手紙
ハルートが、ぐるちゃんで目的地まで送ろうか? と暗殺者に提案してきた。
その自主性は買いたいが、相手は先ほど会ったばかりというか、俺たちを標的にして襲いかかってきた暗殺者である。
もし戦ったとして、アイスラはもちろん、俺も対応できるが、今のハルートだと何もできずに殺されるのがオチだ。
それがわからないハルートではないだろう。
「……ぐるちゃん?」と首を傾げる暗殺者は一先ず置いておいて、ハルートに何か意図があるのかを聞くと――。
「その、繋がりでわかるというか、ぐるちゃんが俺を乗せて飛びたいらしくて……」
なるほど。そのついでに、暗殺者を運ぼうと……。
ただ、ぐるちゃんの体躯が大きいとはいえ、ハルートを背に乗せると、もう一人くらいならいけるだろうが、二人は無理かもしれない。
少なくとも、この場に居る全員は無理だ。
となると、俺とアイスラは残り、ハルートと暗殺者だけとなるが、その辺りのことはハルートも理解して提案したのだと思うが――。
「一応確認するが、そこの暗殺者と二人で行くことになるとわかっているよな?」
「あ、ああ。わかっている」
「そうか。なら、別にいいぞ」
「え? い、いいのか? てっきり危険だから駄目だと断るのかと」
「ハルートは冒険者だ。生きるも死ぬも自己責任。そこをこちらの都合で変える気はないし、縛るつもりもない」
もちろん、だからといってハルートに死んで欲しいなんて少しも思ってはいない。
手紙関係があるからとかではなく、折角得た知己なのだから、大事にしたいと思っているだけだ。
「ハルートは、ぐるちゃんがそう思っているからそうさせたいと思ったのだろう? なら、そうすればいい。それに、ぐるちゃんはグリフォンだ。鋭いし、強い。何か起ころうともハルートを守ってくれるだろう。まっ、一応、念は押しておこうか。アイスラ」
「もし、命だけではなく傷一つでも付けようものなら、地の果てだろうとも追いかけて惨たらしく殺してあげましょう……本気ですよ」
殺気を交えて、アイスラが暗殺者の胸倉を掴んで念を押す。
暗殺者はわかっている、と何度も頷く。
これで大丈夫だ。
「というか、ぐるちゃん? てなんだ? それと、グリフォンって言わなかったか、今?」
暗殺者が戸惑うように尋ねてくる。
……大丈夫ではないかもしれない。
まあ、会えばわかるし、慣れてもらうしかない。
それに、間違いなく普通に急いで戻るより早く戻れる。
飛ぶし。
まあ、なんにしても呼んで見せた方が話は早いので、ハルートに呼んでもら――既に呼んでいたようで、ぐるちゃんがばっさばっさと飛んできた。
暗殺者は、死を覚悟したかのように最大警戒で身構える。
はいはい。構える必要はない。というか、ぐるちゃんが驚くからやめろ。と暗殺者を宥めて……少し慣れさせるのに時間がかかった。
ぐるちゃんに運んでもらえれば、直ぐにでも奥さんの下に行けるぞ、という言葉が効いたと思う。
ハルートは普段通りだが、暗殺者は少しビクつきつつ、ぐるちゃんの背に乗った。
思った通り、二人が限界のように見える。
「まあ、騒ぎになるし、見つからないようにな」
飛び立っていくのを見送ったあと、ヘルーデンに戻る。
無事に戻ったことで残党から何かしらの反応があるかもしれないと思ったが、特に反応はなく、宿屋「綺羅星亭」まで戻ることができた。
―――
翌日。
起きてから気付いた。
ちーちゃんは間違いなくハルートの下に戻るだろうから、そうなるとハルートがヘルーデンに戻って来ないと手紙を受け取れないのではないか? と。
いや、空を飛んで移動しているのだから、戻ってくる時間は俺が思うよりも早いはずだ。
暗殺者を送っただけだし……それこそ、母上からの手紙が届けられる前にハルートが戻ってくる可能性の方が高い。
慌てることはない。大丈夫だ。
こちらが気にしても仕方ないというか、今はどうしようもないので、「魔の領域」である森の探索を進めて気を紛らわせた。
―――
ハルートが暗殺者を送ってから数日が経った。
まだ戻って来ていない。
ただ、おそらくではあるが無事だ。
というのも、この日の夜にちーちゃんが俺の前に現れたからである。
宿屋「綺羅星亭」に取っている部屋で休んでいると、ふと窓に何かが当たった。
警戒しつつ外の様子を窺うと、宿屋「綺羅星亭」の隣の家の屋根の上にちーちゃんが止まっていたのだ。
こちらに来るように、ハルートが繋がりで誘導したと思われる。
少なくともそういうことができる状況なのだから、無事なのだろう、と思った。
安堵の息を吐いてから、窓を開けるとちーちゃんが中に入ってくる。
ギリギリだが、通れた。
ちーちゃんが、持ってきたぞ! と言わんばかりに胸を突き出す。
「ありがとう」
感謝を述べてから、ちーちゃんが提げている鞄を開いて、中に入っていた二通の封筒を取り出す。
俺とアイスラに向けて。母上のサインが入っている。
まだ少しの間しか離れていないのに、母上の字を見るだけで懐かしい感じがした。
ちーちゃんに「運んでくれてありがとう」と伝えると、部屋の扉が激しくノックされる。
「ジ、ジオさま! 室内から獣の気配がします! ま、まさか夜這いですか! 夜這いされている最中なのですか! 許しません! 許しませんよ! ジオさまの初めては私の」
扉を開けるとアイスラが居て、俺の姿を見せると「大丈夫ですか? 何もされていませんか? 清いままですか? いえ、決してジオさまが汚れている訳ではなく、ただ私が汚したいというか、私色に染めたいというか……」と俺の体に異変がないか確認するように触りながら、何か訳のわからないことを口走る。
「大丈夫だ、アイスラ。別に何も起こっていない。ちーちゃんが来て、母上からの手紙を運んでくれただけだ」
「……ちーちゃん? ……手紙? ………………あっ!」
胸を張るちーちゃんを視界に捉えたアイスラが、安堵の息を吐き、「なるほど。そういうことでしたか」と口にした。
そんなアイスラに尋ねる。
「ところで、先ほど聞き慣れない言葉を口にしていなかったか? 確か、よば、なんだったか」
「お気になさらずに」
何度聞いても、それで押し通された。
まあ、ここまで言うのなら、本当に気にするようなことではないのかもしれない。
なので、とりあえず気にしないことにした。
なんか前にも……いやいや、気にしないのだ。
アイスラと共にちーちゃんにお礼を言うと、ちーちゃんはこれくらいなんでもないというように頷き、窓から出て飛び去っていった。
次会えるのは、ハルートが戻って来てからだな。
姿が見えなくなるまで見送ったあと、アイスラ宛の封筒をアイスラに渡す。
中身の確認は、もちろんしない。
「ありがとうございます。私のことはいつでもお呼び頂いて構いません。では、お気を付けください」
そう言って、アイスラが部屋をあとにする。
母上からの手紙を早く読みたいのだろう。
俺も同じだからわかる。
そして、手紙を読んでいく。
………………。
………………。
俺の無事を文面からでもわかるくらいに喜んでくれているが、勝手な行動について許しはするものの、多少なりとも文句がある感じだった。
あと、メーション侯爵家の方も動いているから、いざという時に連携が取れるよう、秘密裏にやり取りできるちーちゃんを定期的に寄こして欲しいということ、それと、場所は母上の方で探るから、父上と兄上の方にも手紙を届けられないか? というのもあった。
こっちの方はハルートに聞いてみないとなんとも言えないな。
できれば、やって欲しい。
それと、アイスラと仲良くするのは構わないが、ほどほどに――みたいな一文があった。
……ほどほど、とは? 仲良くしていると思うのだが……それとは違うのだろうか?
よくわからないが、次回の手紙の時は大丈夫だと付け加えておかないといけないな、と思う。
まあ、なんにしても、久々に感じる家族とのやり取りに心が潤されて、今日は気持ち良く眠ることができた。
ちなみに、アイスラの方に何が書いてあったかはわからないが、少なくとも翌日のアイスラは非常に機嫌が良かった。
―――
それから更に数日が経った日。
アイスラと共に食堂へ向かうと、ハルートと暗殺者、それと見知らぬ女性が共に食事を取っていた。
どうやら、無事に戻ってきたようである。
ジオ「戻ってきたな」
作者「そうだな。戻ってきた」
ハルート「ただいま戻り……えっと?」
作者「あっ! すみません。ちょっと通りすがっただけなんで、失礼します(急いではける)」