褒めた?
翌日。
宿屋「綺羅星亭」の食堂で、アイスラ、ハルートと共に朝食を食べていると、辺境伯の遣いと名乗る騎士が現れる。
ウェインさまからの呼び出しだろうか? と思ったが違った。
報告を伝えに来た、と言う。
……なんの? 何かあっただろうか? と思ったら、引き渡した黒ずくめの人たちについて、だった。
丁度朝食を食べ終わったので、俺が宿泊している部屋で聞く。
少なくとも、食堂で聞く話ではないだろう。
黒ずくめの人たちについて。
その正体は「血塗れの毒蛇」の残党であり、暗殺部隊に所属している人たちだそうだ。
よくそんな人たちの尋問ができたな、と思う。
まあ、表には出せない手段の一つや二つはあるだろうから、そこは気にしないというか、突っ込まない方がいいだろう。
「血塗れの毒蛇」の残党が残っていたことについては、壊滅時に暗殺部隊は幹部の一人と一緒にヘルーデンには居なかったため、運良く逃れていた――ということだった。
それで戻って来て壊滅したことを知り、幹部の指示で情報を集めて俺たちに行き当たり、報復行動に出た――というのが一連の流れである。
結果は返り討ちに遭った、だが。
ただ、これで終わり――という訳ではなかった。
残党は、まだ残っている。
幹部の一人だけではなく、暗殺部隊もまだ数名だが残っているらしく、また俺たちに襲いかかってくる可能性は十分にある、ということだった。
面倒なのでさっさと潰したいところだが、暗殺部隊の方はともかく、幹部の方はかなりの秘密主義らしく、滞在場所は誰にも教えていないそうだ。
本当に面倒である。
騎士から報告は以上で、「大丈夫だと思いますが、お気を付けください」とこちらの身を案じてから帰っていった。
まあ、なんにしても、まだ残党は残っているということだ。
それならそれで、現れた時に返り討ちにすればいいだけなので、気にしないことにした。
―――
報告を聞き終えたあと、早速とばかりに「魔の領域」である森へと向かう。
今回もハルートはぐるちゃん、それと新しい小鳥のために、たくさんの食料を買って大荷物であったため、それらは俺の肩掛け鞄に入れておいた。
「やっぱり、あったら便利だよな、マジックバッグ。……高い、よな?」
「どうだろうな。ものによると思うが? 俺もそこまで詳しい金額は知らないが、少なくとも俺が使っている肩掛け鞄は高性能だから、買おうと思えば相当な金額になると思う。だから、もしかすると、性能次第ではハルートも手を出せるかもしれない。でも、そこらにあるような物ではないから、安い買い物でないのは確かだ」
「……そうだよな。安い訳ないよな」
「まあ、俺が居る時は運んでやるから安心しろ。あとは、そもそもぐるちゃんが町まで来れるようになれば、ここまで大荷物を持つこともなくなるだろうし……でも、目標の一つに定めるのは悪くないと思うぞ」
「目標……そうか。確かに悪くないかも」
ハルートが納得したように頷く。
まあ、ぐるちゃんの力を使えば――魔物は基本的に狩り放題であるし、金も直ぐ貯まると思うのだが……それはきっと違う。
あくまで、ハルート自身が稼いだ金で、というのが強くなったという自信に繋がるはずだ。
今度ヘルーデンにある魔道具店を見に行くのもいいかもしれない。
でも、それは今後の話だ。
今日の予定は既に組んでいる。
「「「いってらっしゃいませ!」」」
門番の態度にももう慣れ――あれ? 今、冒険者っぽいのと騎士っぽいのが門番と並んで挨拶していたような……。
視線を向けると、実際に門番だけではなく冒険者と騎士が並んで敬礼していた。
こっちが慣れてきたところで、手を変えてきたようだ。
……それをやめるという選択肢はなかったのだろうか?
ただ、なんか違うのが一人居る。冒険者だ。
門番と騎士は俺たちを見ているのだが、冒険者だけはアイスラを見ている。
あれだ。普段寄らないので忘れていたが、アイスラは一部の冒険者たちから「姐さん」と呼ばれている。
あの冒険者はその一人なのだろう。
関わると面倒ですから、さっさと行きましょう――とアイスラの表情が物語っていて、それには俺も同感なので、そのまま「魔の領域」である森へと向かった。
―――
前回と同じように、道中の魔物はハルートを鍛えるために任せる。
その中で、新しい槍や防具の使い心地を確認してもらった。
「あ、あの、なんか払えば魔物をスパッと斬れて、突き刺す簡単に刺さっていって、どちらも手応えみたいなのが一切感じられないんだけど」
「まあ、槍の穂先がそれだけ鋭いってことだな」
「あ、あの、どうにか防具で受け止められましたけど、一切傷がないというか、凹んですらいないのは……」
「それだけ頑丈ってことだ。良かったな。安心感が違うだろ」
新しい槍と防具に、ハルートはまだ戸惑っているようだ。
使い慣れていないだけだろうから、その内使い慣れると思う。
武器と防具がよくなって少しは調子に乗ると思ったが、ハルートは特に変わらなかった。
きっと、俺とラックスさんの注意が効果を発揮しているに違いない。
そうしてハルートを鍛えながら奥へと進んでいき、武器が良くなったからか魔物を倒すまでの時間も短くなって、思っていたよりも早く中層へと入った。
中層を少し進み、そこから先は前回と同じである。
ハルートがぐるちゃんと新しい小鳥を呼び、ぴゅいちゃんと共にバーベキュー。
穏やかな時間を過ごしたあと――ハルートにギフトによるテイムをお願いする。
「わ、わかった」
何故か、ハルートは緊張しているようだ。
早く引き当てないと、とでも焦っているのかもしれない。
「ハルート。早い方がいいのは間違いないが、それでもお前を急かす気はない。時間がかかるというのはわかっていることだ。それに、そもそも普通にテイムしようとしてもできるとは限らないのに、お前のギフトは確実なのだ。こうしてギフトを使ってくれるだけで、十分俺たちの助けになっている」
「そうか……そうか……ははっ。初めてだ。こんなギフトを褒められたのは」
俺は「……今、褒めたか?」とアイスラを見る。
アイスラは「……今、褒めましたか?」と首を傾げた。
事実を口にしただけで、別に褒めた気はしないが、ここはハルートの緊張を解くために、流れに乗っておくべきだろう。
「ああ。褒めた。褒めた」
「いや、絶対褒めたと思ってないだろ、それ!」
「俺としては思ったことを言っただけだからな」
「だから、それが……もういい。時間の無駄な気がする」
そう言って、ハルートは近くの木に登り、枝の上に腰かけて腕を上げた。
ハルートのギフト「木の上の王子さま」が発動したことを知らせるように、遠くからこちらに向かってくる羽ばたき音が聞こえてくる。
視線を向けると、大きな鳥がこちらに向けて飛んできていた。
大きな鳥「(ばっさばっさばっさ)」
作者「違う違う! こっちじゃない! 向こう向こう!」