どういう反応?
辺境伯が居ると思われる部屋の中から叩く音が聞こえてきた。
老齢の執事に思わず聞いてしまう。
「あの、大丈夫ですか? もの凄い音が聞こえてきましたけれど」
「ご心配して頂きありがとうございます。ですが、問題ございません。日常でございますのでお気になさらずに」
……日常? と首を傾げる。アイスラとハルートも。
よく見ればぴゅいちゃんも首を傾げていた。
ただ、マスター・アッドだけは苦笑だったので、どういうことか知っているのだろう。
少しばかり待ったあと、今度は男性の声で「入っていいぞ」と許可が出たので、老齢の執事が扉を開けて俺たちを中へどうぞと誘導する。
マスター・アッドが先頭で入り、続いて俺、アイスラ、ハルートと入った。
「がっはっはっはっ! よく来たな、アッド! それと、そちらが『血塗れの毒蛇』を壊滅に追い込んだ件の三人だな!」
入った途端に普通よりも音量がある声でそう言ってきたのは、明るい赤色の短髪に、厳つい顔立ちで、質の高そうな衣服を着ているのだが、それでも隠せないほどの筋骨隆々な体付きの、四十代くらいの男性。
その頬には痛々しい手形の跡が付いている。
そんな男性の隣には、紫色の綺麗な長髪に、吊り目の美人顔、質の高そうなドレスを着ているのだが、胸の大きさが目立つ、三十代後半くらいの女性が居る。
辺境伯とその妻だろう。
「男性が『ウェイン・ブロンディア辺境伯で、女性が『ルルア・ブロンディア辺境伯夫人』だ」
マスター・アッドから説明されて、俺とアイスラは一礼し、遅れてハルートが少し慌てながら一礼した。
続けて、マスター・アッドは俺たちの紹介に移る。
「こちらから、ジオ、アイスラ、ハルート……ハルートの肩に居るのはハルートがテイムしている小鳥の魔物でぴゅいちゃんだ。全員冒険者で、この三人が『血塗れの毒蛇』の三つの拠点と本拠地に乗り込んで潰したのだ」
「そうか! 中々剛な者たちのようだな! うむうむ! いや、本当に助かった! 私も壊滅させるために色々と策を講じたのだが、事前に察知されていて逃げられていたのだ! どうやら、あやつらは騎士の方にも手を伸ばしていたようで、そこから策がバレていたようだ! もちろん、今回の件で通じていた騎士は判明したので、既に罰して………………ん? アイスラ?
アイスラだと? ……おお! アイスラ! アイスラではないか! 久し振りだな!」
「はあ。漸く気付いたのですか? あなたは。私は報告書を読んだ時からもしやと思っていましたし、一目見て直ぐに気付きましたよ。まだ寝ぼけているようでしたら、もう一発入れておきましょうか? 今度はキツイので」
「ま、待て待て! 大丈夫だ! もう起きている!」
ブロンディア辺境伯の頬の手形は、ブロンディア辺境伯夫人が付けたのか。
その証拠に、スッと手を上げたブロンディア辺境伯夫人に対して、ブロンディア辺境伯はもう勘弁して欲しいと慌てている。
これが夫婦の力関係を表しているのは間違いない。
……少し、父上と母上を思い出した。
父上も家では……いや、なんでもない。
ともかく、ブロンディア辺境伯とその夫人は、どうやらアイスラのことを知っているようだ。
アイスラが一礼する。
「お久し振りでございます。ブロンディア辺境伯。ブロンディア辺境伯夫人」
「そんな他人行儀な! 確かに久し振りではあるが、お主の師を止めた訳ではないのだぞ! 今は公式な場ではないのだから、いつも通りで構わない! 腕は鈍らせていないだろうな?」
「はい。ウェイン師匠」
「そうかそうか! それなら、納得だ! お主の腕前が以前よりも上がっているのなら、『血塗れの毒蛇』が一日も経たずに壊滅するくらいはできるな!」
「それは、師匠もそうだと思いますが?」
「がっはっはっはっ! そりゃできるが、私にも立場があるからな! 奴らは通じていた騎士から情報を吸い上げていただけでなく、私が出てこないギリギリでことを起こしていたのだ! まったく、ああいうのはそういう知恵だけは回るからな!」
「なるほど。そういうことでしたか」
そう言って、もう一度一礼するアイスラ。
ブロンディア辺境伯の方もうんうんと納得するように頷いている。
なんというか、これまで見たことのない殊勝なアイスラの姿だ。
それに、アイスラの言動から、ブロンディア辺境伯を師として敬っているのが伝わってくる。
初めて見るアイスラの姿に少し動揺する……程度で済んだのは、俺以上に動揺している人が二人――ハルートとマスター・アッドが「えええええ……」という感じで驚いているから、少し冷静になれた。
アイスラに聞く。
「ブロンディア辺境伯が師匠? なんの師匠なんだ?」
「私の剣の師匠です。基礎となる部分のすべてを教えてもらいました。カルーナさまと、ブロンディア辺境伯夫人であるリリアさまは親しい友人関係を築いています。カルーナさまがルルアさまと会うために出かける際、私は共にしていましたので、それが縁となってブロンディア辺境伯――師匠から剣を習うことになりました。師匠からは剣の扱い方を習い、オールさまからは実戦を学んだ、という感じでしょうか」
なるほど。そうだったのか。
となると、話には聞いていたけれど、俺がブロンディア辺境伯とその夫人に出会っていなかったのは、そもそも王都とヘルーデンでは距離があるし、家まで来てくれないと――といった、相応の機会がなかったということか。
何しろ、基本的に家に居たというか、王都より外にほぼほぼ出ていないというか、出たとしても王都近郊までだ。
待てよ。ということは、辺境まで来るような遠出は初めてということになるのか?
………………。
………………。
深く考えるのはやめるか。
もうここまで来ているのだ。
辺境よりも奥に行こうとしているのだし、大事なのは今後である。
自分の中で折り合いをつけていると、ブロンディア辺境伯からの視線を感じる。
「アイスラが来たのはわかったが……そっちのお前。どっかで見たことがあるような……ないような………………あるような?」
ブロンディア辺境伯は、不思議そうに首を左右に傾げる。
自分から言うのもどうかと思うが、ブロンディア辺境伯が相手だと、それでは話が進まない気がしないでもない。
正直に告げて様子を見るのも、敵味方の判別をつける手段の一つだろう。
そうしようかな? と考えて実行しようとしたのだが、その前にブロンディア辺境伯夫人が口を開く。
「……はあ。その子が誰かなんて、少し考えればわかることでしょ。その子が幼い頃に会っているけれど、今では本当によく似ているわ。カルーナに」
「カルーナ? ……そうか! 思い出したぞ! 確かに、オールのところにはリアン以外にもう一人、子が居たな! それか! ……そうか……オールのところの……」
ブロンディア辺境伯が勢い良く口を開いたかと思えば、段々と尻すぼみになっていった。
それはそれで、どう判断をつければいいのか悩む。
ジオ「師匠、か……」
作者「おや? ジオくん。なんだったら、俺を師匠と呼んでくれてもいいよ?」
ジオ「……何かを習った覚えがないな」
作者「……笑い、とか?」
ジオ「……(首を傾げる)」
作者「うん。まあ、そういう反応すると思った」