再びの襲撃
正直に言えば、漸く出てきた、と最初は思った。
前回は暗殺部隊――「血塗れの毒蛇」の残党だったそうだが、それはまだ残っているという話だったので、その残った残党からの視線かと思ったのだ。
けれど、直ぐに違うと気付いた。
向けられたのが殺意であるのは同じだが、明らかに質が違う。
前回と今回を比べれば、前回は児戯に等しい。
それぐらいの差がある。
だから、何者だと意識を向けた瞬間――視線を感じられなくなった。
こちら――俺とアイスラが気付いたのを察したのだ。
「……もう視線を感じられない。位置を探られないように、といったところかな」
「おそらくは。即座に襲撃されないということは、様子見のつもりだったのでしょう。ですが、失敗しましたね。私たちに警戒を与えてしまいました」
「そうだな。でも、こちらが気付いたことを直ぐに察したことといい、前回とは腕前がまったく違う。こちらが警戒したからといっても諦めることはないだろうな」
「そうですね。まあ、何が来ようとも排除するだけですが」
「……あの、襲撃とか様子見とか警戒とか、さっきからなんの話を?」
訳がわからない、とハルートが首を傾げる。
ハルートの戦闘能力だけではなく、感知系も鍛えた方がいいかもしれない。
まあ、今回のは腕が良さそうだから、感知できなくても仕方ない部分はあるが。
とりあえず、この場に留まっていても仕掛けてくる気配はないので、宿屋「綺羅星亭」へと向かい、そのまま休んだのだが、それでも襲撃の類は気配すらも一切なかった。
―――
「……特に何もなかったな」
普段とは違って、何かあればいつでも起きられるような仮眠状態で朝を迎えた。
………………。
………………。
なんだろうな。襲撃してくるのは別に構わない……いや、ここだと宿屋に迷惑がかかるからできれば控えて欲しいが、それでも襲撃があることは気にしない。
ただ、夜に襲撃するかどうかは教えておいて欲しいのが本音だ。
まあ、教える訳ないし、そもそも教えられたとしてもそれを信じるかどうかは別問題だが。
……そうではなく。
何を言いたいかというと、備えて仮眠でいたのに何も起こらなかった――という事実が精神的疲労を招いているということだ。
折角仮眠状態で居たのに、と思わなくもない。
しっかりと寝たいので、襲撃が早々に起こることを願って――もう一度、今度は睡眠を取った。
―――
思いのほか早く目が覚めた。
仮眠とはいえ、ある程度の時間横になっていたことが関係しているのかもしれない。
体を起こして、外を確認。
まだ朝の時間帯なので、食堂に朝食を頂こうと部屋の扉を開けるとアイスラが待っていた。
「おはよう」
「おはようございます。ジオさま。いつもと違ってお姿を見せませんでしたので様子を見に来ましたが……もしや警戒して寝不足ですか?」
「まあ、これまでと違う質の高さを感じたからな。アイスラの警戒を抜けるのは難しいとわかっているが、念のために警戒していた。無駄足に終わったがな」
「無駄足などと……こちらが気配を察したことで警戒していると相手側が判断して、襲撃を見送った可能性もございます」
「ああ、確かにそういう可能性もあるか。そうなると、向こうはそれなりの準備をしてから襲撃してくるかもしれない訳か……まあ、それでもやられてやるつもりはないが」
「そうですね。何が来ようとも、ジオさまに届く前に私が返り討ちにしてみせます」
「頼りにしているよ」
「はい。お任せください。(ふふふ。言質は取りました。これで、今度現れるかもしれない、ジオさまに色目を使う者は――)全力で排除させて頂きます」
何か含みのあるような気がしたが、アイスラは普段通りだ。問題ない。
食堂に向かうと、ハルートは既に朝食を取っていたので同席して共に食べる。
そこでハルートと少し話し、今別行動はしない方がいいので、ちーちゃんとの繋がりを優先するのならこのまま待機して、問題ないというか時間があるのなら鍛えるのを優先してもいいことを伝えると、ハルートは鍛える方を選択した。
というのも、ちーちゃんは今のところ繋がりによる指示出しをする必要がないくらい、順調に飛んでいっているそうだ。
大丈夫そうなので、ハルートを鍛えるために「魔の領域」である森へと向かう。
昨日思ったこともあって、浅層ではこれまでと違って感知系を鍛えることにした。
気の張り方、意識的に周囲を探る方法など、天性的なモノはあるかもしれないが、技術的なモノでできる範囲のことを教えて実戦させていく。
中層に入れると、一旦止めさせた。
そちらに集中させ過ぎると、魔物を相手に戦わせた時に意識が散漫となる可能性が今はあって危険だからである。
そして、中層の魔物を相手にして戦わせるため、どこに居るだろうと周囲を探ろうとした瞬間――。
「危ないぞ」
ハルートを軽く突き飛ばす。
そこに、ハルートを狙った鉄針が三本飛んできたので、剣を抜いて払い落す。
「なっ! え!」
「戸惑うな、ハルート。まずは構えろ。周囲への意識の向け方は先ほど伝えた。次が来ても落としてやるから安心して集中しろ。これもまた鍛錬の丁度いい」
「こ、この状況で? ……わ、わかった」
ハルートが槍を構えて、周囲を探るように意識を広げていく。
飛んできた方を見るが、投擲者の姿は見えない。
木の陰、森の中という場所を上手く使っているようだ。
再び鉄針が数本飛んでくる。
ただ、予想と違ったのは、狙いは俺だったということ。
まあ、通じないが。
すべて剣で払い落す。
次は早く、アイスラに向けて放たれてきた。
アイスラはなんでもないように払い飛ばす。
そのあとも鉄針は何本も飛んできた。
飛んでくる方向はまばらで、ハルートが反応しているのは任せているが、できていない場合は助けつつ、すべて払い落していく。
投擲者の姿は見えない。
気配を探るが、かなり希薄で上手く森の中に溶け込んでいる。
あと、周囲にそれっぽいのは居ないので、おそらく単独。
これだけで判断するのは早計だが、凄腕と言ってもいいかもしれない。
だからこそ、意識を鉄針だけに向けておくは危険である。
より広範囲を警戒しているからこそ、気付いた。
鉄針が飛んでくるのと同時に、周囲の木よりも高い位置から人が飛んでくる。
「ジオさま」
「わかっている」
アイスラが飛んでくる人の方へ向かい、俺は鉄針の方を叩き落としていく。
ハルートが対応できるのは対応させておいた。
すべての鉄針を叩き落とすのと同時に、ハルートを連れて後方へ少し下がる。
アイスラの邪魔をする訳にはいかないからだ。
アイスラは飛んできた人と対峙していた。
飛んできた人は、紫髪に、顔の下半分はマスクで隠されているが、目付きは鋭い、細身の男性。
手には短剣が握られている。
正直……少し驚いていた。
確かに、「魔の領域」である森で襲撃をするメリットはある。
殺しても死体の処理は魔物がしてくれるとか、ヘルーデンに戻って来ないと誰かが言ったとしても、魔物に殺されたとか迷ってそのまま行方不明とかで片付けらて、誰かに殺害されたとは思われず、余裕で逃げ切れる――といったところか。
ただ、一度森での襲撃は失敗して、そこから残党がまだ残っていることがわかっているのだ。
たとえ森での襲撃を再度行って成功したとしても、それをやったのは残党であると言っているようなモノだ。
少なくとも関連付けられる。
だから、森の中での襲撃はないというか、可能性は低いと思っていたので、町中――ヘルーデン内で襲撃されると思っていた。
何しろ、遮蔽物は場所によっては町中の方が多く、森の中だと魔物がいつ現れるかわからないために周囲への警戒が必要だが、町中となると相手にだけに気を配って集中できる。
襲撃者によっては無関係な人を巻き込んで――といった手法も取れるのだ。
それでもここで襲ってきたということは、余程の自信があるということだろうか。
まあ、それでもアイスラが負けるとは少しも思わないが。
「……別にお前たちに恨みはないが、俺の目的のために殺す。いくらでも恨んでいいからここで死んでくれ」
紫髪の男性がアイスラに襲いかかる。
暗殺者「はあっ!」
作者「なんでこっちに来るんだ! 無関係だから!」