大手柄では?
ヘルーデンに戻ることにした。
それはいいのだが、問題は悪者? 十人をどう運ぶかである。
というのも、赤紫色髪の女性と灰色髪の男性はしっかりと倒していた。
殺してはいない。十人全員が意識を失っているだけだ。
肩掛け鞄の中に縄があるので縛り上げて、それから起こして自らの足で向かわせることもできなくはないが、人数が多いし、何よりこういう秘密裏に動いているようなのは、状況によっては自決し兼ねない。
「魔の領域」である森の中に居た怪しい集団なのだ。
貴重な情報源かもしれないので、多くの情報を得られるように、できれば全員生かしておきたい。
なので、意識を失ったまま運んだ方がいいのだが、どうしたものか。
普通であれば手分けして運べばいい。
こちらは四人居る訳だし、二人、二人、三人、三人、くらいに分けて。
しかし、それをアイスラと灰色髪の男性が許さなかった。
互いに自分の方が多く運べると競うのだ。
話が進まない。
今は自分が六人、相手が四人で、譲らない戦いをしている。
どうする? と赤紫色髪の女性を見れば、向こうはなんとも言えない表情を浮かべ返してきた。
これはもう、俺と赤紫色髪の女性でどうにか運んだ方がいいかもしれない――と思った時。
「おっと、手が滑ってしまいました」
アイスラが収納魔法を発動して、人を十人は載せられそうな大きな台車を取り出す。
……いや、ええ。できれば秘匿して欲しいのだが、それをそんな簡単に使う?
意地でも譲らないという気概は感じるが、だからといって………………まあ、意地だからこそ、というのもわかるにはわかるが、なんだろう。大人げない気がしないでもない。
しかし、当のアイスラは、どうだ? と言わんばかりの勝ち誇った表情だ。
これは向こうも驚いているな――と思って見たのだが、驚いていない?
「ああ、忘れていました。私こういうのを持っているのでした」
灰色髪の男性がそう言うと、収納魔法を発動して、人を十人は載せられそうな大きな台車を取り出した。
……ええ。そっちも、なのか。
でもまあ、そっちもそうなら、迂闊に話すようなことにはならないだろう。
「……はあ」
こいつは……と言うように赤紫色髪の女性が額に手を当てて息を吐く。
しかし、この状況で、ただ出しただけで終わる訳がない。
「そうそう。私が出したのは、そこのメイドが出した物とは違い、素材からして違いますので、頑丈なだけでなく走行力も上です。おっと、期せずして、持っている物で格の違いというものをわからせてしまいましたか?」
灰色髪の男性は、やれやれと肩をすくめる。
その表情はもちろん勝ち誇ったモノだ。
「なるほど。確かに、私が出した物より素材は良さそうです。それに伴って私のよりも大きいですので、人もそれだけ載せられるでしょう。ですが、ここは森の中。大き過ぎるのは寧ろ邪魔です。私は森の中でも小回りが利くように小振りの物を出しただけ。言わば利便性を考慮しているのですよ。状況も考えずに良い物を出す……浅はかですね」
アイスラが言い返し、灰色髪の男性との間に火花が散ったような……そんな錯覚が見えた。
……うん。もう駄目だ、これ。
現状で、アイスラと灰色髪の男性の二人に任せていたら、いつまで経っても終わらない。
つまり、この場から動けない。
なら、やるべきことは一つ。
赤紫色髪の女性を見れば、向こうもこちらを見ていて、互いに一つ頷く。
アイスラと灰色髪の男性が言い合いをしている間に、台車二台にそれぞれ五人ずつ載せて、ヘルーデンに向けて互いに台車を押し始める。
「ああ! ジオさま! そのようなことは私が行います!」
「ラウールアさま! 雑事は私めが!」
アイスラが俺の方に、灰色髪の男性が赤紫色髪の女性の方に来て、台車を押していこうとするのだが、今の二人に任せると相手より先にとか言い出して、そのまま突っ走ってしまいそうなので、俺と赤紫色髪の女性が共に台車を押すことによってそうならないように調整しながら、ヘルーデンに戻っていった。
―――
ヘルーデンに戻るまでの間、赤紫色髪の女性から何がどうなって悪者? 十人に襲われるようなことになったのかを聞く。
灰色髪の男性に聞いてもいいのだが、アイスラと睨み合って話しかけづらいのでやめた。
赤紫色髪の女性の話によると、もう少しでヘルーデンに着く――というところで、「魔の領域」である森へと入っていく集団を見かけたそうだ。
それも、ヘルーデンからは見えない位置で。
そこに何か策謀のようなモノを感じ、向こうから自分たちが見えていなかったということもあって、あとを付けることにした。
あとを付けて様子を窺っていると、その集団は奇妙な行動を取っていたそうだ。
それは、森の中を適度に走り抜けていき、徐々にヘルーデンの方へと近付いていく――というものだった。
意味がわからない。
赤紫色髪の女性もその時は俺と同じ意見だったそうだが、灰色髪の男性は違っていて、魔物をヘルーデンの方へ集めて、流れを作っているのではないか? と口にした。
「魔物を集める? そんなことができるのか?」
「できるみたいよ。私は実物を見聞きしたことはないけれど、アトレが言うには『誘魔』という名の特殊な臭いで魔物を引き寄せる、今は所持すら禁じられた魔道具があって、それを使っているのではないか、と」
「特殊な臭い? 別に変な臭いはしないが?」
「人には無臭で、魔物だけに作用する臭いらしいわ」
へえ~……そんなのがあるのか。
それで、他にも行っているのが居るかもしれない、一網打尽にした方がいい、と判断して、目撃者は消すだろうと推測し、わざと集団の前に姿を現わすことで自分たちを追わせたそうだ。
狙い通り追われて、他の集団も合流した――ところを、どうやら俺とアイスラが感知したようである。
これが一連の流れだそうだが……これが本当なら、「魔物大発生」が作為的であると証明するようなモノで、そうなると今運んでいる悪者? 十人は貴重な情報源ということだ。
「……つまり、大手柄を挙げたってことでは?」
「ははは……そうなればいいけれど」
赤紫色髪の女性は浮かない顔で答えた。
何か思うところがあるようだが、それを聞く前にヘルーデンに着く。
「「「えええ! それは一体どういう! というか、ラウールアさま! 帰っていらしたのですか!」」」
門番たちが台車を見て大きく反応したが、赤紫色髪の女性を視界に捉えると驚きながら敬礼した。
というか、この反応……赤紫色髪の女性は本当にウェインさまとルルアさまの娘、ということ?
その真偽は直ぐにわかった。
台車は門番が運んでくれることになり、そのまま辺境伯の城へと向かうと――。
「おかえりなさい。ラウールア。それに、アトレもラウールアを守ってくれてありがとう。ところで、これはどういう状況なのかしら? まさか、危険なことはしていないわよね? 説明、してくれる?」
笑顔だが、怖い笑顔のルルアさまに出迎えられた。
……あっ、後ろの方で、ウェインさまが「あわわ……」と口に手を当てて震えている。
作者「……じゃあ、自分はここで失礼を」
ルルア「まあまあ、あなたも残りなさい。ね?」
作者「あ、はい」