サイド 家族
一方、ジオの家族の方は――。
―――
ルルム王国の西にある、広大な平原。ランツ平原。
そこはルルム王国とサーレンド大国が接している場所の一つであり、ルルム王国の東にあるウルト帝国を狙って定期的に侵攻してくる場所である。
大軍による侵攻可能な場所がここしかないからだ。
そのため、今回起こった侵攻もここで、いつもであればサーレンド大国軍は撃退される。
しかし、今回は違う。
結果はいつもと同じではなかった。
ルルム王国軍の敗北で終わったのだ。
そうなった理由は、大きく分ければ二つある。
一つは、いつもであれば一定数――多少の誤差はあれど、そう大きく変わることのなかったサーレンド大国軍の総数であるが、今回はその総数が違っていた。
いつもより明らかに多かったのである。
対してルルム王国軍の方はいつも通りであったため、対抗するのが難しくなった。
もう一つは、そのルルム王国軍の方にある。
前王の弟による謀反が起こった報告が届くと、ルルム王国軍の一部が行動を起こしたのだ。
サーレンド大国軍に向けて、ではなく、ルルム王国軍の総大将、それとその息子に向けて。
残りのルルム王国軍はそれに対して、サーレンド大国軍を相手にしていたために動けなかったのだ。
総大将であるパワード家の当主でジオの父親――オール・パワードはそれでも動揺を見せなかったが、その一部の動きに呼応するようにして、サーレンド大国軍が動いた。
オールは馬鹿ではなく、勘も働く。
大抵、悪い時にその勘は働き、当たる。
情報と勘によって、オールは共に来ていた長男をこの場から逃がし――捕らえられた。
「……まさか、な」
そう口から漏らすのは、青い短髪に筋骨隆々な体付きの上に分厚い鎧を身に付けた五十代の男性。
それが、サーレンド大国軍・総大将である、ジェド。
「何がまさかだ?」
ジェドの発した言葉に対してそう告げるのは、ジェドの目の前で手足に錠がかけられ、体も全体的に縄で縛られている、黒髪短髪の筋骨隆々の四十代の男性。
一目見ただけで、念入りに、というのがわかる。
それが、オールの今の状態であった。
「お前が捕まっている、正にこの状況が、だ。聞けば、捕らえられる時に抵抗らしい抵抗はしなかったそうだが、なんでまた? 自国の兵とはいえ裏切ったんだ。お前ならそんなの返り討ちにすると思っていたが?」
「はあ? これでも伯爵家当主だぞ。野蛮なお前とは違うんだよ」
「あ? 野蛮なのはお前だろ、お前」
「お?」
ジェドの方から身を屈め、オールとジェドは睨み合う。
ただ、殺伐ではなく気安い雰囲気が流れる。
互いに総大将という立場だが、両者共に後方ではなく最前線で戦うことを良しとする気質であるため、見知らぬ仲ではないからだ。
要は、これまでに何度もやり合っているのである。
睨み合いながら、オールが口を開く。
「……目的を知るためだ。殺意の類はなかったからな。何を目的として俺を捕らえようとしているのかを知るためだ」
「まっ、お前ならそうだろうな。出方次第では無理矢理拘束を外すこともできるだろうし」
「その結果が、まさかサーレンド大国に引き渡されるとはな。王都で起こったことも含めて、これらはサーレンド大国の企みということか?」
オールの問いに、ジェドは面倒臭そうに息を吐く。
「はあ……どうだろうな。俺も知らん。ただ、そういう命令があっただけだ。だから、お前を大王都まで連れて行く。」
「大王都に?」
「ああ。大王さまがお前と会ってみたいそうだ」
「ほう……」
オールは考える。
(大王が会いたいときたか。だが、これは……のっておくべきか。下手に今俺が王都に戻ると、要らぬ騒動を起こすかもしれない。長男はこの場から逃したし、家の方は愛する妻が上手くするだろうから次男も大丈夫………………ジオが何か仕出かしそうな気がするが……まあ、大丈夫だろう。良し)
「いいだろう! 会ってやろうではないか! 大王に!」
そう言って、オールは自身を拘束する錠と縄を力で粉砕、引き千切って立ち上がる。
「……大人しく捕まったと言うのであれば、大人しく捕まっておけ。オール」
ジェドは額に手を当てた。
―――
艶やかな黒の長髪と、スレンダーな体付きにドレスを着た、凛とした佇まいの四十代の美しい女性。
それがパワード伯爵夫人――カルーナ・パワードである。
カルーナは、前王の弟が謀反を起こす前に、実家のある王都近郊の領へと戻っていた。
――メーション侯爵家。
それがカルーナの実家で、その実家からの呼び出しである。
戻ったカルーナがまず耳にしたのが、前王の弟による謀反が近日中に起こる可能性が高い、というモノだった。
カルーナの父であるメーション侯爵がそのことを直接伝えたのだが、何故この情報を知っていたかと言えば、メーション侯爵家は情報を扱う――所謂諜報を得意とする家だからである。
しかし、それでも予想外、予定外は起こるのだ。
今回もそう。
前王の弟は勇猛か蛮勇か、行動は早くに起こされた。
カルーナとメーション侯爵が、事が起こったのを知った時は既に終わったあと。さらに追加の情報で、前王の弟が新王として即位し、元々の王が捕らえられたことを知る。
メーション侯爵家は元々の王の派閥筆頭の立場であり、これから捕らえられた王を救出するために動いていく。
その前に、カルーナは手を打つ。
新王がパワード家を狙っていることを知り、自分の専属の中で最も強いメイドをジオの迎えに行かせた。
カルーナとしては自分で迎えに行きたいのだが、狙いがパワード家ということで自分も標的の一人である以上、更なる危険を呼び込むと判断して、断念せざるを得なかったのだ。
ただ、カルーナはジオの母親。
よくわかっている。
「アイスラを迎えに行かせたけれど、アイスラはジオには甘いし……ここには来ないかもしれないわね。王都は出て、そのままどこかに隠れ……いえ、ジオなら私の予想を超えた方法で、ここからこの事態を逆転させるようなことをしてもおかしくないわね」
うんうん、と頷くカルーナはどこか自慢げである。
いや、自慢なのだ。
「でも、今日はジオの誕生日だというのに、こんなことになるなんて……もし知っていて決行したのなら、それ相応の報いを与えないといけないわね」
そう言って、カルーナは顎に指を当てて、ん~……と考え始める。
「やはり謝罪は必要よね。あとは……恥辱? 謝罪は裸で……うえ。見たくないし、想像もしたくないわ。他に……性癖に沿わないことも苦痛を与えることになると思うけれど、それで新しい扉を開かれても困るし、その辺りは加減が難しいけれど……それは終わってから考えることね。まずは、相手をどう追い詰めていくか……ふふ……」
まずはそれが楽しみ、とカルーナが普段は見せることのない酷薄な笑みを浮かべる。
―――
戦場となっているランツ平原から、ルルム王国側に向かって少し進んだところにある森の中。
「ぎゃあっ!」
野太い悲痛な声が響く。
そんな声を発した者は、鎧を着ている男性。ルルム王国軍の兵士。新王側の兵士。
鉄製の頑丈な鎧だが、全身を覆うようなモノではないため、覆われていない部分を斬られて声を発したのだ。
兵士を斬ったのは、黒髪で、非常に整った顔立ちに、動きやすそうな軽装を身に付けた美しい男性。
それがジオの兄――リアン・パワード。
その手には、キラリと光る長剣が握られている。
「囲め! 囲め! 囲んじまえば、こっちのモノだ!」
「いくらリアン・パワードであろうとも、この人数差ならいける!」
「あのお綺麗な顔を歪ませてやるぜ!」
揃いの鎧を身に付ける者たち――斬られた兵士の仲間である七人の兵士が、己を鼓舞するように声を荒げ、リアンを囲んでいく。
オールが残ったことによって、リアンは戦場であるランツ平原から馬に乗って逃げ出すことができたのだが、当然のように追っ手が差し向けられた。
リアンとしてはそのまま逃げ続けることもできたのだが、このまま追われ続けるつもりはないため、森の中に入ると一度馬から降り、迎撃に転じて一人斬った――のが現状である。
「……はあ」
周囲を確認しながら息を吐くリアン。
次の瞬間には取り囲む兵士たちに向けてリアンは鋭い視線を向ける。
「貴様たちに一つ言っておこう。力の差は歴然。数を揃えた程度でこの私を、パワード家の者をどうこうできると思わない方がいい」
リアンはその言葉に殺気を交じらせた。
しかし、兵士たちはそれで動じずに応じる。
「はっ! 確かに、あんたは強い。だが、もうパワード家の時代は終わりなんだよ!」
「その通りだ! お前はここで死に、当主はサーレンド大国行き! 残るは夫人とガキ一人!」
「夫人の方は運が良ければ俺たちの方にも回ってくるかもなあ! あとはお前の弟――ガキの方は出来損ないと聞いている! それじゃあ、使い道がねえなあ!」
リアンを怒らせて動きを単調化させるためか、あるいは動揺の一つでも誘えればいいと思ったのか、兵士たちは貶めるようなことを口にして笑い合う。
だが――それは悪手。
「あ゛あんっ!」
リアンが荒い声を上げ、ジオのことを出来損ないと口にした兵士の下まで瞬時に移動し、それ以上囀るなと言わんばかりにその兵士の首を掴んで引き寄せる。
「私の弟のどこが出来損ないだ! ああ゛ん! 貴様らの基準で私の弟を語るな! お゛お゛んっ!」
ほぼゼロ距離でそう口にして、リアンはその兵士の顔面をフルボッコ。
怒りが全身から溢れている。
「……オ、オオオオオッ!」
リアンの突然の行動に驚き固まっていた兵士たちの一人が鼓舞するように声を張り上げて動き出した。
一人が動き出せば、残りも動き出して、リアンに襲いかかる。
「上等! 全員潰す!」
リアンは顔面フルボッコにした兵士を襲いかかってくる兵士に向けて放り投げ、自分は別の兵士へと襲いかかる。
――一方的な展開となった。
兵士たちはリアンを斬り殺そうと剣を振るうが、かすり傷すら付けることができない。
対して、リアンは手に持っていた長剣は鞘に納め、肉弾戦で一人ずつフルボッコにしていく。
決着まで時間はかからなかった。
「う、ううぅ……」
兵士たちは全員フルボッコにされて、そこかしこで蹲って呻いている。
対してリアンは息一つ乱さずに立ち、僅かに乱れた衣服を直していた。
怒りは、もう感じられない。
「……ふう。さて、私の予想通りなら……上手く合流できるといいのですが」
兵士たちには目もくれず、リアンはそう口にして、近くで待っていた馬に乗ってこの場から姿を消した。