王都の外へ
こういう時、便利だなと思うモノの一つは、マジックバッグだろう。
見た目よりも多くの物が入る魔道具。
俺が持っているのは、それの肩掛け鞄型。
家から出る前に必要な物をそれに入れてきている。
それを肩に掛けて、キャットレディに案内されるまま付いていく。
ちなみに、アイスラはそういう類の物を持っていないのだが、代わりに収納魔法というマジックバッグよりも優れた収納能力の魔法が使えるそうだ。
そう教えてくれた。
そうして、キャットレディに案内されて辿り着いたのは、鍵付きの鉄製の扉で守られている小さな建物。
「ここは?」
「下水道に下りるための入口よ」
そう答えながら、キャットレディは鉄製の扉の鍵を開錠する。
「下水道……そこからなら出られる?」
「そうよ。内部は迷路のように枝分かれしているけれど、今は幅のあるところを進んでいった先にある鉄格子の一部が外せるようになっているわ。そこから王都近くの川まで出られるはずよ。迷うことはないわ」
「そうか。教えてくれてありがとう。ところで、今は、とは?」
「元々裏の組織が使う通路の一つだけど、そういうのは騎士団や都市警備が定期的に巡回して潰しているから、場所はその都度変わるのよ。だから、ここもその内潰されるから、たとえばあなたたちが秘密裏に王都に入ろうとしても、その時はもう使えないわ」
「なるほど。王都に戻ってくる時は堂々と戻ってこい、という鼓舞ですね」
「違うわ」
キャットレディが疲れたような息を吐く。
まあ、王城から大急ぎだっただろうし、緊張感が続く会話だったのだ。
思った以上に疲労していてもおかしくない。
ここは一つ、一時の癒しとなるような気の利いた言葉の一つでも――。
「というか、こうして話していないで、さっさと王都から出た方がいいと思うんだけど?」
「確かに! ご忠告ありがとう」
「いいからさっさと行きなさい」
感謝の言葉を告げて、ついでに――と言葉を続ける前に、キャットレディそう言いながら鉄製の扉を開けて誘導するので、俺とアイスラは大人しく中に入る。
恥ずかしがり屋さんなのかな?
あっ、だから、マスクを。正体を隠すだけでなく――。
「何か失礼なことを考えていないかしら?」
「いいえ、まったく。あっ、そういえば」
「何かしら?」
「今日、誕生日だったんだよね。こんな日になったけれど」
「そう……言葉だけだけど祝っておくわ。誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「……あと、これも言っておくわね。また会えることを祈っているわ」
キャットレディがそう言うと、鉄製の扉が閉められ、次いで施錠される音が聞こえた。
……うん。真っ暗。
「アイスラは魔法が使える?」
母上専属メイドだったので、詳しいことはわからないので聞いてみる。
でもまあ、使えるだろう。
――魔法。
体内に流れる魔力という力を使い、燃え盛る火の球で焼き尽くしたりや見えない刃で切り刻む風の剣といった攻撃的なモノから、困った時に必要な飲み水や疲れた時に土を盛り上げてその上に座るといった生活的なモノまで、ありとあらゆることが可能である。
まあ、実際は得意不得意があることから資質が必要であったり、努力もしなければならないので、そこまで自由にという訳にはいかないが。
それでも正直羨ましい。
俺が持っている魔力は豊富だが、資質の方がなかった。
まったくなかった。
なので、魔法は使えないのだ。
まあ、それでも不自由とは思っていない。
寧ろ、生活環境自体はギフトのおかげで年中快適だからである。
「はい。ある程度は使えます」
「そう………………」
「………………」
「いや、明かりが欲しいんだけど?」
「確かに、そう考えるのもわかります」
「考えるも何も口に出してお願いしているけど?」
「ですが、本当に明かりを出してよろしいのですか?」
「ああ、お願い……いや、他に何がある?」
「大いにあります。ジオさま。今なら暗闇に紛れて相手の体に触れることが可能でございます。安心してください。暗闇です。バレません。誰かに見られることもありません」
「いや、二人しか居ない状況ならバレないとかそれ以前の話だよね。見られるではなく見るまでもないだと思うんだけど?」
言い切ったあと、なんとなく少しだけ前に出る。
後方――俺が元居た場所辺りを何かが通り過ぎていく気配があった。
「アイスラ?」
「『光よ灯れ』」
アイスラの近くの空中に、周囲を照らす光球が出現する。
これで先に進むことができるが、その前に確認。
………………アイスラの位置は変わっていない。
何かが通り過ぎていったのは気のせいか。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。行こうか」
先へと進んでいく。
キャットレディは幅のあるところを進んでいけばいいと言っていたので、その通りに進んだ。
思っていたほどではないが、それでもここは下水道。臭いはキツイ。
我慢するしかないが、体と服に臭いが付くだろうから、その辺りはここから出てどうにかしたいところだ。
川の近くに出ると言っていたし、場合によってはそこで洗い流すのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら進んでいき、特に何かが起こるといったこともなく、それなりの時間が経つと目的地――鉄格子で遮られた行き止まりに辿り着く。
鉄格子の向こう側には月の光に照らされた外が見える。
「鉄格子の一部が外せると言っていましたが……」
「どこだろうか。まあ、確認するしかないけど」
アイスラと共に鉄格子を確認する。
一部が取り外せるようになっていた。
外すと、ギリギリ人一人分が通れるくらいの隙間ができたのだが、体格が大きいと無理なのでは? と思う。
まあ、俺はどちらかと言えば小柄なので問題ないが。
「私が先に通って安全を確認します」
そう言ってアイスラができた隙間に頭から突っ込んでいく。
特に気配とかないから安全だと思うが、メイドとして、といったところだろうか。
いや、普通のメイドなら違うかもしれないが、アイスラはそこらのメイドとは違うので――。
「うっ!」
う?
呻くような声が聞こえてきたので視線を向ける。
詰まっていた。
アイスラの上半身は鉄格子の向こう側に出ているのだが、下半身の方が引っかかって抜けられずにいる。
いや、物事、情報は正確に。
下半身――お尻辺りが引っかかっている。
「ふっ! んっ! はっ!」
アイスラは頑張っているが駄目っぽい。
こういう時、押した方がいいのだろうか?
しかし、ここで押す部分となると………………紳士としてそれは駄目だろう。
いや、足を掴めば………………それはそれで大丈夫だろうか?
絵的にこう駄目な気がしないでもない。
「も、もう少々お待ちを! ふっ! ……な、なんで……くっ。昨日自分を甘やかして食べ過ぎたのが失敗……いや、昨日のは昨日で必要だったんだから失敗ではありません! ええ、決して!」
アイスラが何か言っているが、俺はこの状況をどうしたものかと考えていて、右から左に流れていった。
でも、その代わりに気付く。
「となると、原因は……はっ! わかりました! むくみです! ジオさま! これで間違いありません!」
「いや、そうじゃなくて、メイド服の厚みで引っかかっていると思うんだけど?」
「え? あっ!」
アイスラもそれに気付く。
なので答えは簡単。
メイド服を脱げばいい。
脱いで、通ったあとに着れば解決だが……それはそれで問題である。
アイスラが抜けた上半身をこちらに戻して、もじもじしながら口を開く。
「あの、ジオさまが見たいのでしたら、私はいつでも」
「先に行っておくから」
肩掛け鞄を先に出し、さくさくと隙間を抜けて、下水道から外へと出た。