サイド 暗殺者
俺の名がどのようなモノだったかわからない。
初めからなかったのか、あるいは忘れてしまったのか。
というのも、あとでわかったことではあるが、俺は物心付いた時から裏ギルドの一つである暗殺ギルドに居たからだ。
そこで、幼い頃からありとあらゆる暗殺スキルを学ばされた。
それは俺だけではない。
上に下にと、俺以外にも同じ境遇の者が数多く存在していた。
存在している、ではなく、存在していた。
大多数は耐え切れずに途中で死んでしまったのだ。
それでも俺は生き残り、名前ではなくコードネームが与えられる。
――「AS・4-9」。
それが、俺に与えられたコードネーム。
普段はコードネームの数字部分をもじって「シーク」と名乗っている。
与えた者によると、俺はAS計画とやらが始まってから四年目に暗殺ギルドに連れて来られて、全体を通してコードネームが付いたのが九番目だから、と酷く簡潔な理由によるモノだった。
だから、という訳ではない。
それから俺は暗殺ギルドしか知らなかったところに、外の世界を知ったのだ。
知ったのはそれだけではない。
所属する暗殺ギルドがどういうところか、AS計画についても知った。
正式名称は「AS計画」。
計画内容は、兵士が部隊を組むように、暗殺者――中でも精鋭だけで構成された部隊を作り上げること。
その暗殺者精鋭部隊で何をするかまではわからなかった。
ただ、暗殺ギルドに計画遂行を命じた首謀者はどこかの大物貴族らしいので、ろくでもない目的なのは間違いないだろう。
――俺の中に、所属する暗殺ギルドに対して憤り、嫌悪感のようなモノが生まれた。
また、外の世界に出たことで出会いもあった。
運命の出会い。
相手は他の暗殺ギルドに所属する女性。
暗殺依頼を受けて向かった先で出会い、同じ暗殺依頼を受けていたことを知り、相手を出し抜くために時に近付いて、時にぶつかり合い、時に共に危機に瀕して協力することで脱し――気付くと惹かれ合っていた。
彼女と深く結ばれたいと強く願う。
そういう諸々のことがあって、暗殺ギルドというのが俺にとって枷であると感じ、邪魔となったため――暗殺ギルドを学んだ暗殺スキルを駆使して潰した。
ついでに、彼女の所属する暗殺ギルドも。
どうやら、それだけのことができる才能が俺にはあったようだ。
そして、彼女と結ばれて夫婦となったが……生きていくためには金を稼がないといけない。
色々と手を出してはみたが……俺も妻も暗殺しかできない……これだと語弊があるので、暗殺が最も得意である、というのが正しいだろう。
だから、妻とも相談して、暗殺稼業を始める。
といっても、誰かれ構わずではなく、俺と妻が悪人だと判断した者――悪徳町長や裏ギルドのマスターなどを暗殺して報酬を頂いていった。
その辺りに手を出せば報復に出るのも現れる。
しかし、俺と妻にとっては敵ではなく、それらも蹴散らしている内に――いつの間にか、俺と妻は「暗殺夫婦」として、ルルム王国北部の裏世界では名が知られるようになった。
それこそ、俺は当代一の暗殺者とまで言われるようになる。
―――
暗殺者にしては、俺と妻は穏やかな日々を過ごしたと思う。
まあ、時折激しい時もあるが、妻と共に乗り越えることができていた。
いつまでも続けてはいられない。
どこかで区切りをつけないと、いつか痛い目を見るか、あるいはそれでは済まない時が訪れるかもしれない。
妻とも話し合い、どこで一区切りをつけるか、を模索している時――致命的なことが起こった。
暗殺依頼を受けて行動していた際、妻が毒を受けてしまった。
狙った相手が悪徳領主なのは間違いないのだが、その護衛としてついていたのは、俺と妻が所属していて潰した暗殺ギルドの残党を母体して、蹴散らしてきた者たちの中で生き残っていたのが加わった連合組織だったのだ。
つまり、俺と妻を誘き出して報復するための罠が張られていて、それに引っかかってしまったのである。
どうにか妻と共に逃げることはできたのだが、妻が受けた毒は非常に強力で、解毒は難しかった。
妻も暗殺者ということで毒の耐性は持っているため、直ぐに死ぬようなことにはならないのだが、解毒しないと……死は免れない。
時間の問題だ。
だから、直ぐにでも解毒したいのだが、手持ちにある物では足りない。
いくつか集めるが……手に入らない物が一つあった。
その一つは絶対に手に入らないという物ではないが、入手は非常に難しく、入手しようとして時間がどれだけかかるかわからない。
時間をかければ間に合わなくなるし、連合組織は必ずまた狙ってくる。
焦燥が身を焦がす。
その時、ヘルーデンにある裏ギルド――最近潰れたという情報が出回った――から、暗殺依頼が届く。
殺して欲しい相手は、三人組の冒険者。
おそらく、残党による報復だろうから、普段なら受けない。
しかし、その報酬は俺が欲しくて仕方なかった、解毒のために必要だが手に入らなかった物。
これも罠かもしれないが……これが本当だとしたら、と一度でも考えてしまうと……受ける以外の選択肢は俺にはなかった。
―――
妻は動かせないので隠れ家で安静にしてもらい、一人でヘルーデンに向かい、依頼人である、潰れた裏ギルドの幹部というヤツに会った。
報酬品に謀りがないか、先に見せてもらう。
触れはしなかったが、本物……のように見えた。
ただ、本物だとしても品質が相当悪いのは見るだけでわかった。
それで効果があるかは怪しいが、試してみる価値はある。
依頼を受けて、まずは標的の確認をした――が、それは失敗だった。
冒険者三人組の内、二人に気付かれてしまう。
俺が下手を打った訳ではない以上、その二人が凄腕だということだ。
本能を信じるのなら……止めるべきだと訴えているが、止める訳にはいかない。
時間もかけられない以上、早々に行動を起こした。
本能が止めるような相手である以上、町中だと無関係の人を巻き込む可能性が高いため、「魔の領域」と呼ばれる森で襲撃を行うことにする。
冒険者三人組も向かったので丁度いい。
ただ、こちらが警戒しているとわかっているはずなのに、冒険者三人組に緊張した様子が見られないことに、余計不安を覚えた。
どうにも嫌な予感がするが、それでも……やるしかない。
気持ちを押し込めて、まずは鉄針で牽制。
二人に防がれることは想定済みで、狙いは残る一人だが防がれてしまう。
数を増やそうが、すべて防がれる。
牽制では駄目だ。
危険だが、直接やるしかない。
鉄針を一気に投擲して意識をそちらに向けさせたあとに、俺は近場の木を駆け上がって飛び出し、短剣を手に取って上から襲撃する。
メイドに防がれた。
そのまま対峙したが……対峙してから本能が激しく警鐘を鳴らす。
だが、妻を治すために……逃げる訳にはいかない。
「……別にお前たちに恨みはないが、俺の目的のために殺す。いくらでも恨んでいいからここで死んでくれ」
メイドに襲いかかる。
一気に距離を詰めて短剣を振るうが避けられた。
本能が警鐘を鳴らす相手だ。
それくらいは想定の内だと、振るう手を止めずに連続で斬り付ける。
どれも当たらない。かすりもしない。完全に見切られている。
こちらが思う以上の相手であると認識して、さらに振るう速度を速めつつ、暗器も使って暗殺スキルを駆使した戦闘方法で一気に決め――られなかった。
すべて回避された上で、俺はメイドによって取り押さえられてしまう。
「……ぐっ! くそっ!」
「殺しに来たのですから、殺される覚悟はおありですよね?」
メイドから向けられる殺意は本物だ。
殺すと口にすれば殺す覚悟がある。
……すまない。
「アイスラ。待て」
メイドが俺を殺そうとした瞬間、少年が待ったをかけた。
暗殺者「(鉄針を投げる)」
アイスラ「(鉄針を弾く)」
作者「(弾かれた鉄針が飛んでくる)危なっ!」
暗殺者「(鉄針を投げる)」
アイスラ「(鉄針を弾く)」
作者「(弾かれた鉄針が飛んでくる)危なっ! 狙ってこっちに飛ばしているだろ!」