サイド 残党
――ヘルーデン内の某所にある一軒家。
そこは、裏ギルド「血塗れの毒蛇」に所属する茶髪の四十代男性――幹部の一人が独自に用意した隠れ家である。
用意した理由は、一つ。
上からの理不尽な命令に、下から突き上げの板挟みの幹部という立場に疲れた時、誰にも邪魔されずに休めるように、というモノだった。
そのため、この一軒家が隠れ家である、というのは利用する幹部以外は誰も知らない。
「血塗れの毒蛇」のボスすらここを知らないのだ。
だからこそ、「血塗れの毒蛇」壊滅時、ここは家探しされることもなく、逃れることができたのである。
そして、その幹部は壊滅時にヘルーデンには居なかった。
暗殺部隊の取り纏め役であり、暗殺部隊を率いて別の町に行っていたのだ。
それが戻って来て、壊滅を知った。
幹部としては、裏ギルドの矜持として報復に出るのは当然のことなのだが、それ以上にこのままでは自身の身が危ういことを知っている。
「血塗れの毒蛇」はヘルーデンの裏ギルドであるが、その誕生にはとある者が目的を持って多額の金銭を出した出資者として関わっていた。
出資は今も続いているため、目的は達成していない。
半ば、である。
それなのに壊滅してしまった。
幹部はとある者と通じているというか元々とある者の部下で、「血塗れの毒蛇」には出向という形である。
だから、とある者について、幹部はよく知っていた。
目的達成せずに壊滅となると、これまで出資した分は回収されないも同然であり、それがとある者にとってどれだけ怒りを買うことに繋がるのかを。
また、自分がその責任を取らされる立場である、ということも。
だからこそ、何故「血塗れの毒蛇」が壊滅したのかを、一般住民だけではなく、まだ捕まっていなかった「血塗れの毒蛇」の者や、他の裏ギルドにまで捜査網を広げて徹底的に、金も使って探り出した。
――人の口に戸は立てられない。
ましてや、今は壊滅して間もないため、人々は興奮によって口が軽くなっている。
誰しもが、自分の知り得た情報を誰かに話したいのだ。
濁してはいただろう。
すべては話していないだろう。
しかし、集めた小さな情報をパズルのように合わせていけば、時にそれは真実を導き出す。
そうして、幹部が原因に辿り着くまで、そう時間はかからなかった。
下っ端の子飼い冒険者パーティの失態。
それに絡んだ冒険者三人が、壊滅の立役者。
その冒険者三人が誰なのかも、直ぐに判明した。
幹部は直ぐに行動に移す。
件の冒険者三人が「魔の領域」である森へと揃って向かった、というのも運が回ってきたと解釈した。
何しろ、「魔の領域」である森の中であれば目撃者は居ないも同然であり、殺害が発覚しても魔物のせいにできる上に、上手くいけば死体は魔物の腹の中で永劫行方不明である。
幹部はほくそ笑みながら、確実性を考慮して、暗殺部隊の大半を送り込んだ。
その結果。残った暗殺部隊の者から情報を聞いて、隠れ家へと一人戻ったあと――。
「……くそっ! 馬鹿な! あり得ないだろう! 精鋭だぞ! 十二人の精鋭暗殺部隊が全員捕らえられるだと! しかも、情報によれば三人の内の二人はまったく無傷で、残る一人も軽傷で済んでいるというのは……どうなっているというのだ!」
幹部は激しく狼狽えていた。
これまで失敗などしてこなかった、達成率100%の精鋭暗殺部隊が初めて失敗しただけではなく、幹部が現在持っている戦力が精鋭暗殺部隊だけであったため、大半が失われたことで戦力が大幅に下がったのは間違いない。
「このままでは報復どころか、私の身も危うい……辺境伯の大きな失態にまでなっていない以上、あの方は決して許さないだろう……新王誕生によって、これからだったというのに……」
幹部は頭を掻きながら、一軒家の中をうろうろする。
考えを纏めようとしているのだ。
「……くそっ。今まで上手くいっていたというのに……どうして……幸いなのは、間抜けにも捕らえられた者たちが口を割って私のことが辺境伯側に伝わったとしても、あいつらはここの場所を知らない……ここに居る間は安全だ……今の内に、何かここから一発逆転の手を……」
うろうろ……うろうろ……。
幹部は考え事で頭が一杯になり――周囲への注意を怠った。
それでなくとも、足下は見えにくいモノだ。
幹部は止まることなくうろうろするあまり、足の小指を椅子の足に勢い良くぶつける。
「あ――いたっ!」
体が反応するままにしゃがみ込み、ぶつけた足の小指に手を当てる。
それで幹部はバランスを崩した。
体勢が悪く、踏ん張ることもできずに転がる幹部は、近くにあった本棚にぶつかって後頭部を強く打つ。
さらに、その衝撃で本棚から本がずり落ちて、幹部の頭頂部を直撃。
「んげっ!」
奇妙な声を上げて、倒れる幹部。
とことんついていない状況であるが、こういう時に妙案が浮かび上がったりする場合もある。
幹部はそうだった。
少なくとも、幹部にとっては妙案なのだ。
立ち上がり、歓喜を露わにする。
「そうだ! 確か、最近得た情報の中に、当代一と言われる暗殺者の弱みがあったな。それを使ってヤツを差し向ければ………………ク、クク……クハハハハハッ! これですべて片付けられる! それに、上手くやれば私が新たな裏ギルドのマスターにだって……」
幹部が狡猾な笑みを浮かべた。
そこに、ずり落ちていなかった本が落ちてきて、再度頭頂部を直撃。
幹部は倒れる。
「血塗れの毒蛇」の残党である幹部が動き出すまで、少し時間がかかった。
幹部「すみません。頭部と足の指の治療を」
作者「いや、ここ病院じゃないから」
幹部「ええ! 違うのか!」
作者「見ればわかるだろ!」