応援された
本日の一話目。
秘密裏? に王都を抜け出し、北東に進路を取って森の中を進んでいく。
いや、森は直ぐ抜けた。
そこまで大きくなかったようで、なんなら夜が明ける前に抜けたくらいだ。
魔物という危険な存在にも警戒していたが、一切出ることがなかった。
それについては――。
「……ぐ、ぐふふ……これからジオさまと二人きり……あんなことやこんなこと……何かの間違いがあって……違う違う……これは間違いではなく、正解運命宿命定め天命……」
何かをブツブツと呟いているアイスラから何やら妙な雰囲気が垂れ流し……醸し出されているので、それが関係しているのかもしれない。
妙に寒気がするし。
いや、寒気に関しては気温のせいか……それはおかしくないか?
俺のギフト「ホット&クール」の力で常に快適環境のはずなのだが……。
ともかく、森を抜けた。
まず目指しているのは、王都から北東方向に進んである次の町ではなく、二つ目にある町。
そこまで一気に進むつもりだ。
問題は……これといってない。
食料に関しては俺の肩掛け鞄の中にも、アイスラの収納魔法の中にも入っている。
衣服も同様で、それなりの数がアイスラの収納魔法の中に入っているそうだ。
「……俺の衣服類は俺の鞄の方に」
「大丈夫です」
「いや、大丈夫云々ではなく」
「大丈夫です」
「いや、だから……」
……最終的にメイドの矜持云々で押し切られた。
仕方ない……が、メイドの矜持?
戦力の方もアイスラが居れば充分なので……町に着くまでに気を遣うのは就寝くらいか?
念のために人目につかないように移動しつつ、休めるところではしっかりと休み、就寝は少しキツイが交代で、体が拭けそうな川が見つかれば浴びて――と特に何かが起こるでもなく、妨げるようなこともなく数日が経ち――町に辿り着く。
正確には、町が見えた。
遠くに見える町を見て――。
「……迷いなく辿り着けたのは、アイスラのおかげだな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
地図は見たことあるが、王都から出ることがほぼほぼなかったので、アイスラに方角云々の理解があって本当に助かった。
「なんでしたら、これからのジオさまの人生の道案内も私に任せていただければ、しっかりと案内させていただきます」
「いや、まあ、あ、うん」
曖昧になったのは、どこに案内されるかわからないからだ。
でも、アイスラなら大丈夫……大丈夫だよな?
時々感じる寒気は、きっと関係ないはず。
そうこうしている内に町へと辿り着く。
高く頑丈そうな壁に囲まれた、それなりに大きな町。
ここまでの経過日数を考えれば、目的通りの王都から二番目くらいに辿り着く町だろう。
おそらく王都に続くだろう大きな街道がある影響からか、賑わいを見せている。
何故それがわかるかと言えば――。
「……はい。確認しました。ようこそ、『ザール』へ……次の方!」
町の中へ入るための行列ができているからだ。
それなりの数が並び、入るためには少し時間がかかりそうである。
……で、気付いた。
町の中に入るには、何かしら自分を証明するモノが必要なのだ。
そのことに気付いたのは、門番の兵士と町の中に入る人たちのやり取りを目にしたから。
……これはマズい。非常にマズい事態だ。
自分を証明するモノはもちろん持っている。
ただ、それは貴族家それぞれが持つ印章で、俺が持つのはもちろんパワード家のモノ。
それを使えば中に入れるが、俺がここに来たという痕跡を残すことになる。
これでは王都を秘密裏に抜け出した意味がない。
他に証明として使えそうなモノはないし……どうしたものか。
一応というか、お金は持ってきている。
これでも貴族……もう元貴族か。残していても接収されるだけなので、父上のへそくりも含めてそれなりの額を持ち出している。
門番にいくらか握らせれば……。
「次の方、どうぞ」
駄目だ。門番が複数人居るので金額が膨れ上がりそうというのもあるが、チラリと見た感じだと全員真面目そうなので通用しない可能性が高い。
……どうしたものか。
「ジオさま。どうかされましたか?」
俺の様子に気付いたアイスラが声をかけてきたので、何に悩んでいたかを簡単に説明する。
「……次の方、どうぞ」
………………。
………………。
と、いう訳である。
「なるほど。こういう場合は確かあちら側が身元確認を行い、確認できれば入ることができますが、確認できるまでの間は詰所などに見張り付きで待機することになります」
「待機するのは構わないが……身元確認はマズいな。バレてしまうだけではなく、下手をすれば拘束されて引き渡されることもあり得る」
懸念を口にすると、アイスラは考える素振りを見せ……。
「私に考えがあります。上手くやり込めてみせましょう。ですが、その際にジオさまに協力をお願いしたいことがございます」
「協力? 俺にできることであれば協力するけれど」
「ありがとうございます。では、私が一通り話したあと、『そうです』と肯定していただけますか?」
「え? それだけ?」
「はい」
「わかった」
アイスラには何か考えがあるようだ。
自信を感じられる表情を浮かべているので任せてみようと思う。
「次の方、どうぞ」
順番がきた。
アイスラが前に出る。
「提示をお願いします」
「申し訳ございません。事情があって、提示できるモノを所持しておりません」
アイスラの返答に、門番たちは少しだけ警戒を露わにする。
所持していない理由を色々と考えたのだろう。
そんな門番たちの一人――身形や態度、雰囲気から、門番たちの隊長と思われる男性が口を開く。
「……なるほど。所持していない……となると、申し訳ございませんが身元確認が取れるまで、こちらで用意した部屋で待機してもらうことになりますが構いませんか?」
「それなのですが、身元確認を拒否したいのですが駄目でしょうか?」
アイスラの返答を受けて、門番の隊長が腰から提げている剣の柄に手を置く。
門番たちも似たようなモノで、いつでも剣を抜けるような状態に。
明らかに怪しんでいる。
「そのように警戒されるのも理解できます。ですが、それ相応の理由があるのです。実は……」
「……実は?」
というか、これ、このままで大丈夫だろうか?
目立つことは間違いないし、時間もかかるかもしれない。印象に残りやすく、誰かに見られるというか、通行の邪魔になるのでは?
そう考えて先に周囲を確認しておくことにした。
「私たちは――悪徳貴族の間の手から逃げ出した……そう! 愛の逃避行中なのです!」
「「「な、なんだってー!」」」
俺は肯定するだけで良さそうだし、門番たちとの話はアイスラに任せて、周囲の確認を行う。
……誰も居ない。
どうやら、俺とアイスラが最後尾だったようだ。
「何しろ、私はこの通り美しいメイド」
「「「え?」」」
「……美しいメイド……ですよね?」
「「「は? あ、はい」」」
遠くの方に人影が……いや、あれは犬……犬が町の外に? あり得ない。魔物か?
「よろしい。つまり、とある悪徳貴族が非常に美しいメイドである私を自分のモノにしようとしてきました。厄介なのは、私が仕えている貴族家よりも、そのとある悪徳貴族の方が家格は上だということ。それがわかっているからこそ、悪徳貴族は権力を使い、私を無理矢理手籠めにしようとしてきたのです。ですが、私には既に将来を誓った相手が居ました。仕えている家のご子息さまです。私の状況を知ったご子息さまは言いました」
「「「……な、なんて?」」」
あっ、魔物の姿が消えた。
様子見か? 襲えそうなら襲っていたが駄目そうで諦めた?
あるいは、あそこより町に近付くと討伐されかねないと学習しているのか?
「『君を失うなんて考えられない。君の居ない人生なんてあり得ない。君は私の全てだ。だから、共に逃げよう。魔の手が及ばない新天地で、愛と幸せを得よう』と」
「「「おおお!」」」
「ね? 愛しいご子息さま」
ん? なんか今問いかけられた?
周囲の確認でアイスラが何を話していたかわからないが――。
「そうです」
「「「おおおおおっ!」」」
言われた通りに肯定しておくと、門番たちが興奮し出した。
……雰囲気は悪くない。
上手く話がついた、ということでいいのだろうか?
アイスラは非常に優秀だと思っているが、さすが、である。
「ですので、身元確認はご遠慮して欲しいのです。誰も行き先を知らないからこそ安全なのです。身元確認をしてしまいますと、居場所が発覚する恐れがあります」
アイスラがそう締めくくると、門番の隊長が口を開く。
「そういうことであれば、身元確認はやめておこう。若人の未来を応援しようではないか。少しでも幸せが増えるように願って」
「ありがとうございます」
アイスラが一礼したので、俺も合わせておく。
「案内に一人付ける。その者に説明させるので、ギルドなりで新たな証明物を作るといい。ただ、わかっていると思うが、犯罪行為を行えば問答無用で拘束するのを忘れぬように」
「はい。ご配慮に感謝します」
そうして、門番の一人に案内されて町へと入るが、その前に案内以外の門番たちから、「頑張れ」や「幸せにしてやるんだぞ」、「無事を祈っている」という感じで応援された。
意味がわからない――時は聞けばいい。
「あの、それはどういう」
「ジオさま。案内に遅れてはいけません。参りますよ」
……まあ、バレずに町に入れるのならいいか。
アイスラ「………………美しい? 『非常に』美しい、ですよね? ねえ? 作者」
作者「あっ、はい!(直立不動)」