悩ましい
ドワーフで、ヘルーデンで一番の鍛冶師? であるラックスさんにハルートの武具製作を依頼するため、同じくドワーフでラックスさんの奥さんであるエリーさんの宝飾店へと向かう。
その道中に妙な視線は感じない。
残党はあれで全員だったか、それともそこまで手が回らなくなった、あるいは諦めたか……答えは出ないが、妙な視線があると面倒というか不快なので、それがないだけマシである。
幾分気持ちを軽くして、アイスラも同じ気持ちだろうから、ハルートにこのことを伝えつつ、これから向かう場所についても説明した。
「ラックスって……もしかして、ヘルーデンで一番の鍛冶師と言われている、あのラックス……さま?」
「同じ名の人が複数居るかどうかは知らないが、少なくともそのラックスさんだ。実際、俺が今提げている剣はラックスさんが作ったモノで、見た目以上の切れ味がある。というか、ラックス、さま?」
「ヘルーデンで一番の鍛冶師をさま付け以外で呼べるか! というか、え? これからラックスに俺の武具を作ってもらうってこと?」
「そういうことだ」
肯定すると、ハルートはウェインさまとルルアさまに初めて会った時や、俺が元貴族だったとわかった時と同じように大緊張状態となった。
ハルートの大緊張状態をどうにか軽減している間に、エリーさんの宝飾店に辿り着き、そのまま中に入ると――。
「待っていたぞ!」
ラックスさんが待ち構えていた。
「ごめんね。『血塗れの毒蛇』を潰したのはあなたたちだ。だから、きっと武具の手入れなり、新しいのを求めてくるだろうからって、数日前から店の中で待っていてね。邪魔で仕方なかったよ。悪いんだけど、また付き合ってあげてくれる?」
エリーさんが苦笑を浮かべる。
俺も苦笑を浮かべていると思う。
まあ、大体合っているので、話は早い気がしないでもない。
なので、ここに来た目的と一緒に、「血塗れの毒蛇」を壊滅させるきっかけを作ったのが自分たちであることも伝える。
ハルートのことを話すとなるとその方が早いし、ラックスさんとエリーさんなら他言はしないと思ったからだ。
聞き終えたラックスさんは「やっぱりな」と笑みを浮かべたあと、ここに来た目的については「受けてもいいが、もちろんお前も手伝うんだよな?」と俺に確認してきたので頷きを返した。
「なら、問題ないな。だが、一応言っておくが、こちらも素材を使う以上、タダという訳にはいかない。それはわかっているな?」
「わかっている。大丈夫だよな? まあ、俺が手伝うから、思っているよりも安くなるはずだ」
「……え? あっ! だ、大丈夫だ。は、払える」
ラックスさんと直に会って再び緊張状態になっていたハルートだが、どうにか答えてくれた。
実際、「血塗れの毒蛇」壊滅の件で大金を貰ったので、そこから出せるから問題ない。
ハルートの緊張状態については、あとは時間が解決してくれると思う。
「良し! では、楽しい楽しい鍛冶の時間の始まりだ!」
眠れない時間が始まった。
―――
朝日を浴びて……つらい。
初めての感覚だ。
普通、朝日を浴びるのは気持ち良さが先にくるだろう。
象徴の一つと言ってもいい。
しかし、今はつらい。眩しさが堪える。
基本的にギフト「ホット&クール」で快適環境のはずなのに、それとは違う力が働いているような……何か、こう根源的な………………根源的? 根源ってなんだ? 頭が働かない。
多分、体感で二日寝ていない影響だろう。
……二日、だよな?
確信が持てないくらいに、ずっとラックスさんの鍛冶を手伝った。
あ、あと、周囲の音がよく聞き取れない。
もう少し大きくならないだろうか。
耳には鎚を叩く音がずっと奏でられているので、他の音が聞き取れないのだ。
偶に、ラックスさんの「熱くしろ」や「冷ませ」も聞こえてくる。
けれど、最後に聞こえてきたラックスさんの言葉は「できた!」だった。
だから、完成した……何が? あれ? 何を作っていたのか……思い出せないが、俺は解放されたのだ。
達成感がある。
でも、朝日を浴びて今はつらい。
吸血鬼は陽の光に弱いと言われているが……あれ? そうなると、俺は吸血鬼?
意識が途切、れ……柔らか………………。
「ふおおおおおつ! ジ、ジオさまが自ら私にもたれかかって――ではなく、これは押し倒そうとしたのに間違いありません! つまり、それだけ私を求めているということ! その想いに応えねば、女が廃るというものです! さあ、まずは服を脱いで、それとも着たままの方が良いですか? 大丈夫です! どちらにしても私がすべてやっておきますので、ジオさまは私から与えられる甘美な快楽に身を委ね……ぐっすりと眠っているようですね。初めては記憶に刻み付けて、私の体に刻み付けたということを憶えておいて欲しいですし、諦めますか。まずはベッドに寝かせましょう。………………その前にジオさまの裸体を、いやいや、駄目駄目……はっ! ジオさまだけが裸体になるのは恥ずかしいでしょうから、私も裸体となって、さらに隣で添い寝しておけば、ジオさまが目覚めた時に事後に……いや、だから、記憶に……悩ましい!」
―――
………………。
………………。
意識が目覚めた。
いつもより長く眠っていたような……そんな感覚がある。
朝日だろうか。窓から入る陽の光が心地良い。
それと、ここがどこかもわかった。
以前も宿泊した覚えがある。
ラックスさんとエリーさんの家だ。
それはわかったが、え~と、俺はここで何をしていたのか……そうだ。思い出した。ラックスさんのお手伝いとして付き添い、ハルートの武具を作ったのだ。
ついでに、他にもラックスさんのお願いで何か作ったような……記憶にない。
まあ、ハルートの武具ができているのなら、それで十分である。
ベッドから身を起こすと――。
「おはようございます。ジオさま」
突然、アイスラから声をかけられて驚いた。
まったく気配を感じていなかったからである。
寝過ぎて感覚がおかしくなったか? ……寝過ぎ?
「おはよう。アイスラ……アイスラ? なんか凄い目が充血していないか? それに、どことなく疲れているというか、きちんと休んでいるのか?」
「ご心配をかけたのなら申し訳ございません。ジオさまの安全を確保しつつ、色々と……そう、色々と悩んでいる内に丸一日が経ってしまい、休み時を失ったと言いますか……」
丸一日? もしかして、そんなに俺は寝ていたのか?
そういえば、その前にラックスさんの鍛冶を手伝って無茶したような……思い出せない。思い出すことを拒否しているかのように思い出せない。
いや、今それはいい。
「そうなのか。なら、俺はもう大丈夫だから、ほら、今はアイスラが休んで」
自分が寝ていたベッドにアイスラを押し入れて無理矢理休ませる。
あっ、勢いでやってしまったが、他のところにアイスラ用が用意されて――。
「ああ……ジオさまの残り香……ジオさまに包まれて……ZZZ……」
直ぐ寝入ってしまった。
今更動かすのは忍びないので、このままでいいか。
音を立てないように、そっと部屋を出た。
―――
とりあえず、状況を知るためにラックスさんを探す。
いや、ハルートも居ると思うので、そのどちらか、だろうか。
直ぐに見つかった。
二人共。鍛冶場に居た。
「おお、起きたようだな!」
「お、おはよう」
俺も「おはよう」と返したあと、様子を窺う。
どうやら、ハルートに作った武具を持たせて調整を行っていたようだ。
ハルートのために作ったのは、武骨ではあるが見た目以上の鋭さを持つ槍と、動きやすさを重視して、胸部や肘、膝を覆う、見た目以上に頑丈な防具である。
「どうだ、ハルート」
「強くなった気がする!」
「「気のせいだ」」
俺とラックスさんの声が重なる。
どれだけ武器が良くても使いこなせないと意味はないのだ。
それに、良い武器を手にした時の万能感を抱いたままでは危険なので、そういうのは早めになくしておいた方がいい。
「わ、わかっているよ。気のせいだって……だから、強くなるために頑張っているんだし。でも、二人一緒に言わなくてもいいと思うんだけど?」
「まあ、こっちも揃うと思わなかった。悪かったよ。わかっているならそれで十分だ」
「少なくとも、自分で自重できるなら問題ない。武具も問題なさそうだし、あとは実際に使ってみてだが、何かあれば来い。直してやる」
「わかった。ありがとう。……あっ、そういえば、ジオさん。そろそろ使えそうなんだけど、どうする?」
何が? と言う前にピンと来た。
ギフトか。
ならこれから、といきたいところだが、今はアイスラがお休み中である。
なので、今日はのんびりと過ごして明日向かうことにした。
アイスラ「悩ましい! ああ、悩ましい!」
作者「すみません。別のところで悩んでもらっていいですか?」