サイド 謀反の王たち 2
ルルム王国。王城。王の執務室。
執務机に添えられた椅子に座る、白髪交じりの金髪の五十代後半の男性――ベリグ王は、上機嫌だった。
「ふん~ふふん~♪」
それこそ、自然と鼻歌が出てくるまでに上機嫌である。
ベリグ王の目に映るのは、執務机の上に置かれている二枚の書状。
それぞれ別のところから届けられていた。
一つは、ルルム王国の西。サーレンド大国からのモノ。
一つは、ルルム王国の東。ウルト帝国からのモノ。
両者の使者はまだルルム王国の王都にはまだ到着しておらず、近々到着予定ではあるが、まずはこれでどうでしょうか、とお伺いを立てた書状が先に届けられたのである。
その内容は、どちらもこれだけの援護、金品の譲渡を行うので、自国の味方をするように、という旨が書かれていて、甲乙つけ難い内容となっていた。
また、それはこれまでルルム王国がサーレンド大国に対抗するためにウルト帝国から受けていたモノを上回っている。
そのことがベリグ王を上機嫌にさせていた。
前王とは違い、前王よりも上で、自分にはそれだけの価値があるのだ、と。
「……いいや、まだまだだ。どちらの国も、私をこの程度で御せると思わないことだ。これから始まる使者との交渉でもっともっと値を上げてさせて、私に相応しい正当な評価を示してもらわないといけないな」
そう口にしたあと、ベリグ王は体の奥底から湧いてくる歓喜に従って、笑い声を上げそうになるのを堪えた。
この場には、ベリグ王しか居ないのだ。
一人で高笑いを上げるのは恥ずかしいと思った。
しかし、誰も居ないからこそ、普段は恥ずかしいと思うこともできる。
誰にも見聞きされない状況というのは、時に自分を大胆にさせるものだ。
少しくらいなら……徐々に……三段階くらいに分けて笑おうかな、と。
「フ……フフ……フハ」
「(こんこん!)執務中に失礼致します! ムスターでございます!」
「――ブウゥゥヴ……」
邪魔が入ったことで口を無理矢理閉じたことで息が漏れ出る。
だが、そんなことはどうでも良かった。
ベリグ王は笑い声が聞こえてなかっただろうか? と疑問に思う。
しかし、扉の向こうからの反応はない。
それで疑心がなくなった訳ではないが、反応に時間をかけると何かしら思われるかもしれないと、直ぐに言葉を発する。
「ムスター宰相か。入れ!」
「失礼致します」
禿げ頭の、六十代の男性――宰相となったムスターが執務室の中に入ってくる。
ベリグ王とは執務室を挟んで立ち、ムスター宰相はベリグ王の顔色を見て、おや? と少し首を傾げる。
無理矢理行動を止めた影響で、少し赤くなっていたのだ。
ついでに、呼吸も少し乱れていて、何かを急いで隠したあとにどうにか平静を保とうとしているように見えた。
ムスター宰相はピンッ! とくる。
「ベリグ陛下。どうやら私は魔の悪い時に来てしまったようですが、何もご自分で処理しなくても、仰って頂ければ相応の相手をご用意致しましたのに」
「……え? 相手?」
「はい。何しろ、陛下ですから。相手はお好きなように選べますよ。いや、しかし、羨ましい。まだまだ旺盛のようで何よりです。私はもう枯れたようなもので……したが、陛下が旺盛ならば、私もまだまだ頑張ってみようと思います」
「……は? ……い、いや、違う! 違うぞ! ムスター宰相! 間違えているぞ! 何か勘違いをしている! いや、旺盛なのは別に……ではなく! そのようなことは致していない!」
ムスター宰相は、言わずともわかっております、と優しい笑みを浮かべて頷く。
いや、絶対わかっていないだろ、とベリグ王は半眼でムスター宰相を見る。
色々と言いたいところではあるが、迂闊に触れると危険な話題でもあるため、ベリグ王は話題を切り替えることにした。
「それで、ムスター宰相よ。何か話があって来たのだろう? 一体なんだ?」
「ああ、そうでした。北部辺境近隣の貴族を纏めているジャスマール伯爵から、ブロンディア辺境伯を排除して北部辺境を手にしても構わないか、確認の書状が届きました」
「ジャスマール伯爵か……確か、前々から北部辺境を狙っていたな。……ブロンディア辺境伯は私の側ではなかったな?」
「はい」
「なら、好きにさせろ。今はサーレンド大国とウルト帝国との交渉を控えた身だ。それ以外に関わっていられる状況ではない。それに、これはどちらでもいいだろう。成功するなら良し。失敗したとしても、ブロンディア辺境伯の力は大きく削がれることになるからな」
「確かに、そうですね。では、静観しますか?」
「ああ。ただ状況の把握だけは忘れないように……いや、少しは出しておくか。確か、こういう時に使える、使い潰してもいいのが居たな? それに、そういうのが王都に居て、これから来る使者の目に留まると印象が悪くなるかもしれないしな」
「なるほど。確かにそうですね。かしこまりました。では、そのように手配しておきます」
ムスター宰相が一礼すると、再び扉を叩く音が室内に響く。
「騎士団長のナイマンです! 入室して宜しいでしょうか?」
ベリグ王が許可を出し、赤の短髪の四十代の男性――ナイマン騎士団長が入室して、ベリグ王の前に立つと敬礼して口を開く。
「ご報告します! パワード家の出来損ないの方は見つかっていませんが、リアンの方は南部の町・サウゲトで見たという者が居ました! また、それに合わせてリアンと思われる者は見慣れぬ者たちと行動を共にしていた、というのもありました! 可能性の話ですが、それが逃亡中の前王妃たちではないかと思われます! 現在、サウゲドを中心に捜索範囲を広げている最中であります!」
「そうか。漸く尻尾を出したか。しかし、南部となると……それが南部のどこかの貴族を頼るのなら気にするまでもないが、南のシシャン国まで行かれると面倒だ。出来損ないの方の捜索に回していた兵を減らして、それを南部に向かわせろ。間に合うかはわからないが、間に合わなくともシシャン国への牽制にはなる」
「ははっ! かしこまりました!」
ナイマン騎士団長が再度敬礼を取ったあと、ベリグ王はより真剣な表情を浮かべてムスター宰相を見る。
「では、ムスター宰相よ。これからする話だが」
「はっ。両国の使者の出迎え」
「それよりも先に、先ほどの話だ。相手を好きなように選べると言ったが、実際はどこまで好きに選べる? 詳しく聞きたい」
「はっ?」
「いや、そういうことを期待しているのではなく、食事を共にするのもいいかな、とな。ほら、言うだろう。食事は一人より二人で取る方が美味しいと。だから、詳しく聞きたい」
「なんの話ですか? 私も詳しく聞きたい気がするのですが!」
ベリグ王だけではなく、ナイマン騎士団長も食い付いた。
ムスター宰相は笑みを浮かべて口を開く。
この三人の今日の夜は長く、非常に盛り上がった。
ナイマン騎士団長「ちょっと出番が少なかったから、ここで一つ活躍を」
作者「帰れ!」