拳を合わせれば友情
なんかよくわからないが、ウェインさまと戦うことになった。
まあ、人となりを知る手段の一つではあるだろう。
それに、父上も「拳を合わせれば、友達になれるか大体わかる」と言っていたし、そういうことなのだろう。
つまり、これは――。
「……これから俺とウェインさまは友達になるということか」
「そういうことだ!」
「違います」
「そうはならないでしょ。そうは……いえ、オールもそんなことを言っていたわね。その影響かしら」
ウェインさまは同意してくれたが、アイスラとルルアさまからは否定された。
え? 違うのか? とウェインさまを見ると、向こうも俺を見ていて、え? 違うのか? という表情だったので、なんか仲良く慣れそうな気がした。
ただ、戦うことは確定なので、場所を変える。
ウェインさまに案内されて、中庭のような場所に出た。
そこで対峙する。
「では、いくぞ!」
準備運動は? と問いかける前にウェインさまが殴りかかってきた。
距離は直ぐ詰められる。
俺は直ぐに構えを取って迎え撃つ。
ウェインさまからの攻撃を受け、流し――俺からの攻撃は受けられ、流される。
どちらも攻撃をまともに食らうこともなく、攻防の応酬を繰り広げていく。
その中でわかるのは、ウェインさまはまったく本気ではないということだ。
そう思っていたのだが、攻防の応酬の中で突然ウェインさまが好戦的な笑みを浮かべる。
「守の方が得意というのは納得だな! もっと力を出しても良さそうだ!」
ウェインさまから感じられる圧力が一気に変わる。
放たれた拳が先ほどまでと速度が違い過ぎ、急激な変化に対応できずに受け流せず、受け止めるしかなかった。
受け止めた腕に強い衝撃が走り、そのまま殴り飛ばされる。
空中で一回転して着地。
ただ、この一発で理解できた。
変わったと思ったが、その予想以上だ。
何かに例えるなら、一般兵士級だったのが、いきなり騎士団長級になったような、それくらい大きく変化した。
ウェインさまが一気に距離を詰める。
「ほお! 防いだか! だが、先ほどのは一発! 乱発ならどうだ?」
乱打が飛んできた。
先ほどよりも気合を込めて、受け止めたり、流していく。
一発、一発が非常に重く、まともに入れば一発で沈むのは確実だ。
だからこそ、食らう訳にはいかない。
「がっはっはっはっ! 良く防ぐ!」
「それは、どうも!」
褒められているような気がしたので、そう返しておく。
あと、俺の力を測るためか、もしくは誘いに乗るかどうかを見極めるためか、ウェインさまは時折隙を見せていた。
どうにもあからさま感じの誘いであったため、乗らないことにする。
まあ、これは模擬戦のようなモノであるし、これでいいだろう。
実戦なら乗ったというか、既に反撃の準備をしている、といったところだが。
「面白くなってきた! ルルア! 私の武器を!」
「武器を、じゃないでしょ!」
ウェインさまが手を差し出すと、ルルアさまが綺麗に両足を揃えた飛び蹴りをウェインさまに食らわせてそのまま蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたウェインさまは地面をゴロゴロと転がったあと、なんでもないように立ち上がる。
「何をする! ルルア!」
「何をする、ではありません! これ以上続けると大怪我を負ってもおかしくないわ! だから、止めたのよ! ジオの強さを確認するのが目的であって、怪我させることではないでしょ!」
「むぅ」
渋い表情を浮かべるウェインさま。
「お疲れさまでございました。武器なしであったとはいえ、師匠の攻撃を耐えるとは、さすがジオさまでございます」
スススッと近付いてきたアイスラが、そう言いながらタオルを差し出してくる。
いや、別に汗は……まあ、いいか。
折角用意してくれたのだから使っておこう。
アイスラからタオルを受け取り、顔を拭く。
……ところで、ウェインさまにタオルは渡さなくていいのだろうか?
待てよ。そうか。きっと、ウェインさまにはルルアさまがタオルを渡して――なんかルルアさまに詰め寄られていた。
タオルのタの字もない。
……まあ、向こうには向こうの事情があるだろうから、そっとしておこう。
ルルアさまがウェインさまに尋ねる。
「それで、どうだったの?」
「そうだな……現段階で評価するなら、何が相手でもそう簡単にはやられないだろう。攻防の中での誘いに乗ってこないだけの冷静さもある。だが、最初の攻防である程度察することができるくらいに、攻守の差が大きく、守りに特化しているのがわかった。体格によるモノかもしれないが、あれでは強敵が相手だと時間稼ぎにしかならない、が……」
ウェインさまがアイスラを見て、その視線を受けたアイスラが一礼する。
「ある程度時間が稼げれば、ジオさまは誰にも負けません」
「アイスラがそう言うだけの何かがジオにはある訳か。………………まあ、『魔の領域』にはアイスラも同行するようだし、それなら足りない攻撃力を補うには十分だ。私は、大丈夫だと判断する。まあ、『魔の領域』の攻略は単純な強さだけの話ではないが、寧ろそういうのはジオの方が得意そうだ。当然、危険であれば逃走も選択肢の中に入っているのだろう?」
「もちろん。死ぬつもりは一切ない。危なくなれば逃げることを選択することを約束できる」
俺がそう答えると、ルルアさまは少し沈黙したあと、大きく息を吐いた。
「はあ……私は、正直に言えば反対よ。『魔の領域』はそれだけ危険な場所。命すら容易に失われる。でも、ウェインの判断は信じている。ウェインが大丈夫だと言うのなら、それを信じるわ。……まったく、一度決めたらこうだと曲げないのは両親譲りかしら。カローナもオールも――とこれは別にいいか」
いや、そこで黙られると逆に気になるのだが……教えてはくれなさそうなので聞かないでおくことにした。
―――
あのまま中庭で話し続けられるような話ではないので、再び元居た部屋へと戻った。
俺とウェインさまに目立った外傷はなく、精々が少し疲れたくらいなため、特に休憩を取ることもなくそのまま話し合いが始まる。
内容としては、俺とアイスラに対して、ブロンディア辺境伯家としての協力が必要かどうか。
最初に提案されたのは、「魔の領域」である森を進むにあたって、騎士数名を同行させようか? という戦力強化案から始まった。
今更ブロンディア辺境伯家が敵だとは思わない。
アイスラとウェインさまが師弟関係で、父上とウェインさま、母上とルルアさまが友人関係であるから、というのもあるが、一番はやはりウェインさまと拳を交えたから、というのが大きかった。
父上が言ったように、俺とウェインさまの間には友情が築かれたのだ。
これで騙されたのなら……その時はその上で上回ればいいだけである。
「騎士で不満なら、この私が同行しようではないか!」
「それは最初に駄目だと言いましたよね?」
怒れるルルアさまは、怖かった。
ともかく、ウェインさまは俺とアイスラの身を案じての提案というのもあるだろうが、体を動かしただけ、という部分があることも察せられる。
だからという訳ではないが、断った。
もちろん、理由がきちんとある。
「今ですら目立ち過ぎのような気がするというのに、これ以上目立つような真似はしたくありません」
これに尽きる。
下手に目立つと間違いなく謀反の王側からの邪魔が入る。
まあ、それでもいずれは――だろうが、それでも介入を遅らせればそれだけ自由に動けるということだ。
これにはウェインさま以外が賛成。
なので、今後も今まで通りである。
アイスラが拳を握って喜びを露わにした。
「これ以上、邪魔者は」とか何か口にしているようだが、そんなに喜ぶとウェインさまが落ち込むのでは? と思うのだが、ルルアさまがどうにかするだろう――と思ったのに、そのルルアさまはアイスラを優しい眼差しで見ていて、何やらうんうんと頷いている。
ルルアさまの隣でウェインさまが落ち込んでいるのだが、そちらを放置していいのだろうか?
あとは、連絡について。
定期的に進捗の報告に来て欲しい、とルルアさまからお願いされる。
それくらいなら、と了承。
こっちも何か話すことができるかもしれないので、丁度いい。
それと家族への連絡についても話した。
父上は捕縛されて隣国、兄上は行方不明なので、居場所がわかっている母上に向けて、ということである。
ブロンディア辺境伯家の方から手紙や荷物といったモノを届けようか、と打診されたが断っておいた。
ハルートのテイムが頼りだが独自で用意しようとしている――というのもあるが、貴族間のやり取りは間違いなく見張られているからである。
今は特にそうだろう。
それで発覚、もしくは奪われたり、偽情報を流れるといった工作に利用されてしまうと致命的となるので、それなら最初からない方が安全だ――といったことを話すと納得してくれる。
他にも色々と話し合い、ブロンディア辺境伯家との協力関係が構築されていった。
ウェイン「では、再度模擬戦を!」
ジオ「いや、どうしてそうなるのかわからない」
ウェイン「そうか? オールなら即受けてくれるぞ」
ジオ「父上……」
ウェイン「ちなみに、リアンも」
ジオ「兄上……」
作者「どっちでもいいけど、ここでは暴れないでね」