屋の方にお戻りになられるようです。付いていかなくてよろしいのですか?」
「はっ! そうでした! こんなメイドに関わっている暇はありませんでした!」
「はっ! ジオさま! 失礼しました! こんな執事に手間取って待たせるなど、申し訳ありません!」
「「あ゛あ゛!」」
もう一睨み合いしたあと、アトレさんは直ぐにこの場から去っていき、アイスラは俺の後方に控える。
おお。なんというか、老齢の執事の老練さというか、手玉に取った感があった。
老齢の執事が一礼する。
「失礼致しました。それでは門まで送りましょう。ウェインさまとルルアさま、ラウールアさまもジオさまの来訪を心よりお待ちしていると思いますので、よろしければ近い内にお越しいただけることを期待しております」
「わかりました。近い内にまた来ます」
老齢の執事に見送られながら、辺境伯の城をあとにした。
宿屋「綺羅星亭」に戻る間に、また近い内に母上に手紙を送らなければな、と思ったのだが、そういえば今ちーちゃんは南の国まで行っているかもしれないことを思い出す。
一度、ハルートに聞いてみるか。
あと、色々と手助けしてもらっているし、何かしらのお返しがしたいところだ。
作者「では、改めて、ラウールアとアトレです」
ラウールア「よろしく」
アトレ「よろしくお願いします」
作者「うん。よろしく。みんな、仲良くするように」
アイスラ「そうですね。ラウールアさまは構いませんが、そこの執事とは無理です」
アトレ「ジオさまとなら仲良くできますが、そこのメイドとは不可能です」
アイスラ&アトレ「「あ゛あ゛?」」
作者&ジオ「「うん。こうなると思った」」