強い二人
「魔の領域」である森の中――中層に入った辺りだろうか。
そこに、怪しい人たちを見つける。
いや、これは正確ではなく、実際にこの目で見た訳ではなく、怪しい動きの気配を感じ取ったのだ。
「アイスラ」
「私も感じ取りました。確認に向かいますか?」
「ああ。確認しに行ってみよう」
飛び出すように駆け出す。
魔物ではない。
たくさんの人の気配だ。
二人を先頭として、そのあとに十人が追随していた。
おそらく、追随している十人は二人を追っていると思われる。
そういう動きだ。
こんな森の中でそんな動きをするとは、自ら怪しい一団だと名乗っているようなモノだが……まあ、今のところその周囲に他の人の気配、魔物の気配もないので、誰かに、何かに見られることはない。
しかし、これはどういう状況なのだろうか、と考えている内に姿が見えるところまで近付いたので、そのまま並走して様子を窺う。
まず様子を窺ったのは、追う十人の方。
「あいつら! 中々素早い! ヘルーデンに入られる前にどうにかしないと!」
「そんなことはわかっている! くそっ! なんだって、あんなところに人が居るんだよ!」
「殺せ! 姿を見られた以上、生かしてはおけない!」
いや、うん。十人の方が悪者だろ、これ。
姿も、全員が顔の下半分を隠すマスクに軽装を身に着けていて、それぞれ剣や槍を持って武装しているので何かしらの部隊だと思われるが、やっていることは表に出せない類のような気がする。
しかし、決め付けるのは良くない。早急だ。
まだ、追われている二人を見ていない。
結論を出すのは二人の方を見てからである。
速度を上げて十人よりも前に出て、追われている二人の方と並走して様子を窺う。
追われている二人は男女だった。
一人は、赤紫色の髪に、非常に整った顔立ちで、均整の取れた体型の上に質の良さそうな服とズボンを着ていて、腰からレイピアを提げている、俺と同年代と思われる女性。
一人は、灰色の髪に、整った顔立ちで、細身だがどことなくしっかりとした体幹を感じさせて、その上に執事服を着ている、二十代くらいの男性。
そんな二人の方は特に会話はしていないが、その足取りに迷いは見られないので、ただ走っているだけではなさそうだ。
というより、逃げている感じがしない。
どことなく、誘き寄せているような気がする。
アイスラがどう感じているか聞こうとした瞬間――一瞬だが、灰色髪の男性がこちらを見た、ように見えた。
「アイスラ」
「はい。間違いなく確認されました」
少しばかり驚く。
これでも、気配はしっかりと消したつもりなのだ。
それなのに気付かれるとは……。
十人に追われている状況なのに随分と余裕がある……いや、追いかけてきている十人はそれだけの余裕を持てる、それこそなんでもない存在ということか。
こちらの気配を察してきたことといい、かなりの実力者かもしれない。
そんな灰色髪の男性はこちらをもう一度見てきた――が、それで特に何かするでもなく、なんでもないように赤紫色髪の女性へ視線を向けて声をかける。
「――さま。もうこれ以上は増えないようです」
「そう。なら、これ以上は駆け回っても無駄ね」
そう言って、二人は足を止めた。
「止まったぞ! 囲め! 囲め! 絶対に逃がすなよ!」
「見られた以上、殺す!」
「待て! 殺すのは絶対だが、先に背後関係があるかどうかの確認からだ! まずは動けないまで痛めつけるに留めておけ!」
十人が二人を取り囲んでいく。
殺意が高いと示すように、それぞれが持つ剣や槍を構える。
二人はそれを悠然と構えて見ているだけだった。
「……何人かしら?」
「総勢十人でございます」
赤紫色髪の女性の問いに灰色髪の男性が直ぐに答えたのだが、おかしい。
十人というのは二人を追っていた悪者? の数でしかない。
灰色髪の男性が申告した数に、俺とアイスラが含まれていなかったのは……。
「俺とアイスラに手を出すつもりはないから黙って見ていろ……つまり、手出しは無用ということかな?」
「おそらくは、そうでしょう。実際、ざっと見た限りですが、取り囲んでいる十人よりも執事服の男性の方が強いですね。それこそ、この場は執事服の男性一人で制圧できるほどに」
「そうだな。俺も同じ意見だ。ただ、一人で制圧するつもりはないようだけど」
赤紫色髪の女性が腰から提げているレイピアを手に取り、笑みを浮かべる。
「さて、私たちを殺すなり、痛めつけるなり、好き勝手言っていたようだけれど、どちらが獲物でどちらが狩人なのか、その身に教えてあげましょうか。ああ、安心して。殺したりはしないわ。だって、殺してしまうとそのあとにお話しができなくなってしまうのだから」
「ほざいていろ!」
「まずは痛めつける!」
「この人数差をどうにかできると思ってるのか!」
悪者? 十人が一斉に襲いかかる。
赤紫色髪の女性と灰色髪の男性は悠然と迎え撃つ。
――差は歴然だった。人数差ではない。純粋に力の差だ。
悪者? 十人を見た何かしらの部隊だと思ったのが間違いではなかったと思うくらいに個々がそれなりの技量を持っていたのだが、それ以上に赤紫色髪の女性と灰色髪の男性の方が圧倒的に強かった。
赤紫色髪の女性はレイピアを巧みに使い、剣を振るわれようが槍を突かれようが華麗に受け流して自身の体にはかすりもさせず、さらにカウンターでレイピアを突き刺して一人一人確実に動けなくしていっている。
余裕が見えるので全力ではないと思う。他にも何かしらの手を持っていそうだ。
灰色髪の男性は無手で、こちらも振るわれる剣や槍をなんでもないようにかわし、反撃で拳や蹴りを放って昏倒させていっている。
こちらは赤紫色髪の女性以上に余裕がありそうで、誤って殺してしまわないように気を付けているだけではなく、赤紫色髪の女性の邪魔にならないように上手く立ち回っていた。
あと、灰色髪の男性は明らかにこちらを意識している。
時折視線が向けられ、どうですか? 私たちの強さは? と言わんばかりだ。
「……相当強いな。あの二人」
「そうですね。ですが、どちらもジオさまと私ほどではありません。……ぶつぶつ(素の力もそうですが、何よりこちらには愛による強さの上限突破がありますから。そう。たとえ危機的状況に陥ろうとも、ジオさまと私の互いを想う愛の力によって覚醒して更なる力を発揮――それだけではなく、ジオさまと私の愛の形を表すような二人での合体技が炸裂して……合体技……合体……ぐふ……ぐふふ……)」
何やらアイスラが真剣に悩み始めた。
多分、あの二人の正確な戦力分析でもしているのかもしれない。
でも、俺もアイスラと同意見だ。
あの二人は強い――が、俺とアイスラの方が強い……と思う。
実際のところはやってみないとわからないが……と思っている間に、二人は悪者? 十人を倒した。
赤紫色髪の女性が力を抜くように息を吐く。
「ふぅ。これで全員ね」
「はい。お客さまを除けば、ですが」
「お客さま?」
「はい。どうぞ。もう出て来ていただいて構いませんよ。こちらに敵対の意思はございません。というより、味方でございます」
灰色髪の男性が、こちらを見ながら言ってくる。
バレている以上、隠れていても仕方ないので出て行く。
灰色髪の男性「お客さまは二人です」
ジオ「やはりこちらに気付いていたか」
アイスラ「出るしかありませんね、ジオさま」
作者「………………あの、自分は?」