止めさせる
レオはウェインさまに任せることになった……はずなのだが。
「あんた、凄いな! 俺の剣がかすりもしなかった! 全部防がれた! 俺ってまだまだだったんだな! そうだよな! 考えてみれば当たり前だ! 師匠と同じ動きがまだできないんだからな!」
先ほどまでの態度が消えたレオは、何故か俺にそんなことを言ってきた。
俺を見る目には輝きがある。
……何故?
とりあえず落ち着け、と言おうとしたが、その前にアイスラが現れる。
「どうやら、少年もジオさまの偉大さに気付いたようですね。私に剣を習いたいのなら、まずはそこが重要であり、決して忘れてはいけません。まずはそれを心に刻みましょう。復唱しなさい。『ジオさまは偉大』。さん、はい」
「『ジオさまは偉大』!」
「よろしい。ではもう一度。『ジオさまは偉大』」
「『ジオさまは偉大』!」
「素晴らしい。あなたには才能があります。あとは、それを心に刻み付けるように」
「はい!」
「……いや、『はい』じゃないから。そもそも偉大ではないから、やめろ」
割って入って止めさせる。
レオには、偉大ではないから気にしないように、と強く言っておいたが効果があったかどうかはわからない。
少なくとも目の輝きはそのままだった。
「がっはっはっはっはっ! ジオが勝ったのだから、そう思われても仕方ないな!」
ウェインさまが笑いながらやってきたので、逃げるように押し付ける。
「レオ。ウェインさまが剣を教えてくれるようだから、しっかりと教わっておけ。今のレオにとってはこれ以上ない師になると思う。何しろ、ウェインさまはアイスラの師匠だからな」
「そうなのか! つまり、師匠の師匠ってことなのか! すげー!」
俺を見る時以上に目を輝かせて、ウェインさまを見るレオ。
その視線が心地良かったのか、ウェインさまが筋肉を誇るようなポーズを取り、レオが「すげー!」と歓喜する。
ウェインさまとレオはそれを何度か繰り返すのだが……それ、剣と関係ないような……。
ともかく、あとはウェインさまに任せれば……と考えた時、一つ気付く。
ウェインさまがこれからレオに剣を教えたとして、ウェインさまがあの町に出向くのは無理だろうから、レオをここで預かることになる訳で……そもそも、それはできるのだろうか?
ここはわかる人というか、既にレオの保護者になっていると思われるマーガレットに聞く。
さすがにもう落ち着いたようで、尋ねると答えてくれた。
「あっ、それは大丈夫です。元々、私の護衛的なことも兼ねていましたので、少なくとも私がシスターとして認められるまではヘルーデンに滞在する予定でした。だから、レオに剣を教えてくれる人がもう見つかったのはありがたいのですが……ただ……」
「何か問題でも?」
「あの……お金が……私は教会に住むことができるので問題ありませんが……レオは元々教会の仕事を手伝うことで住まわせてもらうか、何かしらの仕事を探す予定でした。剣の腕を上げるのなら冒険者をやりながら、というのも考えたのですが、レオの年齢では登録が許されないので……」
なるほど。滞在するための金の問題があるのか。
どうしたものか。
俺が出してもいいのだが……。
「あら、それは大丈夫よ。ウェインが弟子と扱うのなら、このまま城の中に住んでもいいし、兵士の宿舎もあるから、そちらでも構わないわ。それくらいの面倒は見るわよ」
ルルアさまがそう言ってくれるので、ここは甘えることにした。
「ありがとうございます! 助かります!」とマーガレットが何度も頭を下げる。
そんなマーガレットに向けて、ルルアさまは笑みを浮かべた。
「ふふふ。そうだ。マーガレットちゃんの部屋も用意しようかしら。あの子の隣がいいわよね。その方が嬉しいし、何より安心でしょ? 一応、あの子はマーガレットちゃんの護衛なんだし……それに女としても」
「え? いや、その、わ、私はその、教会の方に宿泊するので、えっと、あ、あいつとは、そんな関係ではなくて」
マーガレットは目に見えて動揺する。
なんとなく、頬が赤くなっているような。
「教会の方ね。でも、それだと会いたい時に会えないし、私の提案の方がいいんじゃない? 教会の方には話を通しておくわよ。大丈夫。それでマーガレットちゃんがシスターになれない、なんてことはないから。そんなことをすれば、ウェインを教会に突撃させるわ」
「え、ええ?」
ウェインさまが突撃してくるのか……普通に怖いな。
「あと、私と仲良くしておくと、孤児院にたくさんの寄付が届くようになるわよ」
「お願いしまーーーす!」
マーガレットは即座に頭を下げた。
なんというか、人が屈した瞬間というか、人が堕ちた瞬間を見た気分である。
「ふふふ。これで若い子の恋愛を生で見放題……潤うわぁ」
ルルアさまが何か呟いたような気がしたが、その表情はとても艶々しているのが印象的だった。
とにかく、レオとマーガレットに関してはこれで話が纏まった……でいいんだよな?
―――
そのあとは、ウェインさまが早速レオに剣を教えるとこの場に残り、レオは願ったりだと喜び、マーガレットはそれを見るために残って、老齢の執事はマーガレットを気遣って残ると言い、俺とアイスラ、ルルアさまはいつもの部屋へと戻る。
まだ、話というかそもそもここに来た本題の方は終わっていないのだ。
「ルルアさま。ウェインさまは、その、あの場に残して……」
「いいのよ。これから大変なことが起こるのだから、ウェインにはしっかりと動いてもらわないといけないわ。そのために何かしらの息抜きは必要だもの。まあ、息抜きし過ぎるようなら止めるから安心して」
その場合、ウェインさまはどうなるのか……まあ、考えてもわからないのでどうしようもない。
ウェインさまがその辺りをしっかりと意識していればいいだけの話である。
アイスラにも確認しておく。
「アイスラは見ておかなくていいのか?」
「はい。そもそも弟子としている訳ではありませんし、それにウェインさまが指導するのなら問題はありません。ウェインさまの指導を受けた身として断言できます。強くなりますよ、間違いなく。まあ、強くなったとしても、私の方が強いですが」
アイスラの強さは剣の腕前だけではなく、色々と特別だからな。
アイスラに勝てる者となると、俺の身近だと父上と兄上だけだと思う。
そんな感じで話している内に部屋に戻ったので、改めて本題を話す。
まあ、これはどちらといえば情報の擦り合わせや共有といった感じだが。
俺とアイスラの疑問から「魔物大発生」が起こるかもしれない、というのはルルアさまも把握しており――情報源はマスター・アッドというか、きちんと報告した結果――辺境伯としてどのように動いていくのかをルルアさまから聞き、こちらからは作為的かもしれない怪しい部分を母上が調べてくれる、ということを伝える。
もちろん、「魔物大発生」に関しては俺とアイスラも協力することも合わせて。
「二人の協力もそうだけれど、疑わしい部分をカルーナの方で調べてもらえるのは本当に助かるわ。そこに人を割かなくてもいい、ということもあるけれど、カルーナなら裏があれば必ず暴く、という信頼感があるもの。こちらの負担がかなり軽減されるわね」
「はい。それで、早々に母上に返答しないといけないことがあるので、その時にルルアさまも一緒に手紙を出すのはどうか? と確認に来ました」
「そういうことなのね。なら、お願いしようかしら。少し待っていてもらえる?」
「もちろん」
ルルアさまがメイドを呼び――押しの強いメイドではない――道具を用意して手紙を書いていく。
それを待っている間、俺とアイスラは今後について話し合った。
「書けたわ」
ルルアさまから手紙の入った封筒を受け取り、レオとマーガレットはもう任せたので、この場をあとにしようとした時に、ルルアさまが何かを思い出したように手を打つ。
「そうだ。一つ伝え忘れていたわ。これからヘルーデンは危険だから王都の方で大人しくしているようにと伝えたのだけれど、王都の居心地が悪いし、危険なら尚のこと手伝うから、と近い内に帰ってくるようだから、その時はジオも会ってくれるかしら?」
「誰に?」
「娘に」
否とは言わせない雰囲気だったので、頷くことしかできなかった。
作者「ーーという訳で、ここで最後に軽く話す、みたいな感じです。続いて……」
レオ「へ〜、ほ〜」
マーガレット「そういう場があるんですね」
ジオ「……なんか案内している」
アイスラ「警戒されたのを気にしているのでしょう」