合流 2
ツンツンした黒髪の少年に声をかけられた。
どこかで見た覚えが――とはならず、もちろん誰であるかを思い出す。
アイスラに剣技を学びたいと願い出て、あの時アイスラがオークを瞬間的に十五回斬った動きができるようになれば教えてもいい、と言われた少年だ。
うん。だからだろう。
少年の視線は俺ではなく、アイスラに向けられている。
声をかけたのも、俺ではなく、アイスラのようだ。
まあ、少年を直接助けたのはアイスラであるし、当然と言えば当然の反応である。
だから、反応するのもアイスラだ。
「誰が師匠ですか。あなたの師匠になった覚えはありません」
「あっ、そうだった! まだ俺の師匠にはなってもらっていなかったな! 俺が寝ている間に居なくなっていたんだから、確かにまだだった!」
「それに、私に師として振る舞ってもらいたいのなら、私よりも先に挨拶をしておかなければならない人が居ます。それを忘れないように」
「え? 師匠よりも先?」
「だから、師匠ではないと」
アイスラが呆れたように息を吐いて、少年の目がこの場に居るもう一人――俺に向けられる。
「どうも」
「……誰? いや、そういえば、師匠と一緒に居たような……」
俺のことはあまり記憶にないようだ。
でも、それも仕方ないと思う部分がある。
アイスラは少年を直接助けたようなモノであるし、俺は少年の前では戦っていない。
それに、少年はアイスラの剣技に目を奪われた訳だから、どうしても俺の印象が薄くなるだろう。
俺としてはそれで納得できるが、それでもアイスラは納得できないようだ。
「ジオさまにそのような口と態度は許容できません。私の弟子となりたいのなら、尚のこと。少々教育を施した方が良いようですね……」
僅かながら、アイスラから殺気が漏れる。
少年がビクっと反応した。
今のを感じ取れる辺り、やはり少年には才能があると思う。
ただ、このままではいけないと思うので、間に入ろうかな? と思っていると――。
「す、すみません! レオが何か失礼なことを言いましたか? もし言っていたら、本当にすみません!」
赤毛の少女が駆け寄って来て、少年の頭を掴んで自分と一緒に頭を下げさせる。
「ちょっ! おい! マーガレット!」
「こら、暴れるな! 大人しくしなさい! そもそも、私と離れて勝手に動き回らないと、シスター・リリアと約束しておいたでしょ」
「うっ! そうだけどよ、師匠が居たから、つい……」
「師匠?」
赤毛の少女の目がこちらに向けられる。
思い出した。町の名は……把握していないが、オークジェネラル率いるオークの一団が町に襲いかかっていたので排除したあと、少年が居ないと探していた女性と少女の、少女の方だ。
「あっ! あの時の! ――あの時は、本当にありがとうございました! ほら、レオだって、寝て起きたら居なくなっていたから、きちんとお礼を言えていなかったでしょ!」
「わ、わかってるよ! だから、頭を掴むな! えっと、あの時は助けて、ありがとう!」
改めて、少年が自分から頭を下げてお礼を口にする。
少女も合わせて頭を下げた。
ただ、ここは辺境伯の城へと向かう大通りである。
往来があるのだ。
少年少女に頭を下げさせる図というのは外聞が悪いので、場所を変えることにした。
―――
近くにあった飲食店に入り、少年少女を連れて同席する。
少年少女がこちらと話したいかはわからないが、少なくともアイスラは俺の印象が薄い件について少年に言いたいことがあるらしく、同席してから少年に色々と言い始めた。
アイスラをもう師匠と見ているようで、少年は大人しく聞いている。
とりあえず、軽食をいくつか頼み、テーブルの並べておく。
食べたくなったら食べるだろう。
アイスラが少年に色々言っている間に、軽食を口に運びつつ、俺も少女と色々と話す。
そもそも、どうしてここに居るのかが気になるし。
まず、少年の名前は「レオ」。少女の名前は「マーガレット」。
というか、少女は俺より下だと思うが歳はそう違わなそうなので、少女というのは……まあ、思っているだけで口には出していないから大丈夫、ということで。
名前を聞いたので、次からは名前にすればいいのである。
そして、レオとマーガレットがどうしてヘルーデンに居るのかというと、それぞれ目的があってヘルーデンに来たそうだ。
マーガレットの目的は、今シスター見習いであるため、正式にシスターとなるため。
正式にシスターとなるためにはそれなりに大きな教会からの認可が必要らしく、あの町から最も近い大きな教会になるのが、ヘルーデンの教会という訳である。
その教会で研修のようなことをするため、認可が下りるまで少し時間はかかるそうだが、「シスター・リリアから大丈夫って言われましたから大丈夫です!」ということらしいのでシスターになるのは確実だそうだ。
レオの目的は、剣の上達のため。
どういうことかというと、レオはあれから町で門番やら兵士やらに頼んで剣を習っていたのだが、日に日に成長していき、今では剣の腕前に関しては町の中で上位に入るほどらしい。
この短期間でそこまで成長するとは驚きだが、才能があると思ったのは間違っていなかったようだ。
ただ、そこまで上達してしまうと、それ以上を教えられる人があの町には居ないらしく、教えられる人を探してヘルーデンまで来たという訳である。
「二人だけで来たのか?」
「はい。運良く乗合馬車で町に来ましたので、それで。ヘルーデンには来たばかりです」
「なるほど。マーガレットの方は大丈夫なようだが、レオの方は何かあてがあるのか?」
「一応、まずは教会でそういう人が居ないか、あるいは心当たりがないか聞くつもりだったのですが……」
マーガレットが軽食を口に運びつつ、アイスラを見る。
確かに、アイスラなら教えることはできるだろう。
でも、確かアイスラは条件を出していたはず。
……オークを斬った時と同じ動きができたら、だったか。
それが達成されない限り、アイスラが応じることはない。
だから、既に言いたいことを言い終えたようだが、アイスラはどこか面倒そうな表情を浮かべている。
レオが諦めきれない、という感じでお願いしているからだ。
「もう町には俺に剣を教えられる人は居ないんだ! だから、頼む! 俺に剣を教えてくれ! 下さい! 師匠!」
「だから、師匠ではないと言っているでしょうに。そもそも、私が出した条件はできるようになったのですか?」
「それは……その……少しだけ……」
「できないのなら、私が師となることはありません」
アイスラはぴしゃりと断る。
けれど、俺は少し興味を持つ。
「まあ、待て。アイスラ。……少しだけということは、同じようにはできないと認めた訳だが、それは裏を返せば、少しならできる、ということでもある。なら、俺が試してやろう。もし本当に少しでもできたのなら、剣を教えられる人を紹介してもいい」
まあ、レオの才能が本物であれば、教えを頼んでも断らないだろう。
今、そんな暇があるかわからないが……。
レオ「ん? どこだ? ここ」
マーガレット「レ、レオ。なんか変なところに来ちゃったけど大丈夫かな?」
作者「やあやあ、こんにちは」
マーガレット「え? 誰ですか? 怪しい人です!」
レオ「マーガレットに近付くな! マーガレット! 守ってやるから俺の後ろに居ろ!」
作者「いや、えぇ。ちょ! ジオくん! 俺は怪しくないって言って!」