押しの強い……
ブロンディア辺境伯の家というか城に一泊することになったのだが、それで直ぐにでものんびりというか一息吐ける訳ではなかった。
ここが他人の家というか城だから、というのは今回関係なく、アイスラとウェインさまが直ぐ戦いたがったのだ。
それに付き添った。
互いに同じ木剣を持ち、模擬戦を始める。
「付き合わせて悪いわね」
「まあ、アイスラが父上や兄上と模擬戦をする時も、度々付き合わされていたから大丈夫」
ルルアさまと共に模擬戦を眺める。
どうやら純粋に剣技を競うようで、互いに木剣での攻撃しか行わない。
――その結果は、ウェインさまの勝利だった。
「がっはっはっはっ! 剣技だけなら、まだまだ負けんわ!」
「……くっ。まだ剣技では勝てませんか」
ウェインさまが喜びの声を上げるが、その姿は結構ボロボロである。
それはアイスラも同じだが、それだけどちらも本気だったということだ。
回復薬、あるいは回復魔法があるだろうから、明日には残らない、と思う。
しかし、剣技だけの勝負だったとはいえ、アイスラに勝つとは、ウェインさまは本当に強い。
まあ、俺がなんでもありなら強いとアイスラが言ったように、アイスラが収納魔法の中にある専用の剣を使っていれば、結果は変わる……かもしれない。
父上もそうだが、ウェインさまからも、なんというか理不尽を跳ね返しそうな強さを感じるので、そう簡単な話ではなさそうだが。
それで模擬戦が終われば、あとはのんびりと過ごす。
食事も共にして、ウェインさまからは父上や兄上の、ルルアさまからは母上の話を聞いている内に、いい時間になった。
ここは辺境伯の城ということで立派なお風呂があり、久々にお風呂に入ることになったのだが、ここでなんというか押しの強いメイドが世話を焼こうとしてきたのに困る。
二十代前半くらいの黒髪で押しの強いメイドは、「お体の隅々まで洗わせて頂きます。ご希望でしたら私の体を使って」と共に入って来ようとしてきたのだ。
体を使って洗うというのはよくわからないし、妙な悪寒もしたので断ったのだが、メイドの押しが強かった。
あと、言葉も強いというか勢いがあるというか、「これが私の仕事で、私はこれを全うしなければならない鋼の意志があります」と言われて実際に何かしらの強い意志を感じると、どうにも俺は弱く、押し切られそうになった時、助けが現れる。
アイスラだ。
ウェインさまとの模擬戦での傷はもう見当たらなかった。
「私ですら成し得ていないことを――貴様如きが!」
「私をそこらのメイドだと侮らないように!」
「それはこちらの台詞です! ちなみに言っておきますが、私は北部冥土豪拳の使い手ですよ」
「それは面白くなりそうですね。ちなみに、私は中部冥土極拳を嗜んでいますので、そう簡単にはいきませんよ」
なんかよくわからない言い合いをして、アイスラが押しの強いメイドと戦い始めたので、助かったとアイスラに感謝しつつ、その間にお風呂に入った。
………………。
………………。
さっぱりしてお風呂から出ると、押しの強いメイドは床の上に倒れていて、その背には勝利のポーズを取るアイスラの片足が乗せられていた。
「……えっと、アイスラ?」
「はっ! しまった! ジオさまの裸体を見――失礼しました。はしたない真似でした」
乗せていた片足を背から下ろして、アイスラが一礼する。
……なんとなく残念そうに見えるのは気のせいだろう。
おかげでゆっくりと浸かることができた、とアイスラに感謝を伝えてから寝た。
―――
翌日。豪華な朝食を頂いてから、ウェインさまとルルアさまにお世話になりましたと伝えにいったところ、険しい表情が返された。
「えっと、どうしてそのような表情を……まさか、このまま泊まり続けろ、とか?」
「そう言えばそうしてくれるのか?」
「いえ、それだと今以上に目立つ結果になるので」
「わかっている。その必要性もな。だから、宿泊は報告時で構わない」
それだと報告しに来る度に……まあ、いいか。
ウェインさまは、アイスラと模擬戦がしたいのだろう。
ただ、懸念があって、それは押しの強いメイドだが……アイスラを見れば任せてください、と頷いている。
押しの強いメイドの姿も見えて、次は負けない、と言いたげに不敵な笑みを浮かべていた。
もう放っておいても大丈夫だろう。
しかし、そうなると、どうして険しい表情なのか。
理由はルルアさまが教えてくれた。
「今朝届いた報告によると、『血塗れの毒蛇』を壊滅させた者が誰なのかを探る動きがあるようなのよ」
「それは……別に不思議なことではないような」
「そうね。知りたい、と思うのは当然の欲求だと私も思うわ。でも、今回はその相手が問題なのよ。『血塗れの毒蛇』が壊滅したとしても、裏の人間すべてが居なくなる訳ではないわ。小さな組織は当然残っているし、『血塗れの毒蛇』の残党も居るかもしれない。その辺りすべてが探しているとなると、警戒しておいた方が良い気がするわ」
「警戒を促してくるということは、『血塗れの毒蛇』を壊滅してくれてありがとう、と感謝を伝えるため――ではないということか。わかった。警戒しておく」
情報をありがとう、と伝えてから、アイスラと共に辺境伯の城をあとにした。
―――
まずは宿屋「綺羅星亭」に向かう。
警戒を促されたので、ハルートの安否確認と共に、この情報も伝えておこうと思ったのだ。
宿屋「綺羅星亭」に入ると――ハルートは食堂に居た。
食事を取っているようだが、時間的にかなり遅めの朝食だ。
とりあえず、無事なようなのでホッと安堵する。
声をかけるために近くに寄ると……ハルートの目の下にはクマができていた。
だからか、余計に眠そうに見える。
「……ハルート。寝ていないのか?」
「え? あっ、ジオさん……そう……あんまり、寝ていない……」
「まさか、何かあったのか? 襲撃とか? それを警戒して?」
「……は? 一体なんの話を? ……俺があんまり寝ていない、のは……その、アレを……どこに隠し持っておけばいいのか……中々決められなくて……」
アレ? 隠し持って? ……ああ。ブロンディア辺境伯家が後ろ盾だと証明する小さな盾のことか。
「まだ決まっていないのか?」
「いや、どうにか決めて……それは」
「ああ、言わなくていい。というか、そういう部分も含めて隠すべきモノだ」
「わか……った……ところで、さっき、襲撃とか、言っていたが?」
「ああ、なんでも、裏の小さい組織や『血塗れの毒蛇』の残党? が、俺たちを探っているそうだ」
「………………ええっ!」
ハルートが大きく目を見開いて驚く。
どうやら眠気は吹っ飛んだようだ。
ジオ「ふう……ここまでくれば」
押しの強いメイド「逃がしません」
ジオ「ここまできた!」
アイスラ「させません!」
作者「ここで戦わないで! というか、ここは逃場でもないから!」