もう放っておくことにした
――数日が経った。
辺境伯にはまだ会っていないが、ヘルーデンの方は全体的に少し落ち着いた、と思う。
少なくとも、当日は「血塗れの毒蛇」壊滅の話題でどこも持ち切りだったが、今では偶に聞こえてくる程度だ。
それに伴って気付いたのは、町の人たちや多くの冒険者の俺たちに対する態度は以前と変わらない、ということだった。
おそらく、情報規制されているのだろう
それは裏を返せば、一部は知っている、ということだ。
警備兵は町中ですれ違えば会釈してくる。
これは問題ない。
しかし、俺たちについて知っている一部の冒険者は――。
「「「お疲れさまです! アイスラの姐さん!」」」
いつでもどこでもこちらを見つけると、俺やハルートはついでというか見えていない感じで、アイスラに向けて敬礼してくる。
……これは感謝を示しているのだろうか?
いや、感謝していると感じることはできるのだが、なんか違う気がするのだ。
でもまあ、これも問題ない。
アイスラがそういう人たちを見つけると即座に駆け寄り――。
「良いですか。私を敬うのは構いません。それだけの美女ですから。しかし、私以上にジオさまを敬いなさい。ジオさまは至高の御方。私より軽く扱うのは許容できません。もし扱えば処します」
詳しい内容はわからないが説得しているからだ。
その内収まるだろう。
あとは、初日からそうで、数日経ったというのに態度を変えないところもある。
「「「いってらっしゃいませ!」」」
ヘルーデンを出入りする時の門番の俺たちに対する態度は変わっていないのだが、何故か人数が増えていた。
ここだけは、本当にどうにか落ち着いて欲しい。
あの時のわかった、という返事はどこにいったのやら……。
ここ数日で逆に俺の方が慣れてしまったので、もう放っておくことにした。
そうして慣れるくらい毎日出入りしているのは、ハルートを鍛えるためである。
鍛え始めて数日なので、まだ俺とアイスラの補佐なしで中層の魔物を相手取るのは難しいが、それでも会った時よりは強くなっている。
ハルートも少しは強くなったような気がする、と言っていた。
あと、わかりやすく強くするのなら、やはり武具類をより強いモノに、だろうか。
「血塗れの毒蛇」の拠点の一つだった武具店で盗って――頂戴したのは確かに品質が高いモノを選んだのだが、武器自体の攻撃力となるとそこまで高いモノではないのだ。
それこそ、一流の鍛冶師であるラックスさんが作ったモノの方が、すべての面において上回るだろう。
でも、今ラックスさんにお願いはできない。
ラックスさんにお願いすると、数日間は確実に拘束されるからである。
辺境伯と会うのがいつになるのかわからない今、急遽決まる場合もあるので、できるだけそういった事態にも直ぐ対応できるようにしておきたいのだ。
だから、今ラックスさんにお願いはできない。
なので、今はできることの中から、ハルートを鍛えることを選んだ。
何しろ、俺にも目的があってここに居るのだから、いつまでもハルートを鍛える、といったことはできないのである。
そうしてハルートを鍛えたこの数日の間に、鍛錬の休憩時間に色々と話していたということもあって、互いに少しは打ち解けたと思う。
いや、師匠と弟子のような関係でもあるし、ここは厳しく……わざわざ厳しくする必要はないか。なんか向いていない気がするし。
なので、これまで通り、俺の好きなようにしよう、と休憩時間で談笑している――偶にアイスラを褒める言葉が不自然に入る気がするが……惚れて……それは違うと言っていたし……気のせいか――と不意にハルートが尋ねてくる。
「あー……そういえば、約束通りならジオさんは俺に協力して欲しいことがあるようですけど、それって一体何なのか聞いても?」
「ああ。確かにまだ教えていなかったな。手紙を届けて欲しいんだ。そのために、そういうことができるのをテイムして欲しい」
もう少し踏み込んで教える。
まず、俺とアイスラには目的があって、今はヘルーデンから離れられないということ。
目的以外にも謀反の王側の者たちから狙われているだろうから、今は身を隠して今のところ安全なヘルーデンに居るというのもあるが、そのことはハルートが委縮しそうなので伝えない。
どうしても連絡を取りたい相手が居るのだが、ヘルーデンから離れられないだけではなく、他にも色々と事情があると濁して、普通の手段ではまず間違いなく相手に届かないのが確実だから、秘密裏に届けたいのだ、と教える。
ハルートは鳥系統しかテイムできないと言っていたが、それは俺からすれば寧ろ都合が良いのだ。
手紙を運べる鳥をテイムして手紙を運んで欲しいのである。
そこまで教え終えると、ハルートはなんとも言えない表情を浮かべた。
「……どうした?」
「い、いや、その……もしかしたら直ぐにでも上手くいかもしれないけれど、もしかしたら時間がかかるかもしれないというか……」
「どういうことだ? 説明できるのなら説明して欲しい」
「その、俺のテイムはギフトによるモノだと言ったけれど、詳しいことは言っていなかったから説明するけれど……」
そう前置きして、ハルートが自身のギフトについて話してくれる。
――ギフト「木の上の王子さま」。
生えた木の枝に座り、腕を上げると翼を持つモノが現れ、それを腕にとめるとテイムする。
というのがハルートのギフトだそうだ。
最初に抱いた感想は、なんというか限定的過ぎる、だった。
「生えた木の枝に座らないといけないのか?」
「うん。なんというか、それ以外は駄目、という感覚がある」
「腕を上げるは良いけれど、翼を持つモノ?」
「うん。だから、鳥系統に絞られるかなって。他には思い付かないし」
「腕にとめたらテイム――ということは、腕にとめさえすれば確実にテイムする、ということで良いのか?」
「た、多分。ギフトの感覚を信じるなら絶対」
まあ、運要素が必要ではあるが、ギフトの中でもかなり強力な分類だと思う。
だからこそ、ハルートの曖昧な感じが気にかかる。
「……もしかして、最初に使用した時に現れたのがぴゅいちゃんで、そのあとは一度も使用していないのか?」
ハルートは苦笑いを浮かべて、頷く。
聞けば、ぴゅいちゃんをテイムした時に、このギフトでくるのはランダムで、弱いのもくれば、強いのもくる――だけではなく、もしかしたら超強いのもくる可能性があって、もしそれで超強力なのが来て何かしらの理由で拒否して戦闘にでもなれば、自分はただの餌になってしまう、と思ったそうだ。
「拒否した場合について、ギフトの感覚でわからないのか?」
「とめたら絶対、としかわからなくて」
「なるほど。拒否した場合がないのか……強くなりたいのはその辺りが関係しているのか?」
「いや、それだけじゃないけれど、それもある」
「そうか。まあ、確かにどうなるかわからないのなら、身の安全のための強さは必要か。……しかし、それなら現状は試すのに丁度良い機会だと思わないか?」
「え?」
「何が来ても俺とアイスラが居る。一度試してみないか?」
そう提案したあと、ハルートは考え始めて……頷きを返す。
知っておきたい、という思いが強かったようだ。
早速、ハルートに近くの木に登ってもらい、枝の上に座って腕を上げてもらう。
こちらから見ている限り、特に何も変化はないが……遠くからバッサバッサと羽ばたく音が聞こえてくる。
音が聞こえてくる方へ視線を向ければ、獅子の胴体にワシの頭と翼を持つモノがその翼を羽ばたかせ、こちらに向けて飛んできていた。
ジオ「速いのがいいな」
アイスラ「強いのがくるといいですね」
作者「映えるのがいいかな」
ハルート「いや、もう来ているんだけど!」