サイド 家族 2
一方、ジオの家族の方は――。
―――
――ルルム王国の西にある、サーレンド大国。その大王都。
そこは今、先刻起こったランツ平原での戦勝によって盛り上がっていた。
何しろ、これまでは負けていたのだから、尚更だろう。
ただし、これは領土として取った訳ではない。
そういう約定をルルム王国の新王――ベリグ・サーブ・ルルムは結んだのだ。
普通であれば、それは通用しない。
なら、何故それが通用しているかといえば、代わりに差し出されたモノがあるからだ。
それが、オール・パワードの身柄である。
サーレンド大国にとって、これまで何度も煮え湯を飲まされてきたオール・パワードの存在は、それだけの価値――いや、ルルム王国が考えるよりも大きな価値があるのだ。
そして、捕らえられたオールは、大王都の中心にある城へと運ばれた。
大王城。
それは巨大で堅牢な城――というのが相応しいだろう。
煌びやかさは感じられない。
ただただ力強さだけが感じられる。
その大王城にある巨大な空間。
そこは謁見の間であり、オールはそこに運ばれていた。
もちろん、オールは錠と鎖――縄では簡単に切れてしまうため――によって拘束されている上に、隣にはサーレンド大国軍・総大将であるジェドが立ち、さらに後方にはサーレンド大国の精鋭兵二人がいつでも突けるようにと、槍の穂先をオールに向けたまま、という厳重警戒中のままで。
そんなオールを見る者は多い。
謁見の間の出入口扉から億へと続く高級な絨毯の脇には、貴族と兵士が並んでいた。
その者たちがオールに向ける視線は、喜びや怒り、興味といった様々なモノである。
中でも謁見の間の奥。
他よりも数段高くなっている場所に置かれている、サーレンド大国の中で最も高価な椅子――玉座に鎮座している大王は、興味深そうにオールを見ていた。
「……さて、初めて会うな。オール・パワードよ。ああ、王への直答云々などは気にするな。我はお主と話せる時を楽しみにしていたのだ。それを邪魔するモノは必要ない」
大王から声をかけられ、オールの目が大王に向けられる。
サーレンド大国の大王。「ビギング・アスト・サーレンド」。
白髪を後ろに流し、鋭い目付きの偉丈夫で、六十代くらいの男性。
王らしく身に着けている衣服は非常に高品質なのだが、それより先に目に付いて感じるのは武である。
(……強いな。単純な強さではなく、精神的な屈強さも感じる。まあ、俺ほどではないが。しかし、状況から察して、ベリグ・サーブ・ルルムが企てによってルルム王国の王となっただろうが……器や格といったモノが違うな。ベリグ・サーブ・ルルムでは、ビギング・アスト・サーレンドには敵わないな)
オールは笑みを浮かべて口を開く。
「好きに話して良いのなら、一つ聞きたい。どうして俺を生かしている?」
「そんなものは決まっている。我が会いたかった。ただ、それだけだ。そして、会って確信を得た。お主は優秀だ。我が国の状況も理解しているだろう? 今、我が国は手を広げ過ぎて手が足りない。特に優秀な者がな。だから、オール・パワードよ。我の下に降れ」
「断る」
「即答か。そうでなければな。だが、お主もわかっているだろう? 簒奪した王は我がサーレンド大国とウルト帝国を相手にどうにかできるとでも思っているだろうが、それは甘い考えだ。終わるぞ、ルルム王国は。なくなる国と己が命を共にするつもりか?」
「それは、どうだろうな。案外、ここからでもどうにかなるかもしれないぞ」
オールはビギング大王を真っ直ぐに見る。
ビギング大王もオールを真っ直ぐに見て、少しの間沈黙を挟み――「……がっはっはっはっはっ!」と大笑いした。
「本当にそう思っているようだな、オール・パワードよ。それならそれで楽しみだ。説得は続けよう。オール・パワードの予想が崩れれば心も折れるかもしれない。そうすれば、我が下に降るだろうからな。だが、それまでは敵の将であることに変わりはない。何より、我の提案を断ったのだ。収容所に入ってもらうぞ」
「望むところだ!」
自身を拘束する錠と鎖を引き千切りながら立ち上がり、オールは快活に宣言した。
後方の精鋭兵二人はどうすればいいのか困惑を示す。
「だから、大人しく捕まっておけと言っておいたのに……」
道中での苦労、それとこれから起こるかもしれない苦労を思って、ジェドは額に手を当てて大きく息を吐く。
ビギング大王は大笑いである。
―――
カルーナは王都近郊にある、メーション侯爵家の屋敷のリビングで、とある人物の来訪を受けていた。
その人物とはジネス商会の三代目。キンドである。
「……そう。ジネス商会は王都から撤退するのね」
「はい。ブラク商会からの妨害が日に日に酷くなっていき、このままでは従業員の安否にも関わりそうでしたので仕方ありません」
「初代と二代目はなんと?」
「手紙で伝えたところ、その内にやり返すから、それを楽しみにして気にするな、と」
「あの二人らしいわね。もちろん、あなたもでしょ?」
「もちろんです。ブラク商会には、ジネス商会に手を出したことを必ず後悔させます」
「そう。それは良いことだと思うけれど、あなたはそのためにここに来たのかしら? それを私に手伝って欲しい、と?」
キンドは、そうではないと首を横に振る。
「いいえ、違います。そもそも、カルーナ・パワードさまにそのようなお願いをすれば、その見返りに何を要求されることになるか……恐ろしくてできません」
「あら? 敵には容赦しないけれど、味方には優しいわよ。でも、それなら尚更あなたがここに来た理由がわからないのだけれど」
「なんてことはありません。私はお願いされたことを果たしに来ただけです。こちらを」
キンドが書類の束をカルーナに渡す。
それは、ベリグ王に加担している貴族の一覧で、合わせて一商会が調べたにして多過ぎる量の情報が書かれていた。
ジネス商会がどれだけ力を持った商会であるかは、それを見れば明らかである。
カルーナはざっと書類を眺めつつ、口を開く。
「……助かることは間違いないわ。けれど、本当に不思議ね。これだけの情報があれば、私に貸しを作ることすらできるわ。でも、あなたの口振りから判断すれば、そんな気は微塵もなく、無償で提供するつもり……どういうことか聞いても構わないかしら?」
「はい。なんてことはありません。私はあなたの息子――ジオさまに命を救われたのです。そして、そのジオさまからお願いされたのですよ」
そうして、キンドはジオとの出来事をカルーナに話す。
聞き終えたカルーナは「……そう」と呟いて考え始め、時折「……となると」や「……目的は」などと口にしたあと、キンドを見て微笑む。
「キンド。一つ聞きたいのだけれど、ジネス商会はヘルーデンに店舗を構えていたかしら?」
「ヘルーデン? 辺境伯のところですか? あそこはなんと言いますか、裏ギルドの力が強く、店舗を構えると手出しされるのが確実なので構えておりません」
「そう。なら、今ならその辺りも解決しているかもね。様子を見に行くことをお勧めするわ」
「は、はあ」
「それと、初代か先代をここに寄こしてくれないかしら? ジオだけではなく、リアンの方も助けを出したいから」
カルーナが、すべてを知り尽くしたような妖艶な笑みを浮かべる。
―――
リアンは自分の考えに沿って行動し、ルルム王国の中央部から南部に入って直ぐにある町――サウゲトへと来ていた。
サウゲトは南部の玄関口と言ってもいい町であり、往来が多いため発展している。
いや、発展は現在進行中で、町の規模を大きくしている最中だ。
元々ある部分は旧町、大きくしている部分は新町と呼ばれている。
その旧町の方にある、夫婦で経営している小さな宿屋にリアンは宿泊していた。
そこで人を待っているのだ。
来ることを信じて。
というのも、ここはリアンが待ち人との間で秘密裏に決めていた合流地点の一つであり、リアンが居たランツ平原から向かうならここしかないのである。
だから、待ち人がきちんと覚えていればここに来るはずだ、とリアンがこの小さな宿に宿泊を始めてから情報を集めつつ、数日後――待ち人が来たる。
「来たな、ライ!」
「時間はかかったがな」
「いや、今は無事であることが第一だ。大丈夫だな?」
「ああ、なんとか、といったところだが、どうにかここまで来ることができた」
互いに喜びを露わにする。
リアンが「ライ」と呼んだ人物。
金髪に、非常に整った顔立ちで、細身だが引き締まった体付きの男性。
外套を羽織っているので隠れているが、質の良い服を着ていて、リアンとは同年代であり、親しい友人関係を築いている。
正式名称は「ライボルト・メイン・ルルム」。
簒奪された元王の息子。つまり、今となっては元王子という肩書きが正しいだろう。
「レレクイアさまとロズベイラは?」
「もちろん、一緒だ」
宿屋に新たな二人の人物が入ってくる。
一人は、絹のような金の美しい長髪をうしろで一つに纏めていて、造形のような美しい顔立ちの、均整の取れた体付きの四十代くらいの女性。
一人は、同じく絹のような金の美しい長髪に、幼さは残るが非常に整った顔立ちで、均整の取れた体付きの十代後半くらいの女性。
どちらも外套を羽織っているが、その下の衣服の質は高い。
それもそのはずで、四十代くらいの女性の方の名は「レレクイア・メイン・ルルム」で、元王の妻。つまり、元王妃。
もう一人の十代後半くらいの女性の名は「ロズベイラ・メイン・ルルム」で、元王の娘。つまり、元王女。
そして、ロズベイラは、リアンの婚約者である。
「ご無事で何よりでございます。レレクイアさま。それと、ロズベイラも」
「ええ。どうにかここまで来ることができました」
「リアンさまも無事で良かったです」
互いに無事な姿を確認したあと、レレクイアは周囲を見てリアンに尋ねる。
「オール殿は、居ないのですか?」
「父は……はい。居りません」
情報を得る時間も惜しんでここまで逃げてきたのだろう、と推測するリアン。
まずは情報の共有が必要であると判断して、リアンは自分の身に起こったこと、それと得た情報――元王が捕らえられていることを話し、レレクイアたちからは元王が庇うことでどうにか王城、王都から脱出することができ、近衛兵数名を護衛としてここまで来たことなどを聞いた。
聞き終えたリアンは少し考えたあとに口を開く。
「……レレクイアさま。確か、南の国に親類が嫁いでいましたよね?」
「ええ。そこを頼るつもりですか?」
「はい。といっても正確には南の国自体に、ですが。おそらく、友好国であるウルト帝国はサーレンド大国と対するだけで精一杯になると思いますので、ルルム王国を取り戻すためには別のところから戦力を用意する必要があります」
「それを、南の国にお願いすると?」
「お願いする価値はあると思います。少なくとも、今は敵か味方かもわからない国内の貴族を頼るよりは良いかと」
「……そうですね。ですが、南の国に向かうとなると……オール殿の救出は良いのですか?」
「父なら、きっと大丈夫です。私はそう信じています」
「……わかりました。リアンの提案に乗りましょう」
ルルム王国を取り返すために、リアンたちは動き出した。
オール「おお、こんなところがあるのか! ここなら好きなだけ鍛錬ができるな!」
リアン「そうですね、父さま。稽古、お願いします」
カルーナ「ふふふ。ほどほどにね。あっ、それならジオも呼んで家族水入らずを」
ジオ「呼んだ?」
作者「違う違う! まだ来ちゃ駄目だから! それと、ここは鍛錬とかそういう場所じゃないから!」