いえ、違います
ヘルーデンを出ようとすると、門番に声をかけられる。
「いってらっしゃいませ!」
ビシッ! と敬礼付きである。
「……いや、え? どうして急に? これまでそんなことはなかったよな。普通に門番としての職務を全うしていたはず。こんな特定の誰かに特別な行動は取ってなかったのに……あっ、もしかして、そういうことをする期間的な?」
「いいえ、違います!」
「そうか。違うのか。なら、余計に疑問なのだが……簡潔に理由を聞いても?」
「はい! 親、親戚が『血塗れの毒蛇』に迷惑をかけられていた。その『血塗れの毒蛇』があなたたちによって壊滅した。よって、こういう態度になりました!」
うん。わかりやすい。
ただ、下手な行動は目立つので、止めて欲しいとお願いする。
「わっかりました!」
門番が敬礼付きでそう返す。
うん。さては、わかっていないな、これ。
どうにかして欲しい、と他の門番に視線で訴えてみると――。
「わっかりました!」
ビシッ! と敬礼付きで返された。
駄目だ。これは他もわかっていないな、これ。
それだけ「血塗れの毒蛇」壊滅の影響は大きい、ということかもしれない。
時間が解決することを願って、ヘルーデンを出て「魔の領域」である森へと向かった。
―――
森に入り、浅層を真っ直ぐに進んでいく。
時間も時間なので、魔物の数は少ない。
なので中層まで向かうことにした。
「……あ、危なくない? なんか本能的な部分が恐れを感じているというか」
「ぴゅい……ぴゅい……」
ハルートとぴゅいちゃんの歩みが少し遅くなる。
いや、ぴゅいちゃんはハルートの肩に乗っているので歩んではいないが。
まあ、そうなる理由は察せられる。
以前の――巨大な蜘蛛に捕らえられた恐怖によるモノだろう。
文字通り命の危機であったのだから。
しかし、強くなりたいのなら乗り越えてもらわないと困る。
そういえば、ハルートは強くなりたいと言っていたが、それはどの程度まで強くなりたいのだろうか?
その辺りを聞くのを忘れていた。
けれど、今のハルートに聞いても具体的にどこまでとかわかるだろうか。
もう少し強くしてから聞いた方が、具体的にわかるかもしれない。
そう考えている内に、中層に足を踏み入れた。
踏み入れたばかりだが……。
「大丈夫か? ハルート」
「だ、だだだ、大丈夫だ」
ハルートの足はガックガクに震えている。
まずは克服が必要だな。
慣れればいけるだろうか?
とりあえず、何度か訪れて様子を見てみるか。
そのあとは、足ガックガクのハルートを連れて中層を歩いたが……こちらも時間が悪かった、あるいは場所が悪かったのか、魔物と出会うことはなかった。
明日からだな、と陽が落ちる前にヘルーデンへと戻る。
「おかえりなさいませ!」
俺たちに対する門番の態度は何も変わっていなかった。
―――
行動を共にしやすい、ということでハルートも「綺羅星亭」に泊まることになった。
ただ、ぴゅいちゃんは可愛い小鳥だがテイムということは、一応分類は魔物である。
どういう扱いになるのか、「綺羅星亭」の女将のローナさんに聞いたところ、小さいし可愛いから大丈夫、と許可を得られた。
ローナさんはぴゅいちゃんを優しく撫でていたので気に入ったようだ。
アイスラもぴゅいちゃんを気に入っていたようだし……小さくて可愛い、というのはそれだけの力があるのかもしれない。
俺にはない力だ……ないよな?
小さく……はギリギリないだろうし、可愛く……もないと思う。
思うことにした。
良し。大丈夫だ。
ともかく、ハルートの新たな宿も決まり、時間も合わせやすくなったので、翌日は早朝から「魔の領域」の森へと向かい――門番は昨日とは別の門番であったのに、態度は敬礼付きと昨日と一緒だった――浅層を一直線に抜けて早々に中層へと入る。
道中は魔物の姿もあったのだが……まあ、敵ではない。
ただ、やはりというかハルートは中層に入ろうとすると足がガクガクと震え出した。
「安心しろ。そんな状態で戦えとは言わない。克服のために、まずは慣れるところは始めてみようと来ただけだ」
「そ、そうだな! わ、わか、わかった!」
……う~む。慣れなさそう。
どうしたものかとアイスラを見ると、お任せください、と一礼して、ハルートを連れて俺から距離を取る。
どうして距離を取るのかわからないが、アイスラには何か考えがあるようなので見守ることにした。
―――
「良いですか? 普通であれば、あなたは排除対象となる存在です。何しろ、ジオさまと私の逢瀬にとって邪魔となる存在ですから。折角の二人きりの行動でしたのに」
「は、はあ……え? こ、ここで排除される流れ、ですか? もしかして?」
「いいえ、違います。先ほど言ったでしょう。普通であれば、と。どうやら、あなたはジオさまが気にかけるだけの何かを持っていようです。つまり、あなたは今後もジオさまと会話する機会が増えていきます。そこまでは良いですね?」
「は、はあ」
「つまり、その時にジオさまに気付かれないように、会話の中に織り交ぜて欲しいのです」
「お、織り交ぜる?」
「ええ。私を褒めるような言葉を。簡単でしょう? この清く美しい私を褒める言葉を織り交ぜるなど」
「え、えっと……い、意味がわからないんだけど」
「意味? 至極明快なことです。同性から薦められる異性というのは、普段よりも魅力的に見えるようになったりしませんか? それを狙っての提案です。そして、ジオさまは自然と、いつの間にか私を意識するようになるのです。こんな素敵な女性が身近に居たのだ、と」
「い、いや、でもそんなことを――あっ、あぶ」
近くの木の上からアイスラとハルートを狙って巨大猿の魔物が飛び下りてきたが、アイスラが瞬殺する。
「理解できましたか? 協力してくれるのなら、私もジオさまと協力してあなたを鍛えてあげましょう」
「理解できました!」
―――
アイスラとハルートが話していると木の上から巨大猿の魔物が襲いかかった。
気配は察していたが、特に問題ではない。
アイスラが直ぐに倒すと思ったし、実際にそうなった。
そこから、だろうか。
気が付けば、ハルートの震えが止まっていた。
アイスラが何を言ったかはわからないが、流石である。
戻ってきたのでアイスラに感謝を伝え、ハルートに大丈夫か尋ねると「……なんというか、さらに怖いモノを知ってしまうと気にならなくなったというか」と何かこう濁したような言い方だったが、大丈夫ならそれが一番だ。
「え、えっと……ア、アイスラさんのおかげです! す、凄い女性ですね! こ、こんな素敵な女性と一緒に居るなんて……えっと、ジオさんが羨ましい、です?」
「あ、ああ……どうも? え? 急にどうした? ハルート。これまでそんなことは一切言っていなかったが……あっ、もしかしてアイスラに惚れ」
「いえ、違います」
「ジオさま。少々時間をください」
アイスラが即否定したハルートを連れて、何やら相談を始める。
「ほどほどに……」とか「やり過ぎるのは……」とか聞こえてきたが、具体的な内容はわからない。
ただ、仲良くやっていけそうだと思う。
何を相談したのかわからないが、戻ってきたあとに「先ほどの発言は気にしないでください」とハルートが言ってきたので、気にしないことにする。
そして、ハルートの震えも止まったことなので、俺とアイスラで補佐しつつ、中層の魔物を相手にしてハルートを鍛え――陽が落ちる前にヘルーデンに戻った。
ハルート「え、えっと、アイスラさんは」
作者「ハルートくん。ここではそのようなことは必要ないから、安心して」
ハルート「え? あっ、そうなのか」
作者「そうそう。ここは誰もが一息吐ける場所だから」