互いの芽生える同じ思い
「あっ! ジオ・パワード! 生きていたのね!」
赤紫色髪の女性の、こちらが姿を現わしてからの開口一番がこれである。
どういうことだ、と問いたい。
人を勝手に殺すな、とも言いたい。
ただ、死んでいると思われているのは悪くないかもしれない。
既に死んだと思われているのなら、今後よりもっと動きやすくなるのではないだろうか?
それとも、動きやすくなったと動き出したところを狙っているのだろうか?
……わからない。
今わかるのは、相手から敵対の意思がないと言われたからといって、敵ではないと思うのは早計だということだ。
確かに、敵意は感じないのだが……警戒はしておいた方がいいと露わにする。
「どうやら、俺が誰か知っているようだな。だが、俺はお前を知らない。生きていたとか、そのような物言いをされる覚えはない」
「そうね。今のは私の言い方が悪かったわ。ごめんなさい。戦闘後で気が昂っていたのかしら。なんにしても、そう警戒しないでいいわよ。本当に敵ではないから」
「敵かどうかはこちらが判断することだ。それに、敵ではないという根拠は? 俺はそちらを知らないのだから、何かしらがない限り警戒は解けない」
「根拠ならあるわよ。だって、あなたがここに居るってことは、そういうことでしょ?」
「どういうことだ?」
「だから、新王にパワード家を潰されたから、私の両親にやり返すための助力を乞いに来ているんじゃないの?」
「両親? ……誰のことを言っている?」
いや、待てよ。何かこう思考のどこかに引っかかることがあるような……ないような……いや、あるか?
「だから、ブロンディア辺境伯。あれ? 違うの? ウチとパワード家はどちらも忙しくて会う機会はなかったけれど、親同士の仲は良好だと聞いているけれど? まあ、私も学園で話しかけなかったのは悪かったな、と思っているのよ。でも、学年も違うし、迂闊に話しかけられるような雰囲気でもなかったし」
「いや、待て。ということは、何か? お前は――いや、あなたは、ウェインさまとルルアさまの御息女であると?」
「言葉遣いは先ほどのままでいいわよ。学園は堅苦しいのばっかりで辟易としているから。それと、そうよ。私は辺境伯であるウェイン・ブロンディアとその妻ルルア・ブロンディアの娘。『ラウールア・ブロンディア』よ!」
どうだ! と言わんばかりに赤紫色髪の女性が胸を張る。
これは……どうなのだ? 本当なのか?
本当なら、ルルアさまから紹介される前に会ったことになる。
というか、怪しい気配を感じて来てみれば、会って欲しいと言われていた人物に会ってしまった――とか、そんなことあるのだろうか?
ただ、これを嘘――とするのも難しい。
俺が誰かを知っているとか、学園について少し触れているし……なんというか、こう、真実味がある。
それに、ここで嘘を吐く利点がない、というか、嘘であれば極刑確実だろうから、わざわざここで御息女を名乗る理由がないというか……どうしたものか。
ウェインさまとルルアさまの御息女として扱って大丈夫なのだろうか?
俺一人では判断できない。
ここはアイスラにも意見を――。
「………………」
「………………」
邪魔していいのだろうか?
アイスラの意見を聞きたいところだが、そのアイスラは灰色髪の男性と睨み合っていた。
強く、強く、睨み合っている。
互いに射殺さんばかりだ。
どういうことだ? と赤紫色髪の女性に視線だけで問う。
赤紫色髪の女性はそれで状況に気付いたのか、灰色髪の男性を見て首を傾げた。
あっ、向こうも状況がわかっていないな、これ。
「……『アトレ』? どうかしたの?」
好機。
「アイスラ? どうかしたのか?」
ここだ! と俺も声をかける。
両者から声をかけられれば、さすがに邪魔とはならないだろう。多分。
「ラウールアさま。今、私は初めての感情を抱いております。初めてであるため、まだこれを上手く言葉にできません」
「ジオさま。理由はわかりませんが、この小物を見ていると、なんとも言えないモノが心の奥底から沸き上がってくるのです」
「小物とは失礼ですね。ああ、なるほど。自分を大きく見せたい訳ですか? ですが、その行為はさながらオーガの前で喚くゴブリンが如く、滑稽ですよ。笑えませんが」
「ああ、確かに滑稽ですね。自分がオーガであると錯覚している姿というのは。笑えませんが」
「ふふふ。そういえば、先ほど名を呼ばれていましたね。『アイスラ』、でしたか。同じ『ア』から始まるのは嫌なので改名していただけませんか?」
「ふふふ。その気持ちは理解できますが、何故私が改名しないといけないのですか? あなた言い出したのですから、あなたが変えれば済む話でしょう?」
「嫌です。ふふふ」
「私もお断りですね。ふふふ」
笑い合うアイスラと灰色髪の男性。
なんというか、相容れない――という感じで何かしらの怖さを感じる。
赤紫色髪の女性も同じように感じているのか、視線を向ければ、同じような視線で俺を見てきて、妙な連帯感が生まれた。
やるべきことは一つ――と赤紫色髪の女性と頷き合う。
「アイスラ。一旦あちらに行こうか」
「アトレ。少し離れましょう」
赤紫色髪の女性と共にアイスラと灰色髪の男性の間に入り、引き離す。
まずは冷静になるために距離を置くことが大事だ。
「それで、どうした? アイスラ。いきなり好戦的になっていて驚いたんだが」
「……わかりません。ただ、先ほど口にした通りでして、今は冷静ですが、あの者と対峙すると、自分の中の何かがあの者は許容できないと訴えかけてくるのです」
その理由を知りたいのだが、本人もわかっていないのなら難しいだろう。
向こうの様子を窺う。
「――ですので、私にもわかりません。今の私は平静です。しかし、あれと顔を合わせると、何故かあの者の存在を許してはならない気がするのです」
灰色髪の男性がそんなことを言っているが……なんだろうか。つい先ほど似たようなことを聞いた気がする。
赤紫色髪の女性がこちらを見てきて、俺と目が合う。
アイスラの言葉が聞こえていたのか、同じことを思ったことがわかった。
……これ、同族嫌悪的なヤツでは? と。
とりあえず、今どうこうは無理な気がする。
時間をかけて親睦を深めていけば、互いの自分とは違う部分が見えて解消する……しない気がするな、これ。いや、希望を失ってはいけない。
きっと時間が解決してくれる……はず。
この方向性でいこう、と頷くと、赤紫色髪の女性も似たようなことを考えたのか頷きを返してきた。
「とりあえず、ここでこのまま話すのもなんだから、ヘルーデンに一度戻らないか?」
「それもそうね。そうしましょう」
向こうも同意したので、そうすることにした。
なので、悪者? 十人もヘルーデンに運ばないといけないのだが――。
「私の方が多く運びましょう。そこの執事には、格の違いを教えないといけませんから」
「あなた程度に教えられるとは思いませんので、私の方が多く運ぶことであなたに格の違いを教えてあげますよ」
う~ん。一旦それをやめて欲しいというか、多く運んだからといって格の違いになるとは思えないのだが……。
作者「いや、ちょ」
アイスラ「ここにも来ますか。邪魔なのでどこかに行ってください」
灰色髪の男性「ふふふ。邪魔だと言うのであれば、あなたがどこかに行けばいいのでは?」
作者「俺を間に挟んで言い合わないで! 怖い怖い! なんか怖いから! 圧が! 二人からの圧で潰れる!」